表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/100

3-27 第1ラウンド終了





 ようやく僕らは、ドミニクのすぐ傍まで近づく事ができた。

 しかし一刻の猶予もない。

 ドミニクの障壁は、一目でわかるほど縮小していた。僕だって魔力の給油ランプが点灯しっぱなしだ。岩場に牽制射撃をしつつ、案山子のように突っ立っているドミニクに向かって、僕は大声を発した。

「ドミニク、おいドミニク! 聞こえるかっ! 助けに来たぞっ!」

「…………オ、オガミ?」

 気付いたドミニクが、錆びた鉄のような動きで、こちらへと首を巡らす。その顔は幽鬼のように青白く、目の下には隈ができていた。チッと舌を打つ。魔力欠乏症の初期症状だ。このまま嘔吐、失禁となれば、自分で動くことさえ困難になる。本気で時間がない。

「う、うう、俺……俺ぇ……どうしようぅ」

 僕とロジャーさんの姿を認めたドミニクは、その顔に、安堵と後悔と悲嘆がぐちゃ交ぜになった、ひどい表情を浮かべた。まるで親を見つけた迷子の子供のような幼い表情だ。

「しっかりしろ! 今すぐ逃げるぞ!」

「どうしよう、俺、俺のせいで、ゾーイが、ハッシュが」

「そういうのは後にしろ馬鹿野郎! 今すぐここから逃げるんだよ!!」

「に、逃げる?」

「そうだ! 2人を置いて、はやくこっちへ来い!」

「……ダ、ダメだッ!!」突然、ドミニクは火がついたように叫びはじめた。「ダメだ! 2人を残していくなんてダメだ!」

「いいかドミニク、その2人はもう手遅れなんだ。だから――」

「手遅れなんかじゃねえ! こ、こいつらはまだ生きてるんだ! 医者に見せたら助かるんだよ! でたらめ言うんじゃねええ!」

「ドミニク、聞け!」

「うるせええ! 俺はここで2人を守るんだ! くそお、ちくしょう! 邪魔するな! あっちへいけえ!」

 耳から入る言葉を拒絶するかのように、ドミニクは頭を振った。

 錯乱して言葉が通じない。

 時間も余裕もないってのに、くそったれ。

 おまけに――――

 ロジャーさんの構えている障壁に、ガンッと矢がノックする。

「オガミ君、10時方向! 苔の生えた岩陰、おそらく3人だ!」

 グズグズしている間に、敵が態勢をととのえ、攻撃を仕掛けてきた。

 刹那、ゾワリと後ろ髪が逆立った。

 ええい、くそ。

 どいつもこいつもおおおおおお!!

 障壁に銃眼をブチ開け、発砲。銃口から火が吹き、M4A1が吠える。いま矢を放った野郎の腕をライフル弾で撃ち抜いた。肘の付け根が半分以上吹き飛び、前腕が、皮一枚で繋がっただけの状態でぶら下がる。男が金切り声を上げる。その口に1発。胸に1発。男が後ろにひっくり返る。

 次っ。

 銃口で虚空を斬るように、すばやく照準を移動。

 (見えてるぞ!)岩陰からすこし出ているヒザを撃ち抜いた。岩の向こうから「ギャッ」と悲鳴が上がる。バランスを崩して転倒し、男の上半身が、こちらから丸見えになった。チャンスだが、そいつは後回しだ。

 転倒した仲間をあわてて助け起こそうとする、二人目の男――その頭部に、ACOGの十字レティクル(十字照準線)をぴったりと収める。引き金をしぼり、2発の牙を撃ち放った。一発が命中。男の頭が水風船のように爆ぜた。ボルトが後退し、空薬莢が銃身から弾き出される。

 銃口をツッと下げ、倒れたままの男の首元に2発弾丸を叩き込む。首がねじ切れ、男の頭部がサッカーボールのように吹っ飛ぶ。

 と、ここで、M4A1の内部でカチンと金属音がした。

 ボルトが後退したまま停止して、ストッパーが下りた音だ。銃から完全に弾が無くなったときのサインになる。タクティカルベストから最後のマガジンを取り出して装填。銃の左側にある「ボルトリリースレバー」を押すことで、後退したボルトが前進し、この動きにあわせて、先ほど装填したマガジンの最上部にある弾薬を薬室に送り込み、ふたたび撃つ事ができるようになる。

