嵐の始まり
本当にお久しぶりです。そして大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。社会人一年目の慣れない環境に立て続けに起きた身内の不幸に人間関係のいざこざなどで、肉体も精神も疲弊しまくっていました。
今も疲弊はしています。一年以上更新できず申し訳ありません。
それでも少しづつ書き上げてました。
色々拙い所もあると思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、どうぞ!
1914年
6月28日
サラエヴォに銃声が響いた。この銃声を発した者はセルビア人青年のガヴリロ・プリンツィプで、この銃声の犠牲者はオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フェルディナント・ハプスブルクとその妻であるゾフィー・ホテク、そして彼女のお腹の中に居た赤ん坊であった。
その凶報はまずフェルディナント皇太子の祖国でありヨーロッパ列強の一角を担っているオーストリア=ハンガリー帝国に伝わり、皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世も衝撃を受けた。
7月23日、オーストリア=ハンガリー帝国は以前より関係が険悪であったセルビア王国に対して最後通牒を突きつける。
1.帝国政府の君主制に対する憎悪・軽蔑を扇動するすべての出版を禁止すること。
2.ナーロドナ・オドブラナ(セルビア国家主義者組織)と称する組織を解散させ宣伝その他の手段を没収し、帝国政府に対するプロパガンダを行う他の組織も同様にすること。
3.帝国政府に対するプロパガンダを助長しているもしくは助長する恐れのある全てを(教師も教材を含めて)セルビアの公教育から遅滞なく削除すること。
4.帝国政府に対するプロパガンダを行った罪で、帝国政府が一覧にした全ての軍関係者と政府職員を解雇すること。
5.領土保全に反する破壊分子の運動の抑圧のために、帝国政府の一機関との協力を受け入れること。
6.セルビア領で見つけられる可能性のある、サラエヴォ事件の共犯者を法廷尋問するとともに、帝国政府の一機関をこの手続きに参加させること。
7.帝国政府が行った予備捜査によって浮かび上がった2人の指名手配犯を直ちに逮捕すること。
8.武器と爆発物の違法売買の流通を効果的な方法によって防ぐこと。
9.国内国外を問わず、帝国政府に敵意を示したセルビア政府高官の陳述書を届けること。
10.全てについて実行する手段を、遅滞なく帝国政府に知らせること。
回答期限は7月25日午後6時まで、セルビアが48時間以内に無条件で全10条の要求を受け入れなければ宣戦布告する事を通告した。
この要求にセルビアは2カ条を除いて受け入れる決断をする。
しかしオーストリア=ハンガリー帝国は要求受諾が無条件ではない事を理由に7月25日に国交断絶、そして7月28日に事前の通告通りセルビアに対して宣戦を布告した。
そのセルビアに影響力を持ちオーストリア=ハンガリー帝国と対立していたロシア帝国は7月30日に総動員を開始。
オーストリア=ハンガリー帝国の同盟国であるドイツ帝国が8月1日にロシアに対し宣戦布告。
さらにロシアの同盟国であるフランスに対して対フランス侵攻作戦計画であるシュリーフェン・プランに基づき、8月3日宣戦布告、同日ベルギーにも宣戦布告。
ロンドン条約を理由に中立国ベルギーを守る為に、イギリス帝国はドイツに対して宣戦布告。
こうしてヨーロッパを戦場に欧州列強のすべてを巻き込み、四つの帝国を崩壊させ、その後の戦争の火種を数多くばら撒き、数多の悲劇を生み出した人類史上初の世界大戦にして最大規模の犠牲者を生み出す第一次世界大戦が始まった。
大日本帝国 帝都東京 有栖川宮家邸宅
「本当に起こってしまったな……」
「父上、父上が落ち込んでも何にもなりませんよ」
「しかし、このような悲劇を止められなかった。知っていたにもかかわらずだ……」
「今やるべき事は、これをどう活用するかです。それがやり終えてから悔やんで下さい」
落ち込む威仁に、冷静な口調で言葉をかける義仁。
口調と同じように表情も冷めていた。
しかし内なる心は、違った。
素晴らしい!そのまま潰し合え!そして滅べ!それが陛下と帝国と臣民の為になるんだから!
我らが世界の頂点に立つべき天皇陛下と大日本帝国の為に、とことん殺し合え!お前らが殺し合えば合うほど我々の国力は増大するんだから、こんなに素晴らしい戦争は無い!
