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法陣遣いの流離譚  作者: 空館ソウ


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01_34 古城の主との戦い


「ボスも巻き込まれたかな……」


 眼下に広がるがれきの山を眺めながらリオンがこぼす。

 上を見上げると、空は晴れたままで、現実の曇り空に戻っていない。


「まだ魔境は解放されていない。下に降りて確認しよう」


 よほど練度が高くないかぎり遠距離からの気配察知で生死まではわからない。

 いつ不意打ちが来ても良いように身体強化をし、風魔法を使って地上の粉塵を払う。

 古城の側壁の内側にある階段に向かおうとした時、刺すような殺気を首に感じ振り返った。


「ザート後ろ!」


 目の前に沼の巨人の蹴り足が見えた刹那、バックラーを構えて回し蹴りをカチあげた。

 反撃をしようとした時には巨人はその体からは想像できないスピードで通り過ぎ、城壁のへりに立っていたリオンに膝蹴りをはなっていた。


 巨人はそのままリオンを巻き込み壁の下に落ちていく。あのまま踏み潰されたら障壁を抜かれるかもしれない。


「リオン! 炎刃を使え!」


 空中に朱い炎が煌めき、巨人の青い腕が宙に舞った。

 精霊の炎刃で巨人の手を斬り落としたものの、リオンは落下したままうつ伏せてまだ起き上がれていない。


『ファイア・ウォール!』


 とっさにリオンと巨人を分断し、リオンの近くに飛び降りる。

 頭を振って起き上がったリオンを横目に炎の向こうを見据えた。


 唐突にファイアウォールが消え、立ち上った蒸気の中から巨人の姿が現れた。おそらく水系のスキルを使って消火したんだろう。

 リオンが斬り落としたはずの腕は何事もなかったかのようについていた。


「腕が再生している!?」


 沼の巨人に再生能力はない。

 改めて見ると背もでかい。身の丈も三ジィはある。

 こいつがボス、沼の巨人の上位種だとわかったけど、再生能力はやっかいだな。


 巨人が長い腕をもって足下に転がっていた他の巨人の戦斧を拾ってかつぐ。

 此方を値踏みするように細めた目は奸計を巡らしているようで、ゴブリンよりも知能が高そうだ。



「ザート、援護頼むよ!」


 リオンがボスとの間を詰め、手数で一気に押し込む。

 さっき空中で起動したから、炎刃のカウントダウンはもう始まっている。短期決戦で決めるつもりだろう。

 こっちもリオンが射線から外れるように位置取りをして炎魔法を中心に牽制をしていく。



 巨人は人間であれば両手でもつ戦斧を、まるで手斧のように扱っている。

 しかも体幹がぶれていない。魔物とは思えない武器の扱い方だ。

 リオンを繰り返し大質量の刃が襲うが、どれも彼女を傷つけるには至らない。

 一方リオンは炎刃をもって舞い、着実に巨人の全身に傷を刻んでいる。

 

「左手!」


 巨人の左手を切り落としたけど、リオンは攻撃の手を緩めずに攻めたてる。巨人に再生能力があるなら油断できないからだろう。


『ストーンショット・デクリア!』


 こちらもリオンの攻撃にあわせ、散弾を戦斧全体に当てて動きを止める。


「よし、右手も……っ!?」


 炎刃をひるがえして戦斧をもつ右手も切り飛ばし、リオンがとどめを刺そうとした。

 しかし瞬間、光とともに再生した左手が戦斧をつかんでいた。


「ッ!?」


 振り上げた戦斧を転がりよけたリオンに対してボスが手首のない右手を前に出す。さっきこいつは水系のスキルを使っていた——。


「リオンよけろ!」


 叫んだ瞬間、巨人の腕が伸びるように、大量の水の柱がリオンの身体を吹き飛ばしていた。




「リオン!」


 アーチの根元に倒れ込むリオンに大声で呼びかけるも、障壁を抜かれてダメージを負ったのか、動く気配がない。


『Ugィィィッ』


 リオンにとどめを刺させるわけにはいかない。

 巨人の注意をひきつけ、強弓でうった長矢の雨を大楯からはなつ。

 魔法より速い物理の矢は予想外だったのか、巨人の下半身に五、六本矢がつき立った。


 追撃せずにショートソードを振りかぶり、攻撃の準備をする。

 すると巨人の足下の土が紫色に拍動し、次の瞬間には矢は地に落ち、巨人の右手は元通りになった。


 やっぱり回復には足下の魔素を使っているな。

 なら、地下の魔素を奪ってやる。

 