「……」

 その様子を、ドミニクは信じられないという顔で見ていた。

 すこし落ち着きを取り戻したようだ。いまなら話を聞きそうだ。

 僕は感情を抑え、安心させるような声音で言った。

「いいかドミニク、おちついてよく聞け」

 口を開けたまま、ドミニクが腹話術人形のように頷く。


「その2人を助けられるぞ」


「ほ、本当か!?」言葉に反応し、ドミニクの目がカッと見開かれる。

「ああ、助かる。お前がちゃんと動けばな」

 ズキリと胃のあたりが痛むが、無視する。

 残酷な手かもしれないが、もう手段を選んでられる状況じゃない。僕は続ける。

「今からロープをそっちに投げる。間違っても障壁で弾くなよ? ロープの先にフックが付いているから、それをベルトに固定しろ」

「わ、わかった」

 ロープを投げ渡すと、ドミニクは指示通りにベルトに固定した。

「よし、じゃあ頭を下げて、衝撃に備えろ。絶対に頭を上げるなよ」

「お、おい。本当に助かるんだな? だいじょうぶなんだな?」

「僕を信じろ」

 眉一つ動かさず、内心の疼痛をこらえた。

 ドミニクが頭を下げたのを確認し、僕は笛を取り出すと、空に向かって吹いた。

「ピイイィィィ」という笛の音。

 それを合図に、待機していたボナンザが、巡航ミサイルのように駆け出した。ボナンザは、僕がここに来る途中に隠しておいたロープの所まで一気に走ると、ロープの先を口で咥え、くるりとUターン、再び馬車にむかって全力疾走で戻っていった。えらいえらい、ちゃんと指示通り行動できている。

 僕の足もとで、弛んでいたロープがしゅるしゅると音を立てて短くなっていく。そしてロープがピンッと張った瞬間、ドミニクの体がくの字に曲がり、残像を残すような速度で後方へと引っ張られていった。

「上手くいきましたね。いざという時に用意してた『一本釣り作戦』」

 へたくそな凧揚げのように、地面をバウンドしながら小さくなっていくドミニクを見つつ、僕は言った。

「……あんな奇抜な手を、よく思いついたもんだな」感心と呆れを半々にした様子でロジャーさんが言った。「ともかく、じつに見事な手際だったぞ、オガミ君」

「ありがとうございます。では目的は達成しましたので、急いで戻りましょう」

「了解だ。エスコートは任せたよ」

 そういって差し出されたロジャーさんの拳に「はいっ」自分の拳をコンッとぶつけた。





 ドミニクを無事に回収。

 目的を達成し、後退を始めると――1人の男が、岩場から街道へと躍りでた。

 男、というよりは少年だ。

「いっ!?」「なにっ!?」

 その少年が手にしている物を見た瞬間、僕らは瞠目した。

 少年が番えている矢。その先に、火のついたダイナマイトが結わえてあったのだ。こいつが何を狙っているのか瞬時に理解し、全身に戦慄が走った。

 脳が最大級の危険信号を発する。

 生命の危機に直面した、その瞬間。

 スペルブックの表紙。そこに描かれている灰色の狼が吼えた。その深く長く引っ張った声が、脳の中央で立体音響のように木霊し、鼓膜を内側から揺らした。

 刹那。

 激烈な反応が、頭蓋の内側でおこった。

 交感神経が落雷を受けたかのように活性化し、脳内でアドレナリン(神経を興奮させる神経伝達物質)が大量に放出された。瞳孔が開き、血管が拡張されて筋肉に酸素が取り込まれ、心拍が一気に回転数を上げる。まばたきひとつの時間で、身体的パフォーマンスが爆発的に高められた。

