三.忍び込む……。
前回の続き。解決編。
・花川春樹*高校一年生。面倒臭がりで推理小説が好き。
・真鈴あやめ*高校一年生。春樹の幼馴染で、ポニーテールが目印。
今年の冬は暖冬らしい。
吐いた息が、白く渦巻き、宙へ消えていくのを見つめながら、どこかで聞いたその言葉を思い出した。暖冬とはいえ、充分寒い。もう一月だというのに登下校に手袋もマフラーも使っていないから、それに偽りはないのだろうけど、日が落ちた後の一月は暖冬だろうがなんだろうが、間違いなく寒い。
「寒いな」
一体何度目の寒いだろうか。夜空では冬の大三角形がはっきりと視認できる。他の小さな星々も白く輝いている。はて、どれがシリウスでどれがベテルギウスだったか。あとひとつはなんだったっけ。
満点の空から視線を下にずらせば、フェンスの向こうには、箱型の大きな黒いシルエットが威圧感を持って佇んでいる。坂月市立高等学校校舎。見える光源は校内の電灯と、職員室付近の灯りと――、他にふたつみっつちらほらと明かりがついている。無人ではないが、この時間になると、数人しかいないはずだ。
腕時計が九時半を示した頃、遠くに自転車に乗った黒い人影が見えた。そのシルエットが僕に片手を振る。ようやく待ち人が現れたようだ。
真鈴の顔が見えるくらいまで距離が縮まる。
「ハル、早かったね。わたしが遅かったのかな。ごめんね、家族の目を盗んで抜けてくるのが大変だった」
妹には甘いのにわたしには厳しいんだよね、と責めてもいないのに言い訳を並べてくる。
「別に遅れてるってことはないさ」
集合時間は夜九時半だから、真鈴は遅刻ではなく、僕が優秀だったのだ。
「さて、行こうか。わたしのことは隊長と呼んでくれていいよ」
真鈴が襟を正すような仕草をして、校舎を見上げた。彼女の服には正すような襟はないというのに。
「それで、真鈴よ。このあとはどうするんだ」
指示を仰ぐ。隊長は、そうだねえ、と唸った後、目の前のフェンスを指差した。
「よじ登るのか?」
「逆に訊くけど、校門から入る気だったの?」
僕たちが立っているのは入り口付近ではなく、車もすれ違えないほど細い脇道だ。先ほど確認したけど、校門は閉じられている。施錠はされていないと思うが、完全下校時間はとっくに過ぎているので教職員でもない僕たちが真正面から入るのは難しい。
僕の身長の倍ほどありそうなフェンスに指を絡ませる。前後の道に、僕たち以外の人影は見えない。真鈴はあえてそういうポイントを集合場所に設定したのだろう。
真鈴は敷地内を指差した。
「さ、行こう。お先、どうぞ」
「こういう時こそ、隊長が先陣を切るべきでは? 真鈴隊長」
「こういう時だけ、隊長と呼ぶのは卑怯じゃない?」
わかったよ、と真鈴の手のひらがフェンスを掴む。素直に従われると気勢が削がれるな。
「……いや、やっぱり僕が先を行こう」
返事を待たず、僕はフェンスをよじ登り始めた。隊長が「意味わかんないや」とぼやいている。
特につまずくことなく、十秒ほどで敷地に着地した。後に続く真鈴も、難なく乗り越えた(流石自分から隊長を名乗るだけはある)。
毎日足を踏み入れている場所なのに、全然知らない土地に降り立ったようだった。同時に、少しの背徳感と恐怖が僕を襲う。
「もし誰かに捕まったらどんなペナルティが待っているか……」
つい数日前の罰則が頭をよぎる。反省文換算なら、何枚書かなければいけないのだろう。
「まあ、警察沙汰にはならないように気を付けようよ」
どちらからともなく、足を踏み出した。昼間に生徒会室でインテリ風眼鏡に教えてもらった手段で校舎に侵入する算段だ。あらかじめ外から入れるよう、明るいうちに非常扉に異物を挟んでおいた。これが見つかっていたら僕たちは来た道を引き返すことになる。
多少遠回りしてでも、校舎の陰に隠れることができそうな道を選んで進んだ。静かな学校には、僕たちの足音以外、何も聞こえない。