 身体強化の段階を上げ、巨人に近づき近接戦闘に持ち込んだ。


 ショートソードでは届かない所から来る重撃をかわし、回り込み肉薄し、一撃して離脱する。

 水柱もバックラーでいなし、ステップで避け、一進一退しながら露出した土の上をまんべんなく回った。


 そろそろ決めさせてもらう。

 ショートソードの切っ先を立て、バックラーを前に添えて両手で持つように構えた。


『ヴェント!』


 加速し、再び肉薄する直前、バックラーを前に突き出す。

 反射的に巨人は左手でバックラーを掴み、戦斧を振り上げてくる。


『Sェッ!』


 斧が振り下ろされる直前に右足をクロスして身体を開き、バックラーを捕まれたまま巨人の左側を身を低くしてすり抜ける。


——ズン。


 左手を引っ張られて転がった巨人は、いつの間にか切り落とされていた右手を見て力を込めるも驚愕し、戦斧も拾わずに距離を取った。


 右手を再生させようとして失敗したことに驚いたんだろう。



「お前が欲しい魔素はそこにはない」


なんとなく意味がわかったんだろう。巨人は歯をむき出しにしていた。


 戦闘で縦横無尽に移動する中、僕は日常的にやっている、収納の入り口である大楯を地中に埋めて移動し、地中の魔砂を吸い取っていた。

 魔砂は地中の魔素だ。

 もくろみ通り、巨人は回復できていない。

 後は倒すだけだ。


 巨人は立ち上がり、それまでの牽制ではなく、本気で倒すために水柱を放ち迫ってきた。

 落ち着いて炎魔法で相殺する。

 たとえ魔物であっても、今の感情が恐怖であることは見て取れる。


 けれど、水柱を炎魔法で何回か相殺した瞬間、嫌な予感がした。

 湯気の向こうから見える巨人の顔が恐怖から嘲笑に変わっているように見えたからだ。

 強く踏み込み、湯気を払いながら剣を振るったけど、飛び退いた巨人の小指にしか届かなかった。


——パガッ


 予感は確信に変わる。

 飛び退いた巨人が放った鋭い水柱は僕の頭上後方に向かった後、鋭い破砕音が頭上で響いた。


 目の前の巨人の顔には嗜虐の色が浮かんでいた。

 お前と同じ事をしてやったぞ、と。


 駆けだした先では、要石を打ち抜かれたメインアーチが崩壊し、リオンの頭上に迫っていた。


「——————!」


 畜生が。

 書庫を隠そうとした自分への後悔、策がはまり勝ち誇ったりした自分への嫌悪、リオンを失う恐怖、それらすべてを置き去りにして、僕はがれきの下に飛び込んだ。




 崩落した城壁のがれきの中には、僕達を中心として直径四ジィほどの空き地ができていた。


 リオンの隣に滑りこんだ後、天井から迫る落石の前に全力で、直径四ジィの書庫の大楯を展開し、すべて収納し尽くした。


 見上げた先に石がなくなった後、首だけを左に向けて彼女の無事を確認した。

 うつ伏せに倒れ込んだ横顔から見えるリナルグリーンの瞳と目が合う。


「大丈夫、いけるよ。魔法もまだつかえる」


 起き上がりながら不敵な笑顔を見せた。

 強いな。がれきの崩落で潰される寸前だったのに。


 そうだ、まだボスは生きている。

 彼女が無事だったことで安心しかけていた心を引き締めた。


 まだ粉塵が収まらない中で、改めて状況を確認する。

 魔力を無理矢理通したけど、体内の経路はまだ問題ない。

 がれきの山を登って粉塵の向こうにいるボスを観察する。 

 ボスは移動しているけど、こちらの生死を図りかねているのか、まだ仕掛けてはこない。


「リオン、吊り天井で仕留める。僕がボスの視界を奪うから、直径十ジィくらいのロックウォールを作ってくれ」


 簡単に打ち合わせ、行動を始める。


 さて、練習していたけれど、実戦は初めてだな。

 ”空を駆ける”なんて夢でみてなければ思いつかなかったよ。


 足場にあるベッドくらいの四角い石を大楯でしまう。

 そして何もないところに大楯を広げ、岩を頭だけ出す。

 書庫は物質の”状態”も保存している。”状態”には”静止”も含まれる。


——タンッ!


 だから岩の頭を蹴ればジャンプもできる。

 蹴った足場を消し、次の足下に岩を出した大楯を展開すれば、階段を駆け上がるように空中を駆け上がる事ができる。


 一気に駆け上がり、直下にボスを確認した。


『ファイア・アロー・デクリア』


 真上からの攻撃に対して、巨人はすぐにウォーターカーテンを展開して相殺した。

 

『ファイア・アロー・ケントゥリア』


 より広範囲に百本のファイア・アローを打ち出す。ボスの周囲で、蒸気が派手に拡がった。

 重ねて弾幕を張る度に蒸気が濃くなり、ボスが見えなくなる。

 

 同時に蒸気を囲むように黄色の輪が表れた。


『ロック・ウォール!』


 リオンの渾身のコトダマとともに、紅白が混じった花鋼岩の筒が此方に向かって迫ってきた。


 捉えた。

 あっけないけど、沼の巨人のボスとの戦いはこれで終わりだ。


『フォーリング・ウォール!』


 さっき収納したメインアーチのがれきを、勢いよく穴の中に放出していく。目の細かい礫から、石、岩へと念入りに。連続する震動が古城に響き渡る。


 離脱した直後、あふれ出す岩の重みに耐えられず、ロック・ウォールは破砕音を立て、ひときわ大きな音をたてて崩れ落ちていった。





「……もう大丈夫だな」


 岩の影から出てきたリオンと合流した俺は、警戒というより半ば感慨をもってがれきの山を眺めていた。

 

 崩れかけた古城に降り注ぐ光は、もうゆがんだ太陽の透明な光ではなく、雲間からさす穏やかな金色をしている。

 ボスはすでにいなく、魔境は解放されていた。



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