 通常ではありえない程の集中力。

 僕を構成する全ての細胞が、銃を撃つ、ただそれだけの行動に集約される。

「~~!!」

 ロジャーさんが何かを叫ぶ。

 少年が下げていた矢の先を、こちらに向ける。

 僕は障壁に銃眼をあけ、同時に、照準を少年に向けた。

 少年が弦を引きしぼる。

 その口元には、ムカつく笑みが浮いていた。ああ、こいつなら殺しても良いやと思えるような、虫唾が走る笑い顔だった。――それをACOGの接眼レンズ越しに見ていた。

 少年の指から弦が離れる、その遥か前に、僕の攻撃準備は完了していた。遅すぎなんだよ下手くそ。奇襲を受けたにも関わらず、極限まで高められた僕の反射速度が、少年から先手を奪い取った。

 引き金をしぼる。

 銃内部で魔力の激発が起こる。弾頭が発射ガスに押し出され、銃口から飛び出した。マズルフラッシュ。反動。きりもみ回転した弾頭は、少年の眉間に炸裂した。目と目の間に、ポッと穴が開き、内側に捲れるように空洞が生じる。そして後頭部から血が爆発した。

 その手から矢が滑り落ちる。

 撃たれた衝撃で、少年が空を見上げた。コンマ数秒の沈黙。やがて、背骨が溶けたようにバランスを失い、矢の上に覆いかぶさるように倒れた。

 足元で、チンッ、と空薬莢が涼やかに鳴った。

 なんとか危機を退けたようだ。

 そう自覚した瞬間、ゆっくりと流れていた世界の速度が、急激に元に戻った。

 同時に、ロジャーさんの怒号が耳に飛び込んできた。

「伏せろおおお!!!!!」

 えっ。

 あ、やば。

 そう思った瞬間、導火線の火がダイナマイトの雷管に到達した。

 爆薬が急激に燃焼、膨大な体積のガスへと変化し、衝撃波となって周囲に牙をむいた。

 閃光。轟音。地響き。30mほど離れていても、その衝撃はすさまじかった。膨大な量の音と衝撃が、まるで波のように押し寄せてくる。一瞬前に、ロジャーさんが押し倒すように僕を庇ってくれなかったら、今頃、見えない手で脳みそをシェイクされていたことだろう。

 ロジャーさんの分厚い体の向こうで、衝撃波が乱気流のように暴れまわっているのを感じた。

 数秒後。

「……大丈夫ですか」と僕。

「……な、なんとかな。そっちは」

「こちらも大丈夫です」

 互いに声を掛け合う。幸いにも怪我はなかった。

 あの状況であっても、ロジャーさんは障壁を手放さなかった。そのおかげで爆風をやり過ごす事ができた。やはり熟達した人は違う。僕など、驚いて銃を取り落としてしまった。まだまだ修練不足だ。

 口に入ってきた土を吐きながら、銃を引き寄せ、体を起こす。

 目の前では、粉塵と土煙が濃霧のようにあたりを包んでいた。少年の体は爆発炎に飲み込まれて跡形もなく消し飛んでいた。周囲にそれっぽい破片がいくつか見受けられた。

 風が流れ、徐々に粉塵が晴れていく。

 岩場から人影がなくなっていた。人の気配も、向けられていた殺気も、火が消えたように感じられない。

 どうやら今ので敵は撤退したようだ。

 ――――終わった。

 これまで経験した中で、一番長い戦闘だった。乳酸が溜まった筋肉が、僕に休息を要求してくる。絶えず緊張を強いられていた神経が、解放してくれとせがんでくる。だが僕は、喉まで出かかった安堵の吐息を飲み込み、あたりを睨み続けた。

 これで終わったとは、どうしても思えなかった。

 灰色の狼が言っている。あいつ等は諦めていない。また襲ってくるぞ。

 たぶんその予感は的中するだろう。

 僕は腹に力を込め、賊の居なくなった岩場に視線をやり――――殺気を放った。

 ああいいさ、来るなら来てみろ。

 オガミ・シンゴは逃げも隠れもしない。いつでも相手になってやる。

 だが覚悟しておけよ。



 次、相まみえたその時が、お前たちの最後だ。





















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