目的の非常階段まで辿り着いた。より一層、息をひそめて階段を上り始める。四階への階段を登りきる――その時、突如僕たちにライトが向けられ、「誰だ!」という声が飛んできた――ということもなく、四階の非常扉の前に立った。
「ここまであっけなかったな。スリルはあったけれど」
「そうだね。でもここからが大事なところだよ」
真鈴がドアノブに手を伸ばした。
「このドアの近くではないけど、同じ四階の部屋の電気がついていたから注意してね」
僕は肯く。遅れてきたのに、電気のついていた部屋は確認していたのか。意外と抜け目がない。
ギイイ、と重々しい金属のすれる音をたてながら、ドアは開いた。扉と壁に挟んでいた消しゴムがぽろりと落ちた。どうやら見つかることはなかったようだ。
廊下は真っ暗だが、月明かりで突き当たりまで見える。坂月高校の校舎はL字に折れ曲がっていて、灯りのついていた部屋は角を曲がった先にあるようだ。
「ハル、外靴で入っちゃったら、廊下、汚れちゃうね」
それをここで言うか。
「いざという時逃げられるよう、外靴のままの方がいいんじゃないか」
「でも靴のままだと、足音が響くと思うんだよね。まだ校舎内にはひとが残ってると思うし」
「…………そういえば、そうだな」
はだしで進むことになった。靴は非常階段に置いていく。またここに戻ってくればいいのだ。
「目的の生徒会室は二階だよ。ちょっと離れてるとはいえ、職員室と同じ階だから気を付けようね」
ほとんど聞こえないくらい声を潜めて、真鈴は耳打ちした。
「もし誰かに見つかったら、一目散に逃げること。いいね?」
「もちろんだ」
抜き足差し足で、一番近かった階段を下り始める。光の当たらない踊り場は本当に真っ暗で、幽霊のひとつくらい出てもおかしくないと思った。僕たちは初めから、生徒会室の幽霊などいないと決めつけてここまで来たけれど、本当はいるのではないだろうかという気がしてくる。
二階まで降りてきた。このルートなら職員室の前を通らなくて済む。廊下に誰もいないことを確認して、生徒会室の前まで忍び足で進んだ。前述のとおり、後者はL字型なので、職員室から人が出てきても、すぐに見つかることはない。ただし、気配を悟れずに角を曲がってこられたら隠れるところはどこにもない。
自分たちの息遣いが耳に張り付くくらい、静まり返った空間だ。そんなことを考えながら、生徒会室の前までやってきた。生徒会室は南京錠で施錠されていた。もちろん、僕たちは合鍵など持ってない。
壁を通り抜けることなど、できやしない。誰であれ、このひとつしかないドアを使用するに決まっているのだ。僕たちはドアが開いたかどうかを確かめることができればよい。
仕掛けを施した。
ドアと木枠の間、足元から数センチのところに紙片を挟んでおいた。ドアが開けば地面に落ちるし、音もしないから気づかれることもない。このしおりの有無で侵入者が現れたか確認できる。
「どう?」
ドアのそばにかかんだ僕に、真鈴が声をかける。
「……誰も来ていない、な」
生徒会室が閉まるとき、挟んでおいたままだった。誰かが罠に気づき、元に戻した様でもない。今の時点で、誰もこの部屋には入っていない。少なくとも、このドアを使ってはいない。
「じゃあ、見張ろうか。きっと誰かが来るでしょう」
「そうだな――」
当初の作戦ではそうだった。誰もいないのであれば、陰に隠れ、犯人を待ち伏せする。しかし、別の考えも思いついていた。
しゃがみこんだ姿勢のまま、考える。
別に僕だけ別行動してもいいが、ひとりでいるのは危険だ。見つかる可能性があがる。真鈴も連れていくか。
「戻ろう。四階に」
「戻るの?」
真鈴がひょうきんな声を出す。
「頼む」
返事を訊くよりも早く、僕は元来た道を引き返し始める。真鈴が後ろをついてくる音がする。階段を上りながら、彼女が問いかけてくる。
「どうしたの? どうして早歩き? 何かから逃げてるの? もしかして何かわかった?」
「いいからついてきてくれ。学校が閉まるまで、時間ないし」
十時になると、学校は無人になり、センサーが作動し始めると聞いている。あと二十分もない。
