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第49話 頭がおかしくなるほど


「……私が喜ぶ?」

「本当なら高校生の俺達だけでも海に来ることはできたけど、こんなに人が集まる場所はいつトラブルに巻き込まれてもおかしくない。それこそナンパなんて海なら普通にある場所だ。だから大人が一緒に居れば、咲茉も少しは安心できると思ったから母さん達を呼んだって話は……前に咲茉にも話したよな?」


 浜辺を歩きながら話す悠也に、咲茉が素直に頷く。


 海に来るにあたって、悠也が親を連れて来た理由は、あらかじめ咲茉も彼から先日聞かされていた。


 それこそ彼の言う通り、海で水着を着ていれば、異性から声を掛けられる可能性は十分ある。


 ナンパは海の醍醐味と言う人もいるだろうが、そんなもの咲茉からすれば恐怖心を煽られる行為でしかなかった。


 ひとりで来るなど絶対にあり得ない。それこそ悠也達と一緒でなければ、こうして海に来ることは絶対になかったと咲茉も断言できる。


 悠也達が一緒にいる。水着も露出が控えめなモノが見つかって、最後に親も一緒に来てくれる安心感があるから、咲茉も海に来る勇気が持てたのだ。


 その勇気をくれた悠也達には、本当に感謝してもしきれないくらいだった。


「乃亜達も咲茉が安心できるなら親が一緒でも全然良いって言ってくれたからな。だから俺達の親の中で誰か1人でも来てくれるだけで良かったんだが……どうにも俺と咲茉以外の親は予定が合わなかった」


 それも、以前に聞いた話だった。


 むしろ咲茉にとって、その話は嬉しいことだった。友達の親よりも、大好きな両親が一緒の方が嬉しいに決まっていた。


 だからこそ、なおさら咲茉も海に行くのが楽しみだと思ったくらいである。


 そう思った咲茉が頷いていると、ふと悠也が嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「正直に言うと、俺達の親しか来れなかったのは良い誤算だったよ。できれば俺達の親を連れて来たかったから」

「……良い誤算?」


 悠也の意図が分からず、思わず咲茉が訊き返す。


 そしてコトッと首を傾げる彼女に、悠也は嬉しそうに答えていた。


「だって乃亜達の親より、母さん達が一緒の方が咲茉も嬉しいだろ?」


 そんなこと咲茉が比べるまでもない。嬉しいに決まっていた。


「俺も、母さん達が揃って来れるとは思ってなかったよ。本当に良い誤算だった。ここまで咲茉の大好きな人達が集まってくれるなら……絶対に咲茉が喜んでくれると思ったからな」


 そう言って、悠也が嬉しそうに語る横顔に、ようやく咲茉も気づいた。


 こんなに悠也が喜ぶ理由の行き着く先が、全て咲茉自身に向けられていることに。


 そんな彼に、咲茉は思わず訊いてしまった。


「私が喜ぶと……悠也、嬉しいの?」

「そんなの嬉しいに決まってるだろ。咲茉が行きたいって言ってた海に来れただけでも嬉しいのに、咲茉の大好きな母さん達も一緒だなんて……嬉しくなるに決まってる」


 彼が嬉しくなる理由など、もう分かっているのに。


「……どうして?」


 なぜか勝手に、咲茉の口が動いていた。


 訊かずにはいられなくて、微笑む彼の横顔から目が離せなくて、胸が痛いくらい高鳴る心臓の鼓動が煩わしくて。


 気づくと、咲茉の手が今も繋いでいる彼の手を強く握っていた。


 もっと彼に触れていたい。指先に感じる肌の感触も、手のひらから伝わる体温も、全てが堪らなく愛おしくなる。


 だからきっと、こんな気持ちで彼の声を聞いてしまったら――


「大好きで、愛してる咲茉が喜んでくれるなら……なんだって俺は嬉しいんだよ。大好きで、愛してる女の子が幸せそうに笑ってくれる顔見てるだけで、俺も幸せな気持ちになれるから」


 その声に、咲茉の胸が張り裂けそうになった。


 もうこれ以上、あなたのことを好きにさせないでほしい。


 どんな時も、彼は自分のことを想ってくれている。それが頭がおかしくなるほど嬉しくて。


 こうして海に来たのも、咲茉が行きたいと言ったから。


 なにも心配することもなく海に行けるように親友達と色々考えてくれたのも、咲茉の為に。


 そして大好きな両親達を連れて来たかったのも、全て咲茉が喜ぶと思ったから。


 大好きな両親達と、楽しい思い出を作りたい。


 そんな話を、前に一度だけ悠也としたことがあった。


 タイムリープする前の両親には、辛い思いをさせてきた。


 あの日から10年間も悲しい思いをさせ続けてしまったことを、ずっと後悔していた。


 大好きな両親を、泣かせてしまった。不安にさせて、心配させて、怒らせて、たくさん悲しい気持ちにさせてしまった。


 本当なら当たり前に過ごせる家族の日常を自分が壊したことを、ずっと後悔していた。


 もし人生をやり直せるなら、その後悔が消え去るくらいの幸せな日々を家族で過ごしたいと願うほどに。


 お母さんとお父さんの子供で良かったと、そう胸を張って言えるような娘になりたかった。


 そんな想いを、悠也に語ったことがあった。



 だから悠也は、両親を海まで連れて来たことを心から喜んでいるのだろう。



 少しでも咲茉に大好きな両親と特別な時間を過ごしてもらいたいと。


 その後悔を忘れてしまうくらいの楽しい思い出を咲茉に作ってもらいたいと。


 決して自分のことではないのに、微笑む悠也の顔があまりにも幸せそうで。


 その顔を見ているだけで、咲茉の心が火傷しそうなほど熱くなった。


「いっつも、ゆーやは私のことばっかり」

「ん? 咲茉だって同じだろ?」

「全然、違うよ」


 とても同じではなかった。悠也から貰ったモノと、自分が差し出したモノでは、あまりにも釣り合わない。


 これ以上貰い続けたら、一体自分はなにを返せば良いのだろうか?


「こんなにゆーやにしてもらっても、私に返せるものなんて……」


 自分も、彼を幸せにしてあげたい。


 しかしそれよりも遥かに、彼から幸せを貰っている。


 はたして、自分が渡せる幸せとは何か?


 そう思いながら咲茉が唸っていると、


「馬鹿だなぁ、そんなことで悩むなよ」


 そんなことを言いながら、おもむろに悠也が呆れた笑みを浮かべていた。

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