第57話 本気の激怒
悠也が咲茉を見つけることができたのは、本当に、単なる偶然だった。
本来なら街中に居るはずの彼女を探し出すのは、極めて困難なことだろう。たった一人の人間を、週末で大勢の人間が行き交う街中で見つけるなど不可能に近い。
それを当然悠也も理解していたが……遊びに出ていた咲茉から定期的に送られてきた連絡が、その不可能を覆した。
3軒目のランジェリーショップに来たと送られてきた、店頭で咲茉達が撮った一枚の写真。それが咲茉を見つけ出す唯一の手掛かりだったのだが……むしろそれだけあれば、悠也も咲茉達の居場所はかなり絞り込めた。
だが連絡があっても、街に到着するまで時間が掛かれば、その分だけ咲茉達の行動範囲が広くなってしまう。そうなれば、たとえ居場所が絞り込めても探し出すのは難しくなる。
その問題を、悠也は道中で拾ったタクシーを使って解消していた。手痛い出費だったが、そんな些細なことを気にしてる場合ではなかった。街まで走って約30分ほど掛かる時間が10分以内まで短縮されるなら、むしろ安い出費だろう。
本当ならば、事前に咲茉へ連絡するべきだったのかもしれない。これから危ないことが起きるかもしれないと。
しかし悠也は、あえてその連絡をしていなかった。
もしかすれば自分の勘違いかもしれない。その勘違いで楽しく遊んでいる咲茉達の邪魔をすることだけは、悠也も避けたかった。
あの時、自宅で見たニュースに出てきた“えま”という言葉が気の所為であって欲しいと思いたかった。しかし募る不安が、悠也の身体を動かしていた。
悠也の思い出した記憶が正しければ、間違いなく咲茉はタイムリープする前にアルバルトをしていた。その確信が、必要以上に彼の不安を駆り立てた。
タイムリープして来た日から今まで、一度も悠也は咲茉からアルバルトをしていた事実を知らされなかった。それはつまり、その事実が彼女にとって知られたくなかったことだと言っているようなものだった。
その不安と心配が気の所為だと願いながら、タクシーを降りた悠也が全力疾走で街を駆け抜け、咲茉達の滞在しているランジェリーショップに向かうと――その騒ぎを見つけてしまった。
もし悠也がタクシーを使っていなければ、その騒ぎに遭遇することはなかっただろう。彼の不安が選んだ選択が、この偶然を生み出していた。
喚き散らかす男の怒声と、聞き慣れた女の叫び声。それだけあれば、もう悠也の身体は勝手に動いていた。
二人の女を必死に踏みつけている男の顔面に、悠也は渾身の力で拳を振り抜いていた。
「二人とも⁉︎ 大丈夫かッ⁉︎」
そう叫んだ悠也が慌しく倒れている咲茉と凛子に駆け寄ると、倒れている二人の姿に思わず息を呑んだ。
明らかに何度も踏みつけられたのか、二人の服が汚れていた。そして見えている綺麗だった素肌が、所々赤く腫れている。
そのあまりにも痛々しい姿に、悠也の表情が歪んでいた。
「あぁ……なんだよこれ、こんなに腫れて……!」
咄嗟に、悠也の手が咲茉の肌に触れてしまう。
その瞬間、咲茉の表情が痛みを訴えた。
「いっ……!」
「わ、悪かった。つい」
「だ、大丈夫。ちょっと痛かっただけだから」
咲茉の反応に、無意識に悠也の手が震えてしまう。
「ごめん……もっと早く来れば、こんなことに」
「……ゆーや?」
「ごめん。本当に、ごめん」
今にも泣きそうな表情を浮かべる悠也が、悔いるように歯を食いしばる。
こんなことになるのなら、先に連絡しておくべきだった。その後悔が悠也を責め立てるが、そんな彼に咲茉は小さく首を振っていた。
心配するなと言っているのだろうが……しかし傷ついた彼女と、今も小刻みに震えている凛子を見てしまえば、悠也も納得できるはずもなかった。
とにかく、この場に二人を置いておくわけにもいかない。
そう思うと、悠也はそっと咲茉の頭を撫でていた。
「咲茉。痛いかもしれないけど、凛子と離れてくれ」
「でも、それだと悠也が」
「良いから。早く」
そう短く言って悠也が立ち上がると、もう彼の視線は咲茉を見ていなかった。
背後にいる、彼女を傷つけた原因の倒れている男に、悠也は鋭い視線を向けていた。
「……ゆーや」
もう彼に声が届かないと察しつつも咲茉がそう呟くと、すぐに動いた。
痛がる凛子の身体を支えながら、その場から離れていく。そして少し離れると、周囲に居た人間達が慌ただしく二人に駆け寄っていた。
ちらりと横目で確認した悠也が胸を撫で下ろす。周囲の人間達も目の前のガラの悪い男達を前にすれば、見知らぬ人間を助けるのが怖いと思うのも無理もなかった。
とりあえず、これで二人を心配する必要もないだろう。
「いってぇ……! なんだよ、急に!」
そう悠也が判断すると、目の前で倒れている男に鼻を鳴らしていた。
「……だっせぇ格好」
「あ?」
見たままの感想を悠也が告げると、拓真の目が吊り上がった。
