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第21話 異常だよ


乃亜のあちゃんっ! もうびっくりさせないでよ!」


 肩に腕を回してのしかかってくる彼女に、咲茉えまが心底驚いたと深い溜息を吐き出していた。


 身体に触れる感触ですぐに咲茉は相手が女だと分かったが、前触れもなく他人に身体を触られれば反射的に心臓が止まりそうになる。


 もし相手が男だったらと思うだけで身体の震えて一歩も動けなくなるところだった。直前で女だと分かって咄嗟に耐えることはできたが、それでも彼女が思考を止めるほど驚いたことには変わりない。


 今も僅かに震えている手をちらりと見て、咲茉はのしかかってくる彼女にムッと口を尖らせた。


「乃亜ちゃん? なにか私達に言うことあるでしょ?」

「ごめんなさ~い」


 全く反省の色を見せない謝罪をしながら彼女――秋野瀬乃亜あきのせ・のあが咲茉の肩に頭を乗せる。


 特に仲の良い友人には全力で甘えようとするのは、乃亜の持つ昔からの悪い癖だった。


 久しぶりに見た彼女の悪癖に懐かしさを感じてしまうが、自然と咲茉の口から呆れたと小さな溜息が漏れた。


「まったくもう……ほら、いつまでも私達にのしかからないの」

「家からここまで歩くの疲れたから教室まで送ってよ~」


 幼く見える童顔の顔を眠そうに緩ませて、とても気怠そうに呟いた乃亜が咲茉の肩に頬をすり寄せる。


 肩まで伸びている黒髪のセミロングと可愛らしい童顔、そしてようやく中学生になったばかりとしか思えない小柄な体型。


 その外見で咲茉にすり寄る乃亜の姿は、まるで小動物のようにしか見えなかった。


「駄目、ちゃんと自分の足で歩きなさい。もう今日から乃亜ちゃんも高校生なんだから」

「この成長が止まった私のお子ちゃまボディを見ても同じことが言えると申すのかぁー?」


 そしてタチが悪いことに、乃亜本人は自分の子供体型を利用して甘えようとしてくることがある。


 子供が甘えることは当然のことだと、子供体型であることを恥ずかしいと微塵も思わずに。


 そう主張して甘えようとしてくる乃亜を適当にあしらうのは、当時の咲茉にとって日常のひとつだった。


「またそんなこと言って……心配しなくても高校卒業する頃には乃亜ちゃんの身体も成長してるよ」

「中学生で伸びた身長が1センチしかない私が今更成長すると思う?」

「思うに決まってるでしょ。きっと高校卒業する頃には乃亜ちゃんも私くらいになってるよ」

「煽られてるのかと思いたくなるけど……咲茉っちの場合、本気でそう思ってそうだから困った子だよぉ」


 こんな会話すらも懐かしくて仕方ない。


 乃亜に驚かされたことには少しばかり腹も立つ咲茉だったが、人一倍驚いた理由が自分にあることを悟れば必要以上に怒る気も起きなかった。


「こんな羨まボディに私がなれるはずがないだろ……こんにゃろぅ!」

「わっ! ちょっと変なところ触らないでよっ!」


 ムッと不満そうに眉を寄せた乃亜の手が、咲茉の身体を弄っていた。


 制服の上から細い腰に触れ、そのまま上に乃亜が手を動かすと咲茉の胸を撫でるように触った。


「ッ――!」


 その瞬間、ビクッと咲茉の身体が震えていた。


 それは決して、敏感な場所を触られただけの驚き方ではなかった。


 小刻みに身体が震え、顔色も一瞬で悪くなっていく。そして動けなくなったのか咲茉が力強く目を瞑ってしまう。


「やっぱり咲茉っちの身体は成長してるねぇ……うらやまだよぉ〜」


 明らかに過剰な反応を見せた咲茉に気付いてないのか、先程と変わらず好き勝手に乃亜が手を動かす。


「おい、乃亜っ!」

「はわぁ! なにをする〜!」


 その反応を見た悠也は、咄嗟に乃亜の後ろ襟を掴むと強引に咲茉から引き剥がしていた。


「お前なぁ……あんまり咲茉を驚かすなよ」


 まるで後ろ首を捕まえられた猫のようになっている乃亜を悠也が眉を吊り上げてたしなめる。


「咲茉から話聞いてなかったのか? あんまり急に驚かせ過ぎると咲茉も困るんだから気をつけろよ?」

「むぅ……そんなに驚くとは思わなかったよ。咲茉っち、ごめんなさい」