四階まであがり、廊下を進む。
「ハルっ、そっちは非常ドアの方じゃないよ!」
「わかってるよ」
階段をあがって右手が元来た非常階段のある方向。僕は左を選んだ。
四階の、唯一明かりのついていた部屋が見えてきた。曇りガラスの窓から明かりが漏れている。歩を緩め、後ろの真鈴に人差し指を口に重ねるジェスチャーで「静かにして」と伝える。真鈴は真摯な顔でうなずいてくれた。彼女の口がパクパクと動く。
「見つかったら駄目だもんね」
と言っているように見えた。
中腰になって、明かりの点いている部屋の前を進んでいく。ひとの気配がする。間違いなくここには誰かいる。その教室のドアの前で、僕は足を止めた。目の端の真鈴が、眉間にしわをよせて、訝しむような表情をしている。
拳の手の甲を外側にして、ドアの前に掲げる。そのままドアを二回、ノックした。真鈴の口が面白いぐらいにあんぐりと空いている。
「……誰ですか?」
中から声が返ってきた。聞き覚えのある声――、中腰をやめて、ドアを開いた。
「なにしてるんですか?」
部屋の中にいたのはひとりの男で、彼は制服姿ではなかった。――そもそも、高校生ではなかった。男は、白石先生、そのひとだった。
「こっ――」
どうやら僕たちの訪問でよほど度肝を抜かれたらしく、白石先生は口ごもりながら言った。
「こっちの、台詞だ、い、いったいいま、何時だと思ってるんだ。真鈴さんも!」
真鈴を後ろに、部屋に入っていく。足の踏み場を探すことすら一苦労だ。数日前に真鈴と資料探しをした空き教室である。
それはそうと、時間を問われてしまった。
「今ですか。十時前です。先生の方こそ、こんな時間までお仕事ですか。……いや」
白石先生が片手に挟んだ白くて細長いものに気づいた。それを指差す。
「仕事じゃないんですね。おタバコですか。いいんですか、学校の教室でそんなもの」
「馬鹿言え。火はついていないだろう」
白石先生はタバコを突き付けるように手を前にする。言う通り、火はついていない。
後ろにいた真鈴が僕の隣に並んだ。
「でもこれから吸うつもりだったんじゃないんですか?」
「ライターも持っていないよ。本当だ」
「じゃあどうしてタバコを?」
真鈴が質問を連続して投げかける。彼女は元来正義感溢れる少女だ。後ろめたい理由があるひとを問い詰めずにはいられないらしい。
「これは、まあ……、そう……」
驚きではなく動揺で口ごもっている。やがて、吹っ切れたらしく、タバコを持っていない方の手で頭をかき回す。
「本当だ! 本当に吸ってないんだよ。確かに若いころは吸っていたけど、最近は全く吸っていない」
今も若いじゃないか。
真鈴が更に何か言いたそうにするのを、僕は手で制した。
「ところで、生徒会室の幽霊について、質問があるんですけど」
「……なんだい?」
突然、投げかけた問いに訝しむように、こちらの腹積もりを探るように恐る恐るといった様子で先生は答えた。
「……白石先生が、その生徒会室の幽霊だってこと、知ってますか?」
先生はため息をついてワンクッション置いてから、口を開いた。
「……知ってるとも」
背中で真鈴が息をのむのがわかった。
「でも、ハル……」
言葉尻になると、彼女の言葉は消えていった。真鈴の言葉に被せるようにして、白石先生が言った。
「君たちはその噂を確めに来たんだね? でもわかってる? ここは生徒会室じゃない。ただの古い、物置部屋だ」
「そうだよ、ハル。わたしもそれが言いたかった」
肯く。
「そうですね。ふたりの言う通り、ここは生徒会室ではない。……今は」
「どういうこと?」
僕は真鈴に顔を向けた。
「この部屋が元々、生徒会室であったなら、辻褄があうんだ。後で話すよ。
とりあえずは、僕たちがここに来たわけを先生に話したい」
「肝試しなのはわかってるよ」
と、白石先生。僕たちは反射的に先生を見た。
「でも不可解なのは、こそこそとしているべきの花川くんたちが、こうして僕の前に現れたのか、だ。いつから僕が枯れ尾花だと気づいた?」
