03.武国
隣国へはてっきり馬車で向かうものかと思っていたら、その隣国から船で迎えが来た。
おかげで今、レイは船に揺られ洗面器ならぬ桶を抱えて呻いていた。
うっ・・・気持ち悪!
このグラグラする揺れが嫌だ。
堪らん。
もう降りたい。
船乗りたちに言わせるといい風が吹いて数日で隣国に着けますよと明るい声で説明されたがレイにとっては早く着くより揺れない方がよかった。
耐え難い船酔いを我慢すること三日。
やっと武国の港に着いた。
船では身動き出来なかったレイは武国の兵士にお姫様抱っこで船を降ろされ、馬車に放り込まれた。
前世の自分曰く”お姫様抱っこ”というワードに狂喜するところがその時は気持ち悪さでいっぱいだった。
その後すぐに馬車に乗せられたレイはその港近くにある”貴族の館”に連れていかれた。
「レイ姫様。こちらへ。」
アントワープ国からついて来た侍女に船酔いの薬を差し出された。
レイは気持ち悪いながらも水を持って来てくれるように侍女に頼んで薬を持って来た侍女を部屋から追い出すと魔法でその薬を調査してからそれを飲んだ。
アントワープの王宮でも何度かイヤがらせのように毒を仕込まれたから、ここでも油断は出来ない。
どうやらこれは本物の船酔いの薬みたいなのでレイはそれをすべて飲み干した。
なんとも言えない味だが少し胃がすっきりしたような気がする。
レイは戻って来た侍女に水を枕元に置いてもらうように言うとそれからベッドに突っ伏した。
疲れた様子のレイを見て侍女はそのまま部屋を出て行ってくれた。
レイは侍女が部屋を出たのを確認するとすぐに防御魔法をベッドの周囲に展開するとそのまま眠りについた。
翌朝。
トントンという扉の音に目を覚ました。
慌てて起き上がったレイに昨日の侍女は窓を開けると彼女はとは別の侍女が部屋に入って来て武国の衣装を持った彼女たちに囲まれた。
仕方なく防御魔法を切って肌に沿わすように薄い盾を展開するとこの国の衣装に着替えさせられた。
この国はアントワープ国と違いコルセットもなく快適だったのでそれは気に入った。
着せられたドレスもアントワープ国に比べるとかなり動きやすい。
さすが武力を尊ぶ国だ。
このドレスをレイは大いに気に入った。
彼女はそれに着替えるとこの屋敷の領主に朝食に招待された。
嬉しいことにこの屋敷の領主はアントワープ語が得意なようで流暢に言葉を話してくれた。
実は一か月みっちり習わされたがレイの武国語の習得は教師に匙を投げられた。
前世でも外国語が得意ではなかったのでさもありなんと自分でも思わったがこのままの状態というわけにはいかない。
はぁ~これからどうしよう。
レイは嬉しそうに領主と会話を続けながらもこれからの日程に頭を悩ませた。
朝食後、アントワープ国の侍女と一緒に王宮からの迎えの馬車に乗って次の町に向かった。
周囲を護衛している武国の兵士に聞いたところ王宮まではここから五日ほどの道のりのようだ。
まあ攻略しやすい海辺の町に王宮を置くとは思えないので、それも仕方ないことだが行くまでの間こうもやることがないと暇だ。
レイはぼんやりしながらも周囲を護衛している兵士に目を向けた。
兵士の方も暇らしく小さな声で何かを話していた。
それにしても何を話しているのか。
本当は隣で座っている侍女に聞けばわかるだろうがどうも彼女たちはレイを馬鹿にしているらしく態度にそれが見え隠れする。
そんな人間に聞くのが癪だったレイは自分に翻訳魔法をかけ、馬車の隣で話していた兵士の会話に耳を澄ました。
途端兵士の話の内容が聞こえて来た。
”本当にこんなのが王家の姫なのかね。隣にいる侍女の方が胸があっていいよなぁー”
”ああ、お前もそう思った。やっぱり魔国の血が濃く出てるんだろ。胸、小さいよなぁ”
思わず魔法をぶっ放しそうになり慌てて息を吐いた。
待ち落ち着け、自分。
今の兵士の言葉は真実だ。
落ち着くんだ。
しかしその言葉を聞き取った侍女がクスリとレイを見て笑ったのに気がついてしまい、思わず魔力を周囲に少し漏れさせて馬を怯えさせてしまった。馬は怯えた途端ピタリとその場で膠着してしまい馬車が突然止まってしまった。
「おい、なんで停まるんだ。動けコラ。」
ピシィ
バシバシ
それから御者が何度鞭を当てようと馬車が動くことがなかった。