「だ、大丈夫。ビックリしちゃっただけだから」


 隣で震えている咲茉を見ながら、悠也も内心では困惑していた。


 まさか乃亜に身体を弄られただけで震え出すとは流石に悠也も思わなかった。


 過去にタイムリープしてきてから悠也の家で悠奈に抱き着かれる時が何度もあったが、その時の咲茉は怯えていなかったはずだ。


 なぜ乃亜の時だけ、ここまで怯えて震えているのか……


 そう思った悠也が乃亜が咲茉の身体に触れた時のことを思い返した。


 咲茉が震え出したのは、乃亜の手が彼女の胸に触れた瞬間だった。


 仲の良い女の子同士ならよくある身体の弄り合い。悠奈と乃亜で違いがあったのは、そのじゃれ合いの度合いだった。


 悠奈の時は、抱きついたり咲茉に膝枕したりなどの接触しかしていない。


 それに対して、乃亜は過激に咲茉の身体を触っていた。


「……女でも胸は駄目なのか」


 疑問の答えにたどり着いた悠也の口から無意識に小声が漏れた。


 たとえ相手が女であろうとも、踏み込み過ぎた部位に触れれば怯えてしまうらしい。


 男性恐怖症の咲茉がそこまで過剰な反応とするとは思いもしなかった。


「くっ、首が締まるぅ……! た、助けてぇ……!」


 初めて知った事実に悠也が困惑していると、彼に後ろ襟を掴まれていた乃亜がぷるぷると震えて苦しんでいた。


「あ、ごめん」

「その優しさが仇になったな悠っちよ~!」

「……あ?」

「隙あり~!」


 悠也が手を離した途端、苦しんでいたはずの乃亜が俊敏に動いて彼の背中に抱き着いていた。


「おい、勝手に背中に乗るなって!」

「別に良いでしょー、減るもんじゃないしー」


 背中をよじ登る乃亜が鬱陶うっとおしくて、悠也が頭を抱えた時だった。


 そっと乃亜が悠也の耳に顔を近づけると、咲茉に聞こえない小声で呟いた。


「――悠也、あの反応は異常だよ」

「え……」

「反応しないで。咲茉に気づかれるから」


 乃亜から耳元で囁かれた話に悠也が頷く。


「咲茉の話は本人から聞いてるよ。ちょっと気になったら強引なことしちゃったけど……アレは異常だよ。よっぽど怖いことがないと女同士でもあんな反応しないよ」


 今も少し震えていた咲茉を落ち着かせるべく、そっと頭を撫でながら悠也は乃亜の話に耳を傾けていた。


 悠也に頭を撫でられた咲茉が安心して胸を撫で下ろす。


 そして少し落ち着いた咲茉が二人を見ると、


「あー! 乃亜ちゃんズルい! 私だって悠也におんぶされたい!」


 もう震えが止まったのか、不満そうに頬を膨らませていた。


「あ、怒るのそこなんだ」


 咲茉に怒られた乃亜が呆気に取られる。


「勝手に人様の彼氏の背中に乗ってたら怒られるのも当然か」


 しかし、すぐに小声でそう呟いた乃亜が悠也の背中から降りると、彼女は咲茉に頭を下げていた。


「さっきはごめんね。咲茉っち」

「え? あぁ……もうそのことは良いよ。私が驚き過ぎたのが悪いだけだったし」

「まぁまぁ、ここは私が悪かったと言うことでなにひとつ~」


 両手を合わせて懇願する乃亜に困ったと顔を顰める咲茉だったが、こういう時の彼女は特に頑固だと理解していたので渋々と頷いていた。


「そこまで言うなら……もう気にしてないけど、そう言うことにしておくよ」

「じゃあお詫びに私を教室までおぶって運ぶ権利をあげましょ~」

「お前なぁ」

「もう、乃亜ちゃん」


 本当に反省してるのか怪しい乃亜に、悠也と咲茉が呆れる。


 しかし二人に呆れられても、乃亜はわざとらしく自分の両頬に指を添えると頬を上に持ち上げて笑顔を作っていた。


「困った子には笑ってあげるのが一番なんだよ~」

「……なに言ってんだか」


 微笑む乃亜が告げた今の言葉が一体誰に向けられた言葉なのか、なんとなく分かる悠也だったがあえて分からないととぼける。


「とにかくお前は自分で歩け」

「あたっ!」


 不思議そうに首を傾ける咲茉を横目に見ながら、とりあえず悠也は目の前にいる乃亜の頭に優しくチョップを入れていた。

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