「そうですね。僕が現れた理由は明白。生徒会室の幽霊の噂が出ても自分だと自白せずに、こそこそと何かをしているあなたを問いただすには、現行犯しかなかったからです。
正直に言いますと、幽霊の正体が白石先生だとは知りませんでした。
でも、先生の誰かだということはわかっていた。
教室の鍵は職員室で管理されています。だから、合鍵がない限り、生徒が勝手に施錠されている教室に、夜間に侵入することはできません。だけど、鍵は職員室に自由に出入りすることができるひとならば、加えて教職員の数も少ない夜間ならば、簡単に鍵を手に入れることはできる」
「だから、先生のうちの誰か、だね」
真鈴の相槌に、頷きを返す。
「先生のうち誰かといえど、生徒会室の鍵を借りていくとしたら、それは生徒会に関係のあるひとでないと、不自然だ。例えば、御田先生とか。生徒会室の鍵を借りる建前がないから、白石先生は夜間を選んだのでしょう。
それでは、白石先生が生徒会室に忍び込んだ動機は何か」
白石先生は近くの棚に体重をかけて、楽にしている。タバコをポケットから取り出したケースにしまっている。視線はそちらにあるが、どうやら僕の話を最後まで聞いてくれるつもりらしい。
「今日、生徒会役員に話を聞きに行きました。彼らの話では、物を動かされこそすれ、それ以外は何も変化はない。それが何回か続いている。――それだけ聞くと、確かに不自然で不思議です。でも、ある目的をそこに当てはめれば、それは筋の通ったものになる。白石先生は、生徒会室で何か探し物をしていたのではないですか? それが何かはわかりませんが」
「……ご名答」
白石先生はさっきとは打って変わって落ち着いた雰囲気で答えてくれた。
「でも、努力の甲斐むなしく、とどのつまり、探し物は見つからないままだったんですよね。だから侵入した形跡しか残らなかった。そして今はこうして、この物置部屋で探し物の続きをしている」
「それも正解。全部あってる」
やるじゃないか、と白石先生は褒めてくれた。
「先週、僕に悪知恵を看破された君とは思えない」
「その話はやめてください」
白石先生は楽しそうな顔をしている。
さて、と僕は話を戻す。
「探し物の続きを、どうしてこの部屋でしているのか、ですが」
「あ、それが生徒会室なんだ」
真鈴が僕の言葉に被せるように言った。
「そう。今の生徒会室があの部屋に割り当てられる前、この部屋が生徒会室だったからだ。そう考えると、生徒会に関係する何かを探す先生の行動も理解できる。先生の探し物がどんな形なのかはわからないけど、今の生徒会室に引っ越ししたときに運ばれてしまったか定かではないから、ふたつの部屋を捜索していたんだ」
「待ってよ」
と真鈴がストップをかける。
「順序がおかしい。ハルがここが生徒会だと予想を立てられたのは、今こうして白石先生が生徒会室ではなく、ここで探し物をしていたからでしょう? 先生がここにいたことと、生徒会室のことは関係ないかもしれないじゃない。それなのにハルが四階にあるこの部屋に見当をつけて、突入した――のっけから、ここが生徒会室だったという確信があったんだよね?」
「そうだな」
卵が先か鶏が先か――ではないけど、真鈴の意見は正しい。
「僕の考えを話すぞ。――この部屋はもともと、生徒会室だった。最低でも、十年前、事件の起きた時点では」
真鈴、お前も言っていただろう? 僕は続ける。
「坂月高校版『紫の鏡』の内容だ。自殺した女子高生の怨念は鏡に宿った。それなら、彼女の呪いで亡くなったとされる二人目の現場には鏡があるべきだ。屋上には鏡はない。そもそも、校内で鏡のある部屋は、トイレを除くと一部しかない」
「それが、ここ?」
「そう」
僕は部屋の隅、廊下側の壁に貼られている鏡を指差す。
真鈴が紫の鏡を思い出す要因となった鏡。それはまさに、紫の鏡そのものだったのだ。