そんなことを内心考えていたが、口にすることは無い。
父親である威仁は、平和を望む心優しい人物である。もし実の息子がそんなことを言えば悲しむを通り越して寝込んでしまうかも知れない。だから義仁は心にとどめて置いた。
「しかしやっかいなことも起きますからね。その対処をいたしましょう」
「ロシア革命に、シベリア出兵、朝鮮の独立運動、戦後不況……やらねばならんことは沢山あるな」
「はい。ですら我が帝国は出来うる限り最小限の被害で最大限の戦果を挙げねばなりません。物質的にも精神的にも軍備的にも経済的にも、全てにおいてです」
義仁は、日本人である。
前世でも日本人である。
そして義仁は、大日本帝国が世界に冠たる帝国で無ければならない、そして世界の頂点に天皇陛下が君臨しなければならないと考えている。
そのための犠牲は致し方が無いのだ。
帝国臣民たる日本人が血を流すことは心苦しいとは思っている。
しかしそれ以外の人間が幾ら死のうが関係ない。
100人だろうが1000人だろうが1万人だろうが10万人だろうが百万人だろうが一千万人だろうが一億人だろうが十億人だろうが死んでも関係ないのである。
天皇陛下と帝国臣民さえ無事でいればよいと考えているのである!
無論、天皇陛下と帝国の庇護を求める者達は例外ではある。
「では我が帝国もやはり参戦するのか?」
「するのが最良かと、ただ立ち回りは考えなければなりません。いたずらに米英共と対立するべきではありませんからね」
「そうだな、彼らとは出来るだけ友好関係を保つべきだからな」
「奴らから搾り取れるだけ搾り取り、我が帝国の国力を高める絶好の好機」
「そうだな……」
義仁の言葉に苦い顔になりながらも威仁は頷いた。
それからしばらくは今後についての話が行われた。
「ところで義仁」
「何でしょうか父上?」
「今年で幾つになるんだ?」
「自分の息子の年齢を忘れたんですか………老いとは恐ろしいですね」
「いや!違うからな!しっかりと覚えているからな!ゴホンッ…お前の口から聞きたいんだ」
「今年で15になりますが?それが何か?」
いきなり歳を聞かれて父親が遂にぼけ始めたのかと悲しんでいたが違うようだった。妙な聞き方をしてくるので少しだけ不機嫌になりながら答えた。
「もう15歳になるのか……子の成長とは早いものだな」
「で、何なのですか?」
「ああすまない」
実の子の成長に思いを馳せている父親に面倒臭そうに話を促す。
「私は14歳の時に慰子と婚約し、18歳で結婚した。そろそろ将来の伴侶を決めるのも悪くないだろう」
猛烈に嫌な予感と面倒なことが迫ってくる事を感じ取った義仁。しかし威仁の言葉を止めることは出来なかった。
「義仁!嫁を取れ!」
「全力でお断りいたします!」
大声で予想通りの言葉を言い放った威仁に即答で拒否する義仁。だがそれで諦めないのが威仁であり怒濤の如く迫った。
「いいか!お前は有栖川宮の男だ!皇族なんだ!血を絶やしてはならんのだ!大丈夫だ、安心しろ!嫁の候補はもう出来ている!とりあえず十人を候補として用意しておいた!容姿も家柄も文句なしを選んだぞ!何?顔が分からない?案ずるなちゃんと写真も取り寄せている!後で見せよう!何故そんなに迫ってくるんだって?そんなの簡単だ!私と慰子を安心させてくれ……!早く後継者を……孫を作って安心させてくれ……!孫を可愛がらせてくれ!」
義仁は恐怖した。父親である威仁がここまで自分に結婚を迫ってくる事を。
「ち、父上落ち着いて……」
「落ち着けるか!義仁よ、確かにお前は凄い私よりも凄い!幼い頃からこの国のために臣民のために陛下のために働いてきたことはよぉぉおく分かっている!心から凄いと思っている!だが!その分何を失った?私はお前にも人並み以上の幸せを持って欲しい……」
「父上、私は今でも幸せで……」
「いいや!子供だからもっと遊んだり恋したりしろ!お前は口を開けば、帝国と陛下の事ばかりではないか!例え義仁が未来のことを知っていても人とは違っていても私の子だ!私と慰子の子だ!我が子の幸せを願って何が悪い!」
義仁は感極まっていた。威仁や母である慰子が自分のことを大切に思ってくれている事は身に染みるほど分かっていたが、こうしていざ言葉にして面を向かって言われると、愛されていることを実感し涙が溢れそうになる。
「ありがとうございます………父上のお気持ち、しっかりと伝わりました」
「おお……!分かってくれたか……!」
だがしかし
「結婚はお断り申し上げます」
「………は?」
「結婚はお断り申し上げます!」
「な、なぜだ?何故なんだ義仁!」
激しく動揺している威仁に義仁は立ち上がり、堂々と胸を張りながら言った。
「自分の嫁ぐらい自分で選びます!」
自信たっぷりに義仁は言ったが、もちろん恋仲などいないし作る予定もないし、居なくてもよいとさえ思っている。
だがそれではだめだった。
「だめだ!それはダメだ!」
「なぜですか?嫁ぐらい自分で選ばせてください!」
今度は義仁が動揺する番となった。
「よいか、お前は皇族なんだぞ。出来るだけ良い血筋と結ばれ子をなさなければならないんだ。どうせお前の事だ平民でもいいだろうとでも思っていたのだろう?」
「決してそのようなことは……」
「では気になる女性はいるのか?」
「いえ……ですがいずれ……」
「そのいずれでは遅いから言っているのだ!」
心を見透かされているように考えていることを言い当てられ、威仁の雰囲気に気押される。確かにこの時代の皇族の結婚相手と言えば家柄に優れ爵位を持つ華族か、身内の皇族の中から選ばれる。そんな時代の中で平民から嫁を取ろうとする義仁に威仁が怒りを露わにするのは当然のことだろう。
しかしただ怒っているのではない。
仮に、仮の話ではあるが義仁が平民の嫁を娶ろうとしても、身内の皇族から大反対を受けるだろう。陛下までもが反対するかもしれない。身内からの反対を押し切っても宮内省が全力で阻止に来るだろうし、元老たちも口を出してくるかもしれない。それを乗り越えてもマスメディア、新聞記者共が蠅のように群がり面白おかしく、あることない事をでっちあげて世間に広めるだろう。
有栖川宮家の次男たる義仁が、有栖川宮家の唯一の継承者がそのような憂き目に合いさらし者になってはいけない、させるわけにはいかないのだ!