装飾品も、髪色も、悠也からすればダサいとしか思えない。まるで背伸びしている子供のようだと思える格好に、つい失笑してしまう。
その反応が、拓真の表情を怒りに染め上げていた。
「なんだお前、急に人のこと殴りやがって……ぶっ殺すぞ?」
「俺の女と友達を好き勝手に蹴ったんだよな? 一発で済むと思うなよ?」
指の骨を鳴らした悠也が、淡々と告げる。
その問いに拓真が呆気に取られたが、すぐに心底面白いと笑っていた。
「はぁ? 俺の女だぁ? あのクソ女、俺っていう男がいるのに他の男作ってたのかよ……ぜってぇ許さねぇ」
笑っていたが拓真の後半の声は、明らかに憎悪に満ちた声色になっていた。
離れていた咲茉達に向けて、悠也が怒りで顔を歪める。
「勝手に俺の女見てんじゃねぇよ」
「あ? お前のじゃねぇから、咲茉は俺のだって言ってんだろ?」
その視線を遮るように悠也が移動すると、拓真は鬱陶しいと舌打ちを鳴らす。
そして悠也をじっと見つめると、拓真は小馬鹿にした笑みを浮かべていた。
「お前みたいなガキには咲茉はもったいねぇんだよ。アイツの身体は最高なんだ。良い声で鳴いてくれるんだぜ?」
「……あ?」
突然、意味の分からないことを言い出した拓真に、悠也の眉が怪訝に歪む。
その表情に、拓真は嬉しそうに訊いていた。
「お前、もうアイツとヤったのかよ?」
「そんなことをお前に言う筋合いねぇよ」
「マジ? その童貞くせぇ反応で分かるわ! まだヤってねぇのかよ⁉︎」
思わず悠也が即答すると、なぜか拓真が腹を抱えて笑っていた。
「ならアイツのハジメテは俺のモンにできるってことじゃん! くっそ嬉しいんだけど! 男作って焦ったけど、2回もアイツのハジメテ貰えるとか……想像するだけで勃ってくる!」
「……2回?」
意味の分からないことを宣う拓真に、思わず悠也が首を傾げる。
そんな彼に何を思ったのか、拓真は嬉しそうに語っていた。
「お前には分かんねぇことだろうが、俺は主人公なんだよ! 時間を遡ってきた主人公なんだ! 俺と殺しちまった咲茉が結ばれる為に神様が俺を主人公にしたんだよ! 一回犯してハジメテ奪ってやったのに、もう一回貰えるとか嬉しいに決まってるだろ!」
「は……?」
一瞬、この男が何を言っているのか、全く悠也には理解できなかった。
一度、殺した?
咲茉を、犯した?
ハジメテを、奪った?
時間が経つにつれて、拓真の言葉が悠也の脳裏を駆け巡る。
そして、ゆっくりと悠也がその言葉を理解していくと――ふと、ポツリと呟いていた。
「お前が……」
「あ? 小さくてなに言ってるか聞こえねーんだけど? もしかしてイキがってた癖にビビってんの?」
俯いた悠也に、拓真が小馬鹿にした笑いを漏らす。
怯えていると思ったのか、そのまま拓真は楽しそうに語り出していた。
「アイツの身体はエロいんだよなぁ……胸も尻もデカくて、アレは男の為に生まれた女だ。何回でも抱ける。嫌がっても攻めれば反応して、悪くなっても煙草とか押しつければ良い具合に鳴いてくれるんだよ」
その言葉で、悠也は咲茉の癖が生まれた原因を理解してしまった。
「俺がハジメテを奪った後、みんなでヤった時も楽しかったなぁ! 嫌がるアイツの鳴いてる顔を殴るのも、興奮して堪んなかったんだわ!」
なぜ、咲茉が男を恐れるようになったのか。
その原因を、今、遂に悠也は理解してしまった。
当時まだ15歳だった女の子に、その経験は――あまりにも惨い仕打ちだった。
「お前がッ……!」
だからこそ喉の奥から出てきた声を、悠也が抑えられるはずもなかった。
死んでしまった咲茉の悲惨な姿が、彼の脳裏に蘇る。
そして湧き上がる憎悪の怒りが、悠也の腹から声を吐き出した。
「てめぇが原因かよッッ‼︎ このゴミがぁぁぁぁッ‼︎」
「めっちゃキレてるんだけど、ウケる」
相手が子供だからと、恐れもない拓真が笑う。
しかし悠也は、そんなことを気にする余裕はなかった。
頭に上った血が、もう彼の冷静さを失わせていた。
「殺す……ッ! てめぇだけは絶対殺してやるッ!」
「ガキが殺すとか言っても怖くねぇよ!」
そして衝動的に悠也が拓真に殴り掛かろうとした時だった。
「…………なんですか? これ?」
ふと――悠也の耳に、小さな声が響いた。
悠也の身体がピタリと止まる。それは身体に染みついた、恐怖だった。
ゆっくりと悠也が振り向くと、雪菜が呆然と立ち尽くしていた。
「……咲茉ちゃんと凛子ちゃんが、ひどい怪我してる? なんで、なんで怪我してるの? なんで? なんで? なんで? なんでいっぱい怪我してるの?」
ボソボソと雪菜が呟く。
その様子に、悠也は鳥肌が立った。
それは今まで数回しか見たことのない。雪菜の、本気の激怒だった。
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