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法陣遣いの流離譚  作者: 空館ソウ


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08_70 サロメの奸計


「サロメ!」


 崖から跳び、一直線に空を駆け法陣から魔弾を撃ち出す。

 どれも一瞬で敵を屠る上級魔法だ。

 けれど魔弾の群れはサロメにあたることなく、突如海から現れた巨大な複数の首に遮られた。


「オクトカプトの竜種がなんでここに⁉」


 防波堤にずるりと大きな身体を引き上げた軟竜種メガロクトカプトだ。


「ザハークが食べ散らかしたものが海の近くに転がっているんですもの、同族の死体に敏感な海の竜種が集まってくるのは当然ですわよ?」


 扇で口元を隠したサロメが三日月の眼をこちらに向ける。

 という事は、他にも海の中に竜種がいるという事か。


「リュオネ! 海の中に竜種が潜んでいる。水際から離れて埠頭で戦うんだ!」


 返事が帰ってくると同時に埠頭に竜種がつぎつぎと揚がってきた。

 リュオネとジョアン叔父なら大丈夫だろうけど、ここまで状況を利用するなんて、サロメの策謀にあきれる。


「賢明ですわね。でもお気を付けて。もうすぐ私の用意した〝苗床〟が顔を出しますわよ?」


 苗床?

 高度を上げてサロメの後ろを見ると、白い影が紺碧の海中を上ってくるのが見えた。

 見覚えのある白、ぬめりのある頭部、くねる蛇体が埠頭にせまる。

 記憶にあるよりもっと大きい。


「二人とも城壁に跳べ! リヴァイアサンだ!」


 僕の言葉と同時にサロメが風の力を使い僕と同じ高さまで飛び上がってきた。

 同時に後ろの海面が盛り上がる。

 爆ぜた海水のしぶきが足元を濡らし、また滝となって落ちていく。

 瀑布の中から現れたのは、白く巨大な頭をもたげた竜種、リヴァイアサンだった。


「っ法陣『フラクトゥス』!」


 とっさに真上に浮かべた石柱を蹴り、一気に埠頭におりる。着地と同時にリヴァイアサンの口の前に法陣フラクトゥスを展開した。

 元々リヴァイアサンのような大威力攻撃に対抗するために生み出した法陣形だ。

 以前の個体より大型でも、ブレスを受けとめる自信はある。

 けれど、リヴァイアサンはブレスどころか口も開かなかった。


「その個体はブレスを吐きませんわ。わたくし言いましたわよ? 〝苗床〟だと」


 サロメが右腕を下に向けて振るうと、リヴァイアサンの背にこぶができ、見る間に爆ぜた。


「な……ガロニス⁉」


 破裂したこぶからでてきたのは魔獣であるガロニスだった。

 その後もレッサードレイクやミノフォクスといった魔獣がつぎつぎ出て埠頭に乗り上げたリヴァイアサンの頭から降りてくる。

 どれもが竜種の元となる基原魔獣。

 反射的に首をあげ、赤い左浄眼の視界で上空をみると、虹蛇がこちらを覗くように首を向けていた。

 虹蛇から伸びる黒い糸状のものがリヴァイアサンの全身に針山のように突き立っている。


 先ほどサロメがカレンさんに告げた、魂と魄があれば復活させられるという言葉を思い出す。

 虹虫竜を割ってだした魂がリヴァイアサンの魄をつかい魔獣として出現する。

 苗床とはそういう事か。


 戦場に残された神種をこいつら基原魔獣が取り込めば竜種になる。

 これがサロメの狙い、なんて周到——


「ご明察ですわ。でも、それがわかってもこの現象を止められて?」


 すでに魔獣の群れは目の前だ。危険な魔獣を魔法で倒し、盾剣を振るい必死で防ぐ。調息法で呼吸を整え、必死に持ちこたえているけど、経路が灼ける感覚がじわじわと広がっている。

 愉悦をたたえた三日月のような目のサロメが扇をあおぐたびにこぶから出てくる基原魔獣の数が増えていく。

 なぶっているつもりか。


「雑ですわ。頭脳が身上のアルバの使徒にあるまじき泥臭さ。出会った時は有望そうに見えたのに、わたくしの買いかぶりだったようですわね」


 それまでの三日月の目とは違う無表情。

 もはやサロメは僕への興味が失せたようだ。


 扇の一振りで基原魔獣の一部が防御もせず僕にぶつかってきた。

 刃で瞬殺していくけれど、乱れた呼吸で体勢が乱れた所を集団に回りこまれてしまった。

 魔獣に囲まれ戦闘をコントロールできない。


「一度空に……!」


 跳躍しようとした瞬間、ブーツが固定されている事に気付く。

 足には軟竜種が敵を捕らえる粘液が付着していた。

 周りの基原魔獣はめくらましか!


「ほおら、雑な戦いをするから、雑兵にもやられるのですわ。これならシャスカの側にいる古い使徒の方がまだ楽しませてくれそう」


「しまっ——」


 僕の周囲を囲んでいた魔獣の首が地上へと向けられる。

 間が悪い事に騎竜の制圧に成功したのか、仲間の一部がリュオネ達の戦いに加わっていた。

 この群れを向かわせるわけには行かない。


 ガンナー軍における自分の重要性はわかっている。

 それでも、自分の方針はとうに決まっている。

 自分の本心のまま、灼けかけた経路に魔力を流す。


「レナトゥスの『牢獄』!」


 範囲指定もろくにせずに自分の周囲を法陣で囲む。

 そのまま神像の右眼に入っている中級魔法を射出する。

 魔力の奔流で青浄眼による魔法の察知は不可能。

 乱舞する光、爆音と魔獣の悲鳴が視聴覚を麻痺させ、ただ痛覚だけがまだ生きている事をつたえてきた。


【後書き】

お読みいただきありがとうございます。

リヴァイアサンはサロメが港を強襲するための「生きた魔素の貯蔵庫」でした。

三章のリヴァイアサンも「最初は」サロメにつくられたものです。



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