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法陣遣いの流離譚  作者: 空館ソウ


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08_66 僭神ザハーク(4)



「……ふん、ヴァジュラか」


 胸を貫かれているにもかかわらずザハークは笑っていた。

 鱗の皮を貫く事はできたけれど、やはりザハークにとっては動きを止める程度の攻撃にしかならなかったようだ。

 ザハークの左腕が巨大な杭に伸びる。

 が、抜かせはしない。


 前回の戦いでザハークを行動不能にしたヴァジュラは、規格外の魔力を通すシベリウスの経路があってこそ可能だった。

 あれは僕にはできない。

 それに、ヴァジュラではザハークを仕留めきれなかった。

 だから僕は別な方法でザハークを倒す。

 途中で止め、体内にとどめ置いた魔法を発現すべく、詠唱を再開する。


——塵芥じんかい天蓋てんがいさん飄々(ひょうひょう)

——いん塵芥と別れ雲耀うんようにこごる

——れ万象の法にそくすことあたわず

——天陰てんいん理道りどうを通り地に落つ


 頭上の雲の中で閃く雷光が明滅の間隔を短くしていき、ついには太陽になり代わったかのようにザハークを頭上から照らした。代わりに雷鳴は消えた、もう雷がただの自然現象ではなく、魔法の一部になった証だ。

 ザハークは逃げずに強烈な光の下で左腕をかざして笑っている。


「言ったはずだ、我に雷は効かぬ!」


 受けとめる気でいる傲慢なザハークに少し哀れみを感じる。

 縛竜鎖で捕らわれ、ヴァジュラを撃ち込まれる。前回の焼き直しじゃないか。

 ザハークの動きはカイサルの記憶にあったシベリウスとの戦いで見せた動きと大差なかった。

 この男はあの戦いを生き延びた後、どんな研鑽を積んだのか、強敵と戦ったのか。

 サロメを使い血殻を集め、神として幾千年を過ごすうち、何者にも負けなかったという過去が、未来も同じだという幻想を抱かせたのではないか。


 経路のうずきで思わず咳き込んだ。余計な事を考えた。

 相手が傲慢でも僕には関係ない。敵に説教をするつもりもない。

 ザハークから離れながら、最後の詠唱句を唱えるため今一度息を吸い込む。


——千条せんじょう万雷ばんらい道上どうじょうの敵をことごとく喰らう双矢そうしたれ

——汝等は我 あるじにしてしもべ いずくんぞ我が意にそわぬ事あらんや


トニトボルテクス(二重螺旋の雷)!』


 腕をかざし目をつぶっても、なおまぶたの上から光が目を焼こうとする。

 雲から伸びた螺旋を描く雷がザハークとつながった、はずだ。アンギウムから見ている皆なら見えているだろう。

 光が薄れ、大気の揺れが収まる。


 まぶたを開き衝撃をやわらげる幾重もの法陣を消すと、目の前には空に浮かぶザハークの姿があった。

 杭がささる胸からは煙が立ち上っている。

 どうやらもくろみ通り、表皮をやぶる事で内部を焼く事に成功したようだ。


 ぐらりと巨体が傾ぎ、島に向かって落ちていくザハーク。

 島の地面を揺らして横たわった巨体は動かない。

 だけどここで終わりじゃない。


「収……納!」


 上から眺めながら法陣フラクトゥスを展開し、巨体の上から収納していく。

 この血殻を大量に内蔵する巨体を収納するのは一瞬とはいかない。

 杭に続き、折れ曲がった翼、立てられた膝、腿と、ゆっくりと法陣に収めていく。

 完全に収納できたなら、魔素にあふれた巨体のザハークは死んだという事になる。


 しかしザハークはシベリウスとの戦いを生き残っていた。

 そしてさっき、竜の軍勢の中心から体高三十ジィもの巨体となり現れたのだ。

 僕の知る限り、竜種は、基原生物の五倍程度の大きさにしかなれない。

 体高二ジィ弱のガロニスでいえば最大値は十ジィ。

 それを考えれば、いくら神種を複数飲んでいたとしてもザハークの巨体は明らかに異常なのだ。


 そこから僕はこの巨体は本体ではないのでは、という疑いをもった。

 予定どおり自然の落雷をとりこんだ大魔法を使ってもまだ本体が生きている可能性がある。

 今収納している巨体を解析し、ザハークの死体、と浄眼に現れれば僕の仮説は誤り。

 そうじゃなければ……


 ゆっくりと巨体が法陣の中へ消えると、巨体があった場所の中央に、竜の特徴を持った男が倒れていた。

 確定だ。あの巨体は血殻により作られた肉の鎧にすぎなかった。あの男こそザハークの本体だ。

 地上に降り、岩に身をあずけようとしている、青白い男にゆっくりと近づいた。


「ザハークだな?」


 声をかけると、細身ながら鍛えられている身体の男は黒い目の中で縦に光るオランジェ色の瞳をこちらに向けてきた。


「問うまでもなかろう。それにしても、シベリウスは欺けたが、貴様はなぜ気付いたのだ」


「僕達は短期間だが竜種の性質を調べていたからだ。あの巨体は明らかに竜種の法則から外れていた」


「死体を陵辱したか、反吐がでるな」


 空気を震わせる声は男の喉から発されたものではなかった。おそらく風魔法だろう。

 黒竜の姿の時も会話できたのはこの魔法のせいだったか。

 その中にまだ闘志があるのを見て改めて盾剣を構える。

 ザハークは血殻で出来た肉の鎧を失ったとはいえ、まだ油断できる相手ではない。


「なぜサロメの地位を奪ってイルヤ神なんて僭称した?」


「これから死ぬ者に理由を語る意味などないわ」


 ザハークが鼻に皺を寄せて言い放ち、左手をかざすと、眼前に巨大な魔法陣が現れた。

 まだ闘志は()えていないらしい

 その前にも大小様々な魔法陣が現れ、それぞれが経路でつながり起動していく。

 高位の魔術士しか扱えない、複層魔法陣のオリジナル、集積魔法だ。


【後書き】

シベリウスとの戦いに敗れたのにザハークが生き延びていたのはこういう理由でした。

当時のザハークの身体は十ジィくらいで、ギリギリ竜種としてありうる身長でした。

だからシベリウスも気づけなかったという事情もあります。



《二重螺旋の雷》の詠唱句はなんちゃって漢詩風にしています。

せっかく作ったので原文も乗せておきます。

塵芥散天蓋飄々

陰分塵芥凝雲耀

此不能即万象法

天陰落地通理道


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