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第18話 おひさ~!


 悠也が咲茉えまを迎えに行くことになったのは、数日前にあった彼のなにげない提案がキッカケだった。


 これから始まる高校生活で特別なことがない限り、二人は一緒に登校する。そこで毎朝、どんな形で集合するか決める際に悠也はそう提案していた。


 最初は咲茉が迎えに行きたいと言っていたのだが……彼女の抱えている問題を考えれば、悠也も不用意に彼女を一人で外を歩かせるのが心配だった。


 長い時間を掛けてようやく一人で出歩けるようになったと言えど、今も彼女が男性恐怖症を持っていることは変わらない。


 そんな彼女を一人で歩かせるほど、悠也も短絡的ではなかった。


 互いの家が徒歩で10分程度の距離でも、その間に何が起こるか分からない。


 現に悠也も過去に戻る前の大人だった時、突然知らない男に襲われて殺されてしまったのだ。


 あの出来事は、過去も戻って来てから改めて悠也も咲茉に訊いていた。


 あの時、自分達を殺した男は間違いなく咲茉のことを知っていた。


 ずっと見守っていた。ずっと想っていたと叫んで咲茉の身体を無理矢理弄っていた。


 まるで咲茉と親密な関係だと言っているように。あの男の言い草は、そう受け取るのに十分過ぎた。


 しかし当の本人である咲茉は、殺された時のことを思い出したのか彼のことを全く知らないと震えた声で答えるだけだった。


 彼女が知らないはずがないと思う悠也だったが、その時の咲茉の怖がり方は尋常ではなかった。全く身に覚えのないと言いたげに、ひどく怖がる彼女が嘘を言っているとも思えなかった。


 これは悠也も咲茉本人から聞かされた話だが、大人だった時にコンビニでバイトしていた時でも稀に男性から声を掛けられることがあったようだ。


 それもそうだろう。大人だった時の咲茉は身なりを整えてなかったが、それでも一目で分かるほど彼女が美人であることを隠せてなかった。


 基本的にその手の男性は咲茉も相手にしていなかったらしい。となれば、相手にされなかったあの男が彼女のストーカーになったと言われても納得もできる。


 惚れこんでいる女に老けたオッサンが親密に手を繋いで歩いていれば逆上してしまうのも理解できなくもない。それで刺し殺すのは全く悠也は理解できなかったが……


 果たして、本当にあの男はそんな理由だけで咲茉に執着していたのかと思ってしまう。


 もうハッキリと覚えていないが、咲茉の背中を何度も刺していた時に僅かに見えた顔は、狂気染みていた。


 どうにも気になる悠也であったが咲茉が知らないと言えば、それまでだった。


 あの時のことを考えたところで、もう死んでしまった世界のことを考えても無駄でしかない。そう分かっていても、悠也は密かに考えてしまう。


 もしかすれば、その件も咲茉が頑なに隠している過去と関係あるかもしれない。


 彼女が男を極度に怖がることになった理由は、今も分からない。だから想像で色々なことを悠也は考えてしまう。


 女が男を怖がる理由も少し考えるだけで山のように出てくる。イジメなり、口に出すことも嫌悪したくなることなど様々ある。その中に正解がある確証もないのに、その考えが無性に悠也を不安になるのも仕方のない話だった。


 いつか、彼女が話してくれるか分からないままだが、それもまた悠也は待つことしかできないのが非常にもどかしかった。


 そんな話が二人にあり、咲茉を心配した悠也が登校時は毎朝迎えに行くことに決まったわけだった。


 昼夜問わず、一歩でも外を出れば何が起こるか分からないと彼が心配するのも無理もない。


 そのことを悠也が話せば、咲茉も頷くしかなく渋々と頷いたのだが――


『私が迎えに行きたかったなぁ、寝過ごした彼氏を起こしに行くって結構憧れてたのに……』


 と言われて、その光景を想像してしまった悠也の心がかなり揺らいだが、確固たる意志で必死に耐えた自分を褒めたくなった。


 なにがあっても、今度こそ咲茉は守らなければならない。一度守れず、彼女が殺される光景を見ているだけだった悠也はそう決意していた。


 今も隣を歩いている彼女を失わない為に、できることを全部しようと悠也は繋いでいる手に力を込めた。


「ゆーや?」


 悠也から手を強く握られて、咲茉が不思議そうに首を傾ける。


 怪訝に眉を寄せる彼女だったが、彼から強く手を握られたことが嬉しかったのか頬を緩めていた。


「じゃあ私も~!」


 そう言うと、咲茉はぎゅっと繋いでいる手に力を込める。


 そして楽しそうに彼女が繋いでいる手を前後に振っていた。


「楽しそうだな」

「悠也と一緒に学校なんて楽しいに決まってるよ~!」


 子供みたいにはしゃぐ咲茉が笑えば、悠也も自然と笑顔になってしまう。


「だってずっと私が夢見てたことだもん。昔の私達って学校とか一緒に行くこともたまにあったけど、こんな風に手繋ぐことなんてなったから」


 確かに昔は咲茉と一緒に学校に行くことも時折あったが、それも友達みたいなものだった。


 一緒に居ることが自然過ぎて、あまりにも普通に一緒に居る所為で学校のクラスメイトから夫婦だと揶揄からかわれることもあった。


 しかしそれでも、当時は互いに恋愛感情もなく、家族みたいな関係としか思っていなかった。


 それを考えれば、こうして恋人として二人で登校できているのは悠也も夢のようだった。


「む! 悠也は楽しくないの?」

「楽しいに決まってるだろ」

「ふふっ、やった!」


 不満そうに口を尖らせる咲茉だったが、悠也に即答されればすぐ笑顔になる。


 その笑顔がどうしようもなく可愛くて、ずっと見ていられると悠也は微笑んでいた。


 そんな二人が学校に向かって住宅街をしばらく歩いていると、


「おっ! 二人ともおひさ~!」


 赤信号で立ち止まっていた二人が気さくに声を掛けられた。


 二人が振り返ると、そこにはとても懐かしい顔があった。

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