08_06 シリウス・ノヴァでの新しい生活(6)
「よし到着。良い運動になったな」
シリウス・ノヴァに到着したのは昼の三時を過ぎた辺りだった。
星形城塞の中央部でクリーンの魔道具を使い、狩りでかぶった汚れを落とす。
とりあえず神殿に戻って一休みしよう。
「そういえば義弟は居室をみたか?」
神殿に向かう坂を上り始めたアルンが首だけふりかえって訊いていた。
「いや、殺風景な入り口を見ただけ嫌になって戻った」
「ほう、そうかそうか」
アルンが金色の目をネコのように細めて笑った。
シャスカといいなんなんだ。
アルンを問い詰めようと口を開いた瞬間、神殿の中から銀髪をなびかせたリュオネが現れた。
「ザート! おかえりー!」
高台の風に揺れる青草の中で、空色のギレズンから伸びるすらりとした手を大きくふる姿に、こちらからも手を振り返す。
坂を一気に駆け上がり抱きすくめると、リュオネからティランジア名産のゲランの香りがした。
ビザーニャに滞在している時に贈った香水の香りだ。
「もうすこし遅くに帰ってくると思ってたのにびっくりしたよ。何時戻ってきたんだ?」
身体を離して聞くと、僕達が狩り場に言った後ほどなくしてシリウス・ノヴァに戻ってきたらしい。
入れ違いになったのか。
「リュオネが戻ってくるとわかれば狩り場に行かずに待っていたのに」
「ううん、かえって良かったよ。ほら、着替える事もできたし」
リュオネは一歩下がるとクルリと回って見せた。
ふわりと広がったギレズンとともに銀色の尻尾がサラリと揺れる。
思わず目を奪われ無言でいると、リュオネが少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「もう一度! おかえり、ザート!」
「ああ、ただいまリュオネ」
宿でも拠点でも、幾度となく交わしてきたのに、たった今口にしたあいさつはまるで初めて交わしたかのようだ。
その理由は、やっぱりここが初めての僕の領地に立つ居館だからだろう。
改めてここが僕らの家なんだと実感しつつ、僕に向けられた曇りの無い笑顔に微笑みかえした。
「のうリュオネ、夫を笑顔で出迎えるという夢がかなったのはめでたいのじゃが、ちと長いぞ」
「シャスカ、無粋なことを言うんじゃない」
神殿を見上げると、シャスカをしかるフリージアさん達と、一様にギレズンをまとい困り顔で笑っている衛士隊の皆と目があった。
遅くなったけど、彼女らにも手をふってただいまを言った。
「じゃあ、ザートは館の中は全然見てないんだ」
今僕はリュオネに先導され、居館の中を見て回っている。
「ああ、シャスカが権力濫用したのかと思ってすぐ戻ったんだ」
状況を察したのか、リュオネが苦笑いした。
「だからそれは誤解じゃ。すでに厨房や浴場をみたであろう」
後ろではシャスカが口をとがらせている。
この神さま反省する色が見られないな。自分の神殿を優先させた事に変わりはないんだからな?
「じゃあ、次は……の部屋だね」
振りかえると両開きの扉の前に立ったリュオネが珍しく小さい声でつぶやいていた。
「ん? 誰が使ってる部屋?」
首をかしげるとリュオネの顔がさらに赤くなった。
「えっと……私たち……」
僕の顔も一気に赤くなる。
結婚式の後に二人でした約束を思い出す。
二人が同じ部屋、同じ床で寝るのは居館ができてから、だからそれまでは別々の部屋で寝る事にしていた。
「そ、そうか楽しみだな。内装は任せてって言っていたけど、どうなってるんだ?」
生々しい想像をしてしまう前に、話を別の方に向けた。
古代文字から建築紋様まで知識が豊富なリュオネだからかなり趣味の良い部屋なんだろう。
けれど、リュオネが無言で開けた扉の先は予想外の景色だった。
「え、真っ白?」
天井、壁、床。エントランスホールと同じく建材がむき出しの殺風景な部屋だった。
居館の角に位置するのだろう。カーテンが揺れる左の窓からは海、正面の窓からは庭が見える。
そして一角には最低限の家具とレギア=アルブムで見たのと同じ紗幕の下りる天蓋がついた大きなベッドがあった。
でもなんで真っ白なんだ? 部屋の内装なら決めてもらってもよかったのに。
「やっぱり私たちの部屋なんだから、二人で考えた方が良いかなって思ったんだ」
あっけにとられてこちらが無言でいると、最初は上を向いていたリュオネの耳が徐々にへたっていった。
尻尾も不安そうにゆるくゆれている。
「ああ、大丈夫。確かに二人で内装を考える事には賛成だよ。でもこんな殺風景な部屋で寝ていたのか? 自室は作ってないのか?」
リュオネを安心させつつ、問い詰める形にならないようにゆっくりと訊ねる。
「ううん、つくってあるよ。けど、ビザーニャから届いたベッドを運び込んだら、そこ以外じゃ寝たくなくなっちゃった」
あは、とリュオネが照れ笑いをした後、小さくした身体に尻尾を巻き付けてしまった。
これは自惚れじゃなくて僕を待っていたという意味にとっていいのだろう。
こみあげる気持ちを抑えつけていると、扉の向こうが一気に騒がしくなった。
「義弟よ。どうだ、私の妹は可愛いだろう」
扉の向こうでアルンが腕を組み得意げな笑みをうかべていた。
そうですね。たぶん義姉さんの思う百倍は可愛いと思ってますよ。
「健気ではないか。それに引き換えお主は察しが悪い!」
アルンの隣でシャスカがここぞとばかりに指を突き出してくる。
いや、だからお前の罪がそれで許されたわけじゃ……いや、今はどうでもいいや。
「そうだな、リュオネには謝らなきゃいけない。だから扉を閉めさせてくれさせてくれないか?」
なにを想像したのかシャスカが固まっているなか、衛士隊から黄色い声があがる。
「義弟よ……そういうのは夜になってからにしてもらえるか?」
義姉が呆れたふりをしつつ、口元に悪い笑みをうかべていた。
「そういうのじゃない。どこにいてもいいからとりあえず扉を閉めさせてくれ」
ごゆっくり、などと去り際に言うアルン達の鼻先でドアを閉めた。
まったく、あれが義姉のいうことか。
「あ、あのザート? やっぱりそういうのは夜になってから……」
うろたえているリュオネの腰を左手で引き寄せて逃げられないようにする。弁解する手間も惜しい。
「そういうのはしないって。でも先に謝っとく。仕事とは言え、寂しい思いをさせてすまなかった。それからリュオネが愛おしくてたまらないから、ちょっと長く抱きしめさせてくれ」
「い、愛おしいって……」
その先は言わせず、強く抱きしめた。
それまでの冒険者の装備や豪華な礼装とはちがう、無防備な薄い布地を通して伝わる熱と柔らかくなっていく身体にいっそう理性が遠くなる。
リュオネが身じろぎをするたびにギレズンの衣擦れの音が殺風景な部屋に響く。
間近で香る香水が一層艶やかに香った。
やっぱり扉を閉めて正解だったかもしれない。
いつもお読みいただきありがとうございます!
結婚したということで甘くなったザートとリュオネの関係を描写しました。
やはりこういう場面は描いていて楽しいのでもっと甘くしていきたい所です。
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