我が子を思う愛ゆえの怒りだった。
「父上………」
「義仁よ、平民はダメだ。ダメなのだ……」
二人の間に嫌な沈黙が流れる。
目を閉じ眉間に皺を寄せながら唇を噛みしめる義仁。そんな我が子の姿を見て、心に来るものがあったが、威仁は義仁の口が開くのを待った。
そしてその時が来た。
「父上、心してお聞きください」
目を開き、力強く言う。
「皇太子殿下の長男のお相手は……平民です」
「………え?」
「裕仁殿下の長男のお相手は、平民です」
「………ん?」
「裕仁様のお子さんのお嫁さんは平民です」
「…………」
威仁は固まった。考えが止まり、時間までもが止まったように感じていた。
皇族どころか陛下の息子である皇太子の息子の伴侶が平民?裕仁様はまだ相手が決まっていないんだが?それすらも分かっているのか?というか天皇の子の嫁が平民なんてあり得るのか?義仁が嘘を言っているのか?
今までの常識が吹き飛び、頭の中がぐちゃぐちゃになっている威仁に義仁は決意に満ちた声で言う。
「父上、裕仁殿下のご子息が安心して、堂々と!結婚するためにも誰かが前例を作らねばならないのです!誰かが先陣を切り尖兵として矢面に立たねばならんのです!その前例を作る機会を与えられたのはまさに八百万の神々の意思なのでしょう。だから私はそれに応えなければならないのです!だから今は結婚できません!………ご理解いただけましたか父上」
ああ!なんということだ……!我が息子は、本当に自分の人生をこの国と君主に捧げようとしている……!なんたることだ……だがそれが望みならそれをできるだけ叶えてやるのが親の役目!
「お前の気持ちは、よくわかった……この話はこれで終わりだ。また別の機会にでも話そう」
「……わかりました」
「義仁、今すぐにとは言わんが、いずれ必ず嫁を娶れよ」
「それは誓って致しましょう」
その言葉に頷くと威仁は部屋を出て行った。
部屋に一人取り残された義仁は、ごろんと横になり父の言葉を思い出す。
「結婚か……」
前世では結婚どころか彼女一人いなかったこの俺が、嫁など娶れるのか?別に女性と話すのは苦手では無かったが恋愛感情と言うものがよくわからない。好きと言えば好きだが付き合いたいか、そう聞かれれば違うと答えるような、妙な感情ばかりだった。前世ではその程度の女性経験しかないのだが………
「どうしたものか………」
目を閉じ考えても、いい考えが浮かばない。
「はぁ………」
自室に戻った威仁は、大きなため息を吐いた。
自慢の息子の気持ちを知り、それを実現してやろうと決意したのは良いものの、どうやって形にすべきかが浮かばなかった。
「平民相手か……」
皇族に華族ならばどうにかなった。片方は身内であるし、もう一方はこちらから言わなくても虫の様によってくるし、少し息子の話題を出せば、娘だの縁談だのペラペラ勝手に話してくる始末。それなりの地位と権力があるからこそできる芸当ではあるが、平民は違う。
平民は何もないのだ。血をより濃くする為に皇族と、政界や経済界に入り込むために華族と、そういうメリットすらない、デメリットしかない。
それをどうやって覆すかが思い浮かばなかった。
義仁が平民にこだわる理由を隠しながら、身内も華族も宮内省も元老、そして陛下を納得させられるだけのメリットが浮かんでこない。
「どうしたものか………」
世界は世界大戦という嵐が巻き起こった。
そして大日本帝国の帝都東京にて有栖川宮の中にも小さな嵐が始まった。
未だに世界は地獄を見ていない。
だがすぐに地獄の扉が開く。
大量殺戮の時代はすぐそこに迫っていた。
そして彼らもその嵐に呑まれていく。
次の100年の命運を位置付けた戦争は、始まったばかりだ。
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