02.風雲急を告げる
王宮に着くとレイはすぐに王宮の侍女に謁見用のドレスを着せられ、王の前に引き出された。罪人じゃないし臣下でもないはずなのに頭を下げるように傍にいた侍女たちに言われ手で頭を抑えつけられた。
はあぁーって感じだが仕方なく頭を下げたままで王と王妃が入って来るのを待っていると入って来た王妃に”まあ王族なのに頭を下げるなんて”と小声で馬鹿にされた。
思わず魔法で彼女を吹き飛ばしそうになったがなんとかそれに堪えた。
この腕輪が外れないことにはこの国から出られないしすぐに捕まってしまう。
この”呪いの腕輪”を外そうと今まで色々やっている間に気がついたのだがこの腕輪にはなんと追跡用の魔法がかけられていたのだ。
なのでどこに隠れようと追跡魔法を使われればすぐに見つかってしまうのだ。
だからここで逃げても意味がない。
ギリッと左腕に嵌られている腕輪を握りしめていると王に声を掛けられた。
「お前の婚姻が決まった。隣国の武国だ。喜べ。」
はあぁー。
婚姻って結婚。
「輿入れは一か月後だ。それまでに向こうの礼儀作法、言葉それにあちらの習慣を覚えておけ。」
王はそれだけいうと二人はその場から下がって行った。
王が下がってしばらくしてもレイはその場に固まっていた。
隣国・・・隣国ってなんだ?
傍にいた侍女に固まっているレイは引きずられてその場から宛がわれた部屋に連れて行かれ、そこでやっと我に返った。
なんでこんなことになる。
混乱しているうちに翌日から分刻みのスケジュールを入れられ隣国の習慣と歴史、王族の礼儀作法とあちらの言葉を詰め込まれた。
隣国は元々武力を誇る国で数十年前、母の母国である魔国と戦争をして勝ったそうだがその時併合した魔術師たちにここ数年国内で暴動を起こされ、それを鎮静化させるため当時このアントワープ国に輿入れしたナナの生んだ子供であるレイに武国から婚姻の打診が来たそうだ。
アントワープ国にとっては武国に恩が売れるし、武国は国内にいる魔術師の蜂起を押さえられる。
そういう話し合いがあったみたいだがレイはその話に疑問を抱いた。
一つは母の祖国である魔国だ。
かの国は一に魔力、二に魔力と三四がなくて五に魔力というくらい魔力が強いものを尊ぶ国だったようだ。
だからそんな魔力が強い王族が魔国では尊ばれていたはずだ。
ところが翻ってそんな王族の中で七番目に生まれたレイの母は魔力がほぼゼロに近く、その為当時のアントワープ国からの婚姻に母は魔国でいらない王族だということで嫁ぐことが決まったようだ。
それを婚姻した後に知ったアントワープ国は魔国に文句を言ったようだが王族は王族だと言って魔国はそれに取り合わなかったようだ。
そのうち魔国と魔国の隣国である武国が戦争になり、負け知らずであるはずの魔国が武国に敗れ、母の祖国はなくなった。
それを期に正妃であった母は王宮から追い出され離宮に閉じ込められた。そして数年前に何者かの襲撃に合いあっけなく母は亡くなったのだ。
その時レイも殺されるはずだったが恐怖により体内に閉じ込められていた魔力が運良く暴走し、襲撃して来た人間がそれに巻き込まれて全員死んだおかげで逆にレイは助かった。
その後は隣にある教会の牧師様が色々と気にかけてくれて、何かと世話をしてくれたお陰でレイは今まで生き延びてこられたのだ。
もちろんそれ以降も何度か暗殺者が離宮にやっては来たが目覚めた魔力と前世の知識のお蔭でレイは生き残って来られた。
前世の知識。
そうレイ・アン・アントワープという生に生まれる前の彼女は日本という国で細々と事務員をしていたおばさんだった。
その時生きた彼女の知識のお蔭でレイはこれまで生き延びてこられたのだ。
それはどんな知識かというその国で使われていた文字という知識の恩恵を得られたからだった。
その国では”ひらがな”・”カタカナ”・”漢字”という三種類の文字が使われていた。
その文字はどうやらこちらの世界では魔力が宿るようでその文字が示す意味を思い浮かべて、それに魔力を乗せるとその文字が示す通りの魔法が使える。
お陰でレイは襲ってくる襲撃者に探査魔法や防御魔法を駆使して彼らを返り討ちにし、今まで生き残ってこられたのだ。
本当に前世の知識様様である。
もっともここに来るまではその暗殺者を王家の人間だと疑っていたのだがどうやらそれは間違っていそうだ。
理由はレイの母の暗殺自体が王宮の方に知らされていなかった、いや王宮に伏せられていたからだ。
魔法を使って王宮の侍女たちから集めたうわさ話から彼女が王宮に呼ばれるまで正妃は生きているとおもわれていたようだ。
だからまだレイは正妃の娘であり、王位継承第一位になっているようだ。もっともレイがここに来たことで正妃が死んでいることがわかってすぐに第一側妃が正式に正妃になるようで、数週間後にはレイの異母弟が王位継承者になることが決まったようだ。
まあここに残るわけではないのでそんなことはどうでもよいが、そうすると一体彼女の母を狙ったのは誰だったのか?
気にはなっていたが分刻みの勉強でその調査はあまり芳しくなかった。
ところがその真相がアントワープ国出発前夜に分かった。
犯人は第二側妃だったようだ。
当時、王にとって始めて男子を生んだ第二側妃はその子を第一王位継承者にしようとレイの母である正妃に暗殺者を放った。
暗殺も成功し、いざそのことを広めようとした時運悪くその子が病死してしまった。
焦った第二側妃はその知らせを隠したがそのうち第一側妃が妊娠しこれまた運がないことに男子が生まれた。
この場で正妃が亡くなったことがバレれば第一側妃が正妃になり第二側妃の地位が危うくなる。
焦った第二側妃は死んだというその事実を隠匿したようだ。
それどころかその隠匿にはなんと離宮の隣に住んでいた教会の牧師様が関わっていたようだが、さすがにそのことはレイも気がつかなかった。
人のいいおっさんだと思っていただけにまさかそんな裏があろうとはレイにも見抜けなかった。
まあ、見抜けなくともお陰で毎月食べる物に困らず、生活する上でのお金が王宮から払われたのでまあそれは気にするほどでもない。
いまさら母の復讐をしても今の自分の状況がなんら好転するわけでもないのでそれもまったく意味もない。
レイは出発前夜、湯船に浸かりながらそんなことをぼんやり考えた。