「セキュリティの働く直前の時間に電気がついている点、この部屋が生徒会室だったのではないかという疑惑、ノックで返ってきた声が元卒業生である白石先生の物だったこと、先生は二十代後半に突入したばかりだから、十年前というと事件が起きたときに在校していたのではないかという予測、これらを考慮して先生の前に姿を現したんだ」
「なるほどねえ――って、え?」
一度納得しかけた真鈴だったが、ひっかかりを覚えたようだ。
「もし、もしだけど中にいるのが白石先生じゃなかったら、どうしてたの?」
「逃げてた。扉をあけず、そのまま。ピンポンダッシュじゃないけれど。ヤマ勘が外れたわけだからな」
「え、今、ヤマ勘って言ったね? うわあ、危ないなあ……」
真鈴は呆れたように目を細めて僕を見据える。
「こうして賭けに勝ったんだから、許してくれよ」
「……仕方ないかあ」
隊長は、力が抜けたような笑みを浮かべていた。
「でもハル、どうして白石先生は毎週決まった曜日を選んでたの」
「それは何回考えてもわからなかった。先生、どうしてなんですか?」
水曜日。生徒会会議の後。他の日に侵入する利点はあれど、生徒が遅くまで残っている可能性があるこの日を選ぶ理由がわからなかった。
「深い理由はないよ。生徒会の顧問をしている御田先生が一番早く帰るのがこの日だった、それだけさ」
「ははあ……」
御田先生の事情など、知るわけがない。どれだけ考えても、初めからわかるはずがなかった。
「そうだ、白石先生。最後の質問なんですけど」
すっかり蚊帳の外になっていた先生に再び水を向ける。
「なんだい? 英語の質問?」
「逆に訊きますけど、こんなときにそれを訊かれると思いますか」
だいたい、白石先生は地学の先生だ。
「先生の探し物って、自殺したひとの遺品ですか?」
白石先生は首を傾げた。
「……うーん。惜しいな。遺品といえば遺品だけど。どうして?」
「こっそり探し物をしているからです。学校側は十年前の件についてあまり触れたくなさそうですので」
なるほどね。先生は腕時計を見ながら言う。
「まあ、探し物がなんであったかは、話が長くなるし、またの機会にね。もう学校を閉めないといけない。君たちを安全に学校から出さないといけないし」
白石先生は僕たちを部屋から追い出すようなジェスチャーをする。
「あ」
結局聞いていなかったことがある。
「どうしてタバコを吸わずに持っていたんですか」
「さっき、最後の質問だって花川くん言っていたでしょ」
まあ、それも今度まとめて教えるから。暇なときにでも地学準備室に尋ねてきなさい。白石先生は言った。
廊下に出る。先生は部屋の電気を消して、南京錠をかけた。
「よく見たら君たち、裸足じゃないか。靴はどこ」
真鈴が答える。
「非常階段です。この階の」
「そこから侵入したのか? 危ないことをするじゃないか。非常ドアが開くと、職員室に連絡がいくようになっているんだぞ。まあ、四階の非常ドアはその機能がダメになっているのが君たちにとって幸運だった……いや?」
言い切ろうとしたところで、先生は首を傾げた。
「君たちは生徒会室の幽霊を追って、ここまで来たんだね? それならその過程で生徒会室にも行ったんだろう。ということは、そこで見たね? この高校の四階の非常ドアからなら、侵入することができるっていう手記を」
名推理だ。先週、僕を捕まえたときといい、白石先生は勘がいい。その問いには真鈴が答えた。
「そうです。役員の三坪くんが教えてくれました」
「なるほどねえ。いや、あれがまだ残っていたことに驚きだよ。僕がいる頃にはすでにあったノートだ。知ってるかい? あれによれば、屋上への扉は強く叩けば簡単に開くらしい」
試したことはないけどね。冗談めかした口調で、先生は笑った。
「へえ、そうなんですか。知らなかったです!」
真鈴にそんなこと話して大丈夫だろうか。悪用しそうだ。
ははは、と白石先生が笑った。
さて、こうして僕たちの、冬の肝試しは思いのほかあっけなく幕を閉じた――のだが。
生徒会室の幽霊についてのごちゃごちゃは、まだもう少しだけ、続く。
まだ、もう少しだけ続くそうです。




