第13話 私の所為
今も咲茉は男の悠也と手を繋いでいる。
それも普通の繋ぎ方ではなく、指同士を絡めた恋人同士がする繋ぎ方だ。
これで彼女から男性恐怖症だったと告げられたところで、悠也に信じられるはずがなった。
「俺だけ大丈夫って……そんなわけないだろ?」
加えて、自分だけ大丈夫だった。そんな馬鹿げた彼女の話を簡単に真に受けるほど悠也も考えなしではない。
しかし当然の疑問を抱く悠也に、咲茉はあることを訊いていた。
「悠也、まだ覚えてる?」
「なにをだよ?」
「大人だった私達が会った時、悠也が私の身体に触った時のこと」
「そりゃさっきのことだし……覚えてるけど」
「なら思い出して。大人だった時の悠也が私の身体に触った時、どんな反応だった?」
そう訊かれて、渋々と悠也は咲茉と再会した時のことを思い返した。
大人の咲茉に悠也が触れたのは、頑なに自分のことを隠す彼女を心配して肩を掴んだ時だった。
「自分で言うのもアレだけど……あの時の私、怖がってなかった?」
「……確かに」
咲茉の言う通り、悠也の手が彼女の肩に触れた瞬間、その表情は一変していた。
あの時の彼女の表情は、まるで恐ろしいものを目の前にしたような、決して日常で出会うことのないほどの恐怖に満ちた表情だった。
「でも、あの時のお前すぐに――」
そこまで口にした途端、無意識に悠也は言葉を止めていた。
同時に、歩いていた足も止めてしまう。思わず固まってしまうほどの事実が彼に襲い掛かった。
他人に触れられただけで、異常なまでに怯えた咲茉の反応。
そうなってしまうほどの出来事が咲茉にあった。
あの時は怯える咲茉を心配して、そのことしか悠也の頭になかったが――先程の彼女の話で、彼は納得してしまった。
咲茉が怯えたのは、単に彼女自身に何かあっただけではない。それが原因で、彼女の身体が反応してしまったのだろう。
彼女の身体に触れたのが単なる他人だけではなく、触れた人間が男だったから。
そして何故か元に戻っていた彼女自身が困惑していた姿を、悠也はハッキリと覚えていた。
「……思い出せた?」
呆然と言葉を失う悠也に、恐る恐ると咲茉が問う。
彼女に声を掛けられて、悠也は小さく何度も頷いていた。
「あぁ……思い出した」
もしアレが演技だったなら、彼女は女優にでもなれるだろう。
あの時の怯えた咲茉を直に見た悠也は、彼女の話を信じるしかなかった。
繋いだ手の先にいる彼女が、極度の男性恐怖症を持っていることを。
「初めは、本当に男の人を見るだけで怖くて動けなくなってたの」
呆然とする悠也に、ぽつりと咲茉は語り始めた。
言葉を慎重に選んでいるのか、ゆっくりとした口調で彼女が自身のことを語っていた。
「何年も、怖くて部屋から出れなかったんだ。お父さんも怖くて、テレビに映る男の人も見るだけで怖くて……本当に何年も部屋に閉じ籠ってたの」
引き攣った笑みを浮かべて語る咲茉の話を、言葉を失っていた悠也を更に追い詰めた。
今まで決して話そうとしなかったことを少しでも話してくれたことが嬉しいと思いながら、聞かされた話に悠也は唖然としてしまう。
「私の家が引っ越ししたのも……全部、私の所為。もう誰とも会いたくなくて、今までの大切だった繋がりも全部怖くなって、私を心配したお母さんとお父さんが選んでくれたの。全部、私のために捨てるって」
その選択を選んだ咲茉の両親の覚悟は、きっと並大抵のものではなかっただろう。
彼女の話を聞いているだけで、悠也はそこまでした彼女の両親に驚きを隠せなかった。
つまり咲茉が高校一年生の頃に転校したのは、それが原因だった。
咲茉が隠していることと引っ越しの時期が重なっているということは――彼女に何かあったのは、間違いなく高校一年生の頃だろう。その所為で彼女は男が怖くなり、部屋から出れなくなった。
更に彼女の両親が娘のために全てを捨てる選択を選んだということは、やはり余程のことが彼女の身にあったんだろう。
今の悠也に想像もできないことが、彼女にあった。そうでなければ彼女の両親がそんな選択をするわけがなかった。
「実はね、私が一人で外に出れるようになったのって本当に最近のことだったんだよ」
「えっ……?」
突然告げられた咲茉の告白に、悠也が呆気に取られる。
そんな彼の反応に苦笑しながら、咲茉は話を続けていた。
「何十回も病院に通って、少しずつお母さん達と外に出るようにして、自分から男の人に触れるのに慣れるだけで何年も掛かって……やっとの思いでバイト、始めたの」
「それでバイトって、怖くなかったのかよ」
「もちろん怖かったよ。私から触れるのは多少大丈夫ってだけで、男の人から触られるのは今でも無理。でもバイト先の店長さん、女の人で良い人だったから雇ってくれたの」
自分から触るのが平気ならコンビニのバイトならどうにかなるかもしれない。
他人と触れ合うのはレジ業務の時だけだろう。その他の業務で客から触られる機会などないに等しい。更に上司に理解を得られれば、多少は働きやすくもなる。
「ならお前が身なりを整えなかったのって」
もしコンビニで綺麗な咲茉が居れば、客から言い寄られる可能性もある。
男に触れられる可能性を極局回避するなら、他人に美人だと思われない方が良い。
そのことに気づいた悠也が訊くと、渋々と咲茉は頷いていた。
「お母さん達に言われたの。私、整えたら綺麗になっちゃうらしくて、身体も胸とか結構あったから……誰にも美人って思われるなって」
その答えを聞いて、悠也は大人の時に出会った彼女の姿を思い出した。
荒れた肌と、傷んだ髪。そして身体を隠すために、あえて汚れたダウンを着ていた姿の咲茉が悠也の脳裏に蘇る。
他人から良い女だと、美人だと思われないために、咲茉は女としての価値を自分から下げていた。
そこまでするほどのことが、彼女にあった。
そう考えてしまえば、否応なしに悠也の口から疑問が出てしまった。
「……なにがあったんだよ、お前に」
震えた声で、悠也が問う。
しかし、その疑問に咲茉が答えることはなかった。
「それだけは言えないの」
咲茉の口から出たのは、その言葉だけだった。
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