結局突然動かなかった馬を予備の馬に変え、出発するまで数時間もかかってしまった。
そのせいで次の宿泊する街に着いたのは夜中近くになった。これから貴族の館に向かうのは難しいと判断され、その手前にある宿泊施設を貸し切ってその日はそこで休むことになった。
もっともレイにとってはその宿泊施設は天国だった。なんとそこにはかけ流しの温泉があったのだ。
宿の女将にそれを聞いたレイはその温泉に入りたがった。
だが一緒に来た侍女たちはそれを断固拒否したのだ。
それでも行きたかったレイは宿の女将に頼み込んでその温泉を貸し切りにして貰った。
「本当に入る気ですか?」
周囲の侍女は狂ったのかという目でレイを見た。どうやら硫黄の匂いがダメなようだ。
レイは何時までも文句を言い続ける侍女に見切りをつけると宿の女将とその宿で働いている女性たち数名を伴なってその温泉に浸かりに行った。
匂いを気にせず気持ちよさそうに浸かるレイに女将を始め周囲の女性たちが目を白黒させた。
「そんなに珍しい?」
レイは翻訳魔法を使って彼女たちに話しかけた。
「ええっとですね。この辺りの御貴族さまはそのー誰も入ろうとはしませんし、そのー。」
なんとも気まずそうに話す女将にレイはみんなも入ったらと誘ったが彼女たちは恐縮して傍にすら寄って来なかった。不思議に思って問いただすと貴族と平民が一緒の湯に浸かると不味いらしい。
そう言えば前世と違ってこの世界は身分制度があったと思い出したレイは悪いことをしたなとは一瞬思ったがそれでもその湯をじっくり堪能した後、女将とその宿の女性たちに手伝ってもらって着替えると周囲を警戒していた護衛に囲まれてその温泉を後にした。
はぁ~いいお湯だった。
また来たいなぁ。
レイは自分の左腕に嵌っている腕輪を外したら必ずもう一度ここに来ようと固く誓った。
翌日、宿のおいしい庶民料理を堪能したレイは不満そうな一行と次の町に向かった。それ以降は遅れることなく貴族の館に宿泊することで五日後には無事王都に到着した。
王都に着くと馬車はそのまままっすぐ王宮に入った。
着いてすぐに武国の王に謁見が叶った。
玉座に座る王はがっしりとした筋肉に包まれた四十代くらいの美男だった。王の周囲にいる王子たちを見てもアントワープ国とは正反対で集まった男たちはみんな武人という体格のいい人間ばかりだった。
もちろん女性はそれとは逆に肉感的な美女ばかりだ。そこはアントワープ国と同じかもしれない。
王妃も黄金色の髪に巨乳の美女だった。
その他にも王の傍には第一から第五までの側妃が五人もいらっしゃった。
皆様ボンキュッボンの美女ぞろいだ。
その中でレイが嫁ぐのは武国の王都で近衛隊長をしている第三王子のようで彼の母親から息子を宜しくと挨拶された。
その挨拶の間中なんだか酷く憐れんだ目で全身を見られた。
特に胸を。
悪かったなぁー育ってなくって。
もういい加減ここから去りたい。
そう思った気持ちが叶ったのかそれから間もなく謁見も終わり王宮にある客間に通された。レイ付きの侍女は早々とレイの着替えを手伝うとその場からいなくなった。
翌朝、侍女に着替えさせられて朝食が終わるとレイの所に明後日の儀式について説明する為に文官が訪ねて来た。
彼の話だと婚姻前に剣の儀式というものがあるそうだ。
この国は武を重んじる国なので王族と婚姻するものは剣の儀式をやるそうだ。
今回は特に外国からの輿入れということで普通は代役を立てる儀式も本人がやることになると説明された。
「具体的に何をすればいいんですか?」
「えっとですね。いわゆる剣での試合です。」
「剣での試合ねぇー。」
いっちゃなんだか剣での試合など今世で一度も見たことはない。
どうやればいいんだ?
レイが悩んでいるのを見た文官はただ剣を持っていればいいですとそれだけ説明するとその相手を誰にするか聞いて来た。
「誰っといわれましても・・・。」
誰にすりゃいいんだ。
「まあぁーそれならもちろん顔がよい方がいいんじゃないかしら。」
困ったレイにアントワープ国から着いて来た侍女たちが横から余計なことを言い出した。
「顔ですか。わかりました。」
文官は嬉しそうに頷くとその場から去って行った。
なんであの文官あんなに楽しそうにしてたんだ?
訝しんだレイがその理由を知るのはその”剣の儀式”を行う闘技場の控室に入った時だった。




