08_46 死んだ相棒が遺したもの
僕の言葉にデニスが表情をあらためる。
今、ガンナー伯軍ではメリッサとエヴァの主導の元、飛竜と同様に兵器として運用できる竜種を人工的に作りだそうとしている。
ガロニスが元になる基原動物だとわかっているディアガロニスの再現はその第一弾だ。
デニスはその作業の責任者をしている。
「条件を変えて預かった竜の実を与えているが、はかばかしくない。身体が血殻に包まれる結晶化までいく個体もおるが、そのまま崩れてしまう。そこまで行かずに死んじまった個体は竜の実を取り出した後にレッサードレイクに食べさせている」
「すまないな、嫌な役をまかせて」
「わしは竜種や動物の世話になれていてかつ、他の竜使いほど入れ込んどらんからな。妥当なのはわかっとる」
デニスは高地の山羊飼いの家に生まれた事から竜だけではなく生き物の扱いには慣れている。
それでも屠殺に等しい作業を繰り返すのは負担だろう。
それにガロニスは見つければ必ず連れ帰っているので頭数はそれなりにいるけど、貴重な騎乗魔獣にはかわらない。
「違うアプローチが必要だな……」
二人でため息をついていると、斜め向かいに座っているジャンヌが手を上げた。
「団長、ここでガロニスの竜種化をしようとしているのはわかりましたが、私がここに呼ばれた理由はなんですか?」
そうか、その説明のためにここに連れてきたのにデニスとビビの争いに気を取られて忘れていた。
「説明が遅くなってごめん。今までは竜騎兵や竜騎士といえば飛竜を操る竜使いの事だったけど、僕達は地上を走る竜、走竜を操る竜騎兵という兵種を作ろうとしているんだ。ジャンヌの小隊は軽装弓兵だけど、本来は軽装騎兵だろう?」
やってみればわかるけど、騎乗したまま弓などで攻撃する、というのは高度な技術だ。普通の冒険者はそんな技術を持っていない。
ハンナの重装騎兵隊がアルドヴィンに睨みをきかせている今、ガンナー伯軍の中に騎兵はジャンヌ達しかいないのだ。
「なるほど、我々にその竜種化したガロニスに乗れという事ですか。理解しました。しかし、肝心の竜がそろわないのですね……」
「ああ、野生のディアガロニスは気性が荒くてワイバーンみたいにいかないんだ。竜種になりたての個体なら慣れてくれるか、と思っているんだけど……」
「確かに子供の頃から育てれば慣れる可能性はあると思います。通常なつかない種類の鷹も卵からかえったヒナから育てればそれなりになつきますから」
「ディアガロニスはたしかに卵を産むけど、それから生まれるのは普通のガロニスだから……」
自分の思いつきで頭がいっぱいになる。これならいけるかもしれない。
以前ディアガロニスを倒した時に手に入れたものが神像の右眼の中にある。
僕は思いついた事を実行するため小さな法陣の上に指を滑らせ、神像の右眼に収納されている二つの名前を確認した。
一つはガロニスの卵、もう一つは……
うん、どうせならこれを使おう。
そして法陣にあらわれた新しい文字に、僕は思わず拳を握った。
……
・卵:竜種の卵。孵化の可能性は低い。
……
「なるほど、ガロニスの卵と竜の実を融合させたのですか。ディアガロニスの名前もありますし、これは期待できますね」
興奮気味に頷くジャンヌの横でデニスが腕を組んでこちらを見ていた。
「……ザート、成果は嬉しいが、たった今融合させた竜の実に書かれていたのは本当か?」
その表情はすこしだけ怒っているようにも見える。
「うん、たしかに使ったのはチャトラの身体にあった竜の実だ。収納した時に名前を入れて他の実とまぎれないように名前を付けておいたんだ」
チャトラの身体の一部を受け継いだ竜種が再び生まれてくれたらいい。そんな罪悪感を紛らわせる感傷で僕は竜の実に名前を付けていたのだ。
「この事はカレンさんには言わないで欲しい。かえる可能性は低いし、これは僕が勝手にやった事だ」
鑑定には生まれる可能性は低いとある。期待させて裏切るのは今のカレンさんには酷だろう。
「団長、それはカレン自身が決める事ではないでしょうか」
こちらを見ていたジャンヌの目が半目になったかと思うと、その視線は横にすべり、僕の後ろに向けられる。
その意味をさとり、僕は思いつきで行動した事を今さら後悔する。
ゆっくりと後ろに振り向くと、そこにはリュオネに連れられたカレンが立っていた。
「団長、話はきかせていただきました。その卵を私がかえしても良いですか?」
精神的なショックで竜騎兵の随伴兵もできないので療養の一環で行政庁舎や神殿の仕事をしていたカレンさんは、以前よりさらに儚くて頼りない。
「孵化の可能性は低いらしいけど、それで良いなら」
けれど、ここに来て断る選択肢はない。それに、見た目は儚げでも、カレンは決めた事は曲げない性格なのだ。
僕は神像の右眼から取り出した卵をガロニスが休むベッドの上に置いた。
うずくまった子供くらいの大きさはある。
「意外と大きい……抱えて温める、というわけにはいきませんね」
これからが楽しみ、といってカレンはしばらく見ていなかった陰りのない笑みで卵をそっと抱きしめた。
隣に座ってカレンを支えていたリュオネがこちらを見上げ、ゆっくりと目元をゆるめてうなずく。
偶然と僕が自己満足でやった事だけど、きっと間違いじゃない。
リュオネの笑顔が僕にそう信じさせてくれた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
しばらくカレンは卵を抱くために戦線離脱しますが、再び登場するのでご安心下さい。
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