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法陣遣いの流離譚  作者: 空館ソウ


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08_21 シベリウスの配慮と地下での戦闘

 イルヤ神が去ったタイミングで視界の左に魔法陣が現れた。どうやら僕がこの記憶にとどまれるのはここまでらしい。

 魔法陣に触れると、元の神器内の空間に戻った。


「疲れた……シャスカ、前にビザーニャの神殿前で聞いていた話とだいぶ違うんだけど?」


「……教団に残されていた記録にはただ戦いを挑まれたとしか記されておらなんだが、記した者が書き忘れたのかのう」


 床に座りこみ、隣のシャスカをにらむと、黒い鳥は居心地悪そうに黄色い足で地面を踏みつけ始めた。

 声が沈んでいる所から、責任は感じているようだ。


「まあ、記録が事実と違うのは仕方がない。どっちかというと気を利かせて書かなかった可能性の方が高いと思うけどな」


 大きな身体に似合わず交渉事も担当していたシベリウスという使徒を思い浮かべる。

 神様が病んだ女神に執着されたせいで戦争が起きていたとか、普通に醜聞だ。

 彼が戦争の理由について書記に書き残させなかった事も大いにありうる。


「カイサルに落ち度があるか判らないけど、基本的にイルヤ神が悪いという事はわかった。ところで、第三アルバ教国って言ってたけど、あの時代はかなり文明が発達していたな。リンフィスという地名は、諸侯連合のいるリンフィス大陸でいいのか?」


「うむ、どうやらあの時代には既にリンフィスの神々が我に降っておったようじゃ」


 なるほど、装備や兵站も、兵士の質も高かった。国力も充実していたんだろうな。


「カイサルが言っていた”異界門の解放”って何をしたんだ?」


「異世界間は異界門でのみ行き来するのが常なのじゃが、完全に開かれると両方の世界が一つになる。それまで行けども行けども海しかなかった所に突如新しい大陸が現れる、といった具合じゃ」


 調子を取り戻したシャスカが羽ばたきながら説明する。

 リンフィスもティランジアもティルクも、元は行き来できない異世界だったのか。

 異世界といえばバーバルの世界だけど、それなら……


「異界門事変の時にジョアン叔父達が異界門を封印しなければあの場所にバーバル神の世界が現れていたのか?」


「そうであったろうな。その前にあの過剰な魔素でブラディア一帯は汚染されておったじゃろうが。そして我は……うむ……」


 小さな鳥から沈んだ声が返ってくる。

 この話題は良くなかったか。考えてみればシャスカは神とは言え、人格的には二十代だ。

 バルド教に幽閉されて心に傷を負っていても無理はない。


「そろそろ経路が回復したみたいだ。またカイサルの記憶をたどろう」


 立ち上がり、シャスカに向けて左腕を差し出すと、シャスカは何も言わずに黄色い足を僕の腕に乗せた。

 聞きたいことは多いけど、本人が言いたくなさそうだし、しばらくはバーバル神の話は止めておくか。


 動く魔法陣に触れると、今度はいきなり合戦のまっただ中に着地した。

 目の前で白刃がひらめき、軽い破砕音とともに血しぶきが舞ってスケイルアーマーを着た男が崩れ落ちた。

 たった今白刃を振るった兵士はロックニードルを撃ち出しながら横に跳び、襲い来るファイアジャベリンを避けていく。

 岩につぶされた市街地の上でアルバの青い騎士達がイルヤの戦士と干戈刀剣を打ち合い、その音が大空間に響いていた。


(なんだ、この街は?)


 赤い夕日に照らされる、大量のがれきに潰された寄せる波のような壁に囲まれた円形の街。

 先ほど神様二人の決別の場面を見たので今が両者の戦闘であるのは当然わかる。

 けれど、どこか違和感を覚える景色と異様な雰囲気が、今この場面がただの街の攻略ではない事を示している。


(周囲の壁をたどればこの街の中天に行き着く。ここは半球体のドームの中に作られた街じゃ。街を潰したがれきは崩落したドームの残骸じゃろう)


 肩に止まるシャスカの指摘で改めて壁と上空を見れば、確かにドームの面影がある。

 なるほど、いかにも特別そうな街だ。ここがティランジアの首都と考えるなら戦闘の激しさも納得がいく。


 アルバの騎士が進む方角を見るため軽く法陣で跳び、上から戦闘を眺める。アルバの騎士が進む先に攻略目標、おそらくイルヤ神の神殿があるはずだ。

 騎士達の向く先をたどると、ドームの中央付近にある不自然にがれきが積もっていない丘を見つけた。瞬間、丘が紫に光る。


(戦いが始まっておるぞ! あの紫の光は我の神器が放つものじゃ!)


 シベリウスはもう目標にたどり着いていたのか。

 これは急がないといけない。

 シャスカが吹き飛ばない様にマントの中に入れ、強化した足で空を駆ける。

 先に進むほど増えるイルヤ軍の死体を跳び越えて丘に向かうと続けざまに紫の閃光が神殿に影を作った。


 使徒のシベリウスがいるという事は、自ら赴くと言っていたカイサル本人もいるだろう。戦っている相手はイルヤ神の使徒か、イルヤ神自身か。


(神殿の影で戦闘が行われておる!)


 丘の上に着くと、予測をはるかに超える光景が眼前に広がっていた。

 幾人もの生死が判らないアルバの騎士が血まみれで倒れ、残っている騎士達も鎧を破壊され、肌を露出させている者が多い。

 だけどイルヤ神の戦士はその倍以上倒れ伏している。

 そして立っている者は一人もいない。

 けれど戦闘は続いていて、アルバの騎士達は剣をとり敵を取り囲んでいた。


「構えよ! イルヤの使徒が起きるぞ!」


 騎士の後方で指揮をとっているカイサルが叫ぶ。

 騎士らが取り囲むなか、カイサルがイルヤの使徒と呼んだ満身創痍の存在がゆっくりと身体を起こした。


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