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法陣遣いの流離譚  作者: 空館ソウ


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08_00_d 閑話:アルドヴィン南方戦線(2)


 アルドヴィンの残党を返り討ちにしつつ、オーギュは軍を進め、メール侯国のレウスが待つブリューの街に入っていた。

 オーギュの予想通り、レウスは酒を楽しんでいたが、彼らメール侯国軍が接収しているのは領主やその部下、商会など街から逃げだした者達の館および食料なので住民からの反発は見られなかった。


「竜使いですか……」


 オーギュはゴブレットを片手にアルドヴィンを描いた地図を眺めながらつぶやいた。

 現在オーギュは元領主の館のダイニングで他の二人とワインを飲みつつ今後の進軍について相談していた。

 縦に長いアルドヴィン王国の北部中央にあるアルドヴィンとペリエール港を結ぶ街道の上には王国のワイバーンを示す黄色い駒が並べられている。


「エフィス卿の軍を中心にした連合軍は空からの落下砲弾にだいぶ苦労しているらしいのだ。魔術士が風魔法で逸らすにしても相手は何度でも来て休む間もないという」


 口周りのひげ以外は全て剃ったスキンヘッドに隆々とした筋肉をもつレウスが苦々しい顔でエフェス侯から届いた手紙を差し出した。

 オーギュが受け取り内容を確認する。確かにそこには竜使いが落としてくる大型の砲弾に苦労している様子が見て取れた。

 そしてその後には竜使いが立ち寄るペリエール港およびパトラ港をやはり陥落させるべきだという主張が記されていた。


「イグニカン殿、ワイバーンをほぼ持たない我らでは海上封鎖はできても上空は封鎖できない。ワイバーンの拠点となっている港はこの手紙にあるとおり、多少の被害を出してでも制圧すべきではないか?」


「一理ありますな。バフォス海峡の拠点もより安全となるでしょう」


 二人の言葉を受けとめ、しばらく考えていたオーギュだったが、おもむろに地図上の黄色い駒をいくつか抜き出して自分達の国があるリンフィス大陸とティランジア大陸を隔てる細長いオケイア海に並べていった。


「王国の竜使いには別の目的を持った二つの集団がいます。一つはアルドヴィン王都とペリエール港を往復し我々を攻撃してくる軍の竜使い。たしかに彼らを黙らせるためには港を制圧してしまう事が有効のように見えます。しかしもう一つの集団が問題なのです」


「オケイア海からゲルニキアに向かうワイバーンの事ですな。たしかに、ゲルニキアから支援物資をもらってくる彼らも厄介ですが、問題というほどですかな?」


 首をかしげるペルセドに対してオーギュは黄色の駒をアルドヴィンからゲルニキアまで動かして見せた。


「逆です、アルドヴィンからゲルニキアに移転している輩がいるんですよ」


「まさか……」


 レウスが口を付けていたゴブレットをテーブルに降ろすと同時にオーギュが口を開いた。


「お察しの通り、学府のエルフ達です。先の海戦の敗北で、アルドヴィン王国内がうるさくなり煩わしくなったのでしょう。バルド教の総本山であるゲルニキアに研究資料ごと移りつつあるようです」


「彼らにとってアルドヴィンは父祖の降り立った地のはず。あっさり捨てられるものなのか?」


 理解しがたいとばかりにレウスは髭をしごく。


「いや、エルフ降誕の地という彼らの言葉が嘘という事も考えられますぞ。何しろ彼らは我らが神の奇跡をすべてバーバル神の奇跡だと触れ回る恥知らずの輩どもですからな」


 ペルセドが眉間にしわを寄せてゴブレットの上でシトルを握りつぶし、注いだ果汁と酒を一気にあおる。

 

「彼らの伝説の真偽はともかく、バルド教にとってアルドヴィン王国は家畜です。しもべとして使い物にするために知識は授けますが、愛着はない。アルドヴィン王国が我らに滅ぼされようと、エルフにとっては小さな山羊の群れを狼に食われた程度にしか思わないでしょう」


 オーギュの言葉に他の二人は考え込む。


「では本当にワイバーンに学府の者達やその荷物が乗っているとなると」


「うかつに手出しはできませんな」


 南方諸侯は長年アルドヴィン王国と戦っていただけあり、気まぐれに戦場にやってくる学府のエルフの厄介さは身にしみていた。

 救いなのは、学府の徒は徹底した個人主義者の集まりということだ。

 他の同胞が殺されても、己の研究が邪魔されたのでなければ学府の者が攻めてくることはなかった。

 しかし逆に言えば、彼らの邪魔をすれば容赦なくその強力な能力を振るうということでもある。


「エフィス卿には今の事情を説明し、街道から離れて行軍してもらうようにしましょう。アルドヴィンから学府の徒がいなくなればそれは我らにとっても都合がいい。我らの目的は各々の神の復活と平和であり、バルド教を滅ぼす事ではないのですから」


「それがよいでしょう。しかし、万が一ゲルニキア全てが敵に回った時の事を考えると恐ろしいですな」


「その前に我らの神が顕界できるよう、アルバ神とその使徒には協力せねばな」


 レウスの口から漏れた言葉にオーギュが反応し、顎に手を当てる。


「そういう事なら、ティルク人が強制労働させられている収容所を探し、優先的に解放していきましょうか。西辺境から北辺境まで最短距離で勢力下に置くつもりでしたが、彼らに恩を売るのも悪くはありません」


「では、次の目標はブリューの収容所ですな」


 話を終えた三人は改めてゴブレットにワインを注ぎ乾杯をした。


お読みいただきありがとうございます。


ここでティルク人強制収容所に話がいきます。

皇国軍の保護を拒否した街がありましたが、そういう集団が入れられている所です。


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