2-18 漢の戦い 後編
二階に到着。
慎重に部屋を一つ一つ索敵するが、どの部屋にも人は居なかった。
どうやら奥の部屋に全員で固まっているようだ。
もうこの時点でサプレッサーは意味がなくなったので外した。
弾頭も割れやすい物からノーマルに変更。
M4A1の装備は……やはり却下した。
CQB(近接戦闘)の訓練を受けていないため、80cmちかくもあるM4A1を、狭い場所ですばやく取り回すことができない。おまけに廊下には木材や箪笥などの障害物が『故意に』置かれていて、どうしても銃の先端や肘が当たってしまう。
この障害物は、敵襲のときの足止めだろう。
結局、使い慣れたベレッタを使う方がいいと判断した。
左腿にあるマガジンポーチには、9mmマガジン2本をセット。
銃に入っている弾数は、薬室の弾丸も含めて9発。
腿に装備している弾数は8×2で16発。
合計25発。
室内には4人の山賊。
集中力はいまや最高潮。
大丈夫。
一瞬で片を付けてやる。
僕は壁を背にする形で、ボスの部屋の扉まで接近し、左手の甲でノックした。
コンコン……コンコンコン。
「入れ」
室内から野太い声が発せられる。
このまま不意打ちで一気に行くっ!
ドアノブを左手で握り、体を爆発的に動かそうとした、次の瞬間、
「っ!?」
背筋に氷柱が刺さったような戦慄を覚えた。
僕の耳が、室内の異常音を察知。やばい、何か分からないが、やばい!
僕は慌ててドアから身を離した。
それと同時に、何の前触れもなく、いきなりドアが跳ねるように開いた。
もし正面に立っていたら顔面を強打していただろう。
ドアの向こうには大男が斧を上段に構えて立っており、ドアが開いたと同時に、まっすぐ振り下ろした。しかし斧は空を切った。
すでに僕は壁際に退避していたからだ。
薪割りのような姿勢のまま硬直し、こっちを見る。
その男の頭部へ銃口を定め、一発で吹き飛ばした。
廊下にビシャッと頭の中身が飛沫する。
僕は土壇場で見張りの男に騙されたのだ。あのノックの数は罠。咄嗟に機転を利かせたからよかったものの、油断していたら頭を割られていたのは僕のほうだ。
不意打ちは失敗した。
おまけに傷を負ってしまった。
ドアから攻撃しようとした僕に、室内にいた一人がナイフを投擲してきたのだ。
間一髪、頭を引っ込めたために直撃を免れたが、顔を出しすぎていたため、右頬肉をざっくりと切られた。
一瞬で首元が生暖かい血で染まる。
「……ぃぃ」
歯を食いしばって痛みを堪える。
痛覚耐性向上があって、この痛み。もし称号がなければどうなっていただろう。
僕は壁に背を預けたまま、銃を室内につっこみ、狙いも定めず引き金をひいた。
当たったという感触は無い。
いま敵が出てこられたら対処できないから、牽制射撃をしているだけだ。
予備マガジンを装填し、さらに8発を乱暴にばら撒く。
反動を右手に感じながら、必死に考える。
どうする、どうする、どうする。
障壁を召喚してドアからM4A1は狭くまず回復をでもナイフが。
くそっ!!!
痛すぎて上手く思考が組みあがらない。
もっとシンプルに。
ナイフを食らった瞬間、チラッと室内の様子が見たが、他の男たちも投げナイフを構えていた。次にドアから顔を出したら串刺しだ。
最後の予備マガジンを装填する。
さぁどうする!
苛立ちを脳内から追い出すため、ゴンッと後頭部を壁に打ち付ける。
すると土壁からパラパラと破片がこぼれた。
(――そうか!)
頭の中に、凶悪なアイディアが浮かんだ。
ベレッタM92Fに安全装置を掛けてベルトに差し込み、新たな銃を召喚した。
緑色の渦から、銀色の化け物がその全容を現す。
銃の名は「S&W M500」。
ベレッタM92Fよりもずっしりとした重量。
銃身サイズは4インチ。装填数は5発。
50口径マグナム弾と言う、僕の小指よりも大きい化け物の牙が、肉厚のシリンダーに詰まっている。
僕は壁に耳を当て、向こう側にいる男の位置を探る
(よし、そこだな)
位置を探り当てた僕は、壁越しに狙いを定めた。
S&W M500を握り、両手を突き出すようにして構え、どっしりと中腰の姿勢をとる。ベレッタとは違う、より反動を抑えるための射撃姿勢だ。
そして壁の向こうにいる男の姿をイメージし、引き金をひいた。
次の瞬間、僕の手の中で、小さな爆発が起こった。
シリンダーとよばれる部分から、大量の発射ガスが漏れ出たのだ。
それはベレッタが暴発したときよりもキツイ衝撃だった。
激烈な反動が僕の両手を襲う。
まるで突き出した手の平を、バットで殴られたような痛み。
そして低周波を流されたような痺れ。
前傾姿勢で撃ったものの反動を抑えきれず、仰け反って、廊下に置かれた箪笥に背中を強打した。いってぇ。
手がしびれて、おもわず拳銃を落としそうになる。
反動は強烈だったが、威力はそれ以上にとんでもなかった。
土壁にはスイカほどの大穴が開き、室内にいた一人にマグナム弾が命中した。
「ぎゃぁぁああああああああ!!!!!」
錯乱したような声が室内から廊下へと響きわたる。それは被弾者の声じゃない。
傍で見ていた者の声だ。
50口径マグナム弾は、一人の男の鎖骨と鎖骨の間に命中した。
凶悪な弾丸は、男の首元あたりに埋め込まれた手榴弾が爆発したように肉と骨を爆ぜさせ、さらに首のつけねあたりから上下に引きちぎり、その上部分を鮮血を撒き散らせながら天井へと叩きつけた。
結果、室内は一瞬で血の海になった。
それを至近距離で見て、一人が錯乱したのだろう。
残り二人。
僕はすばやく反動の衝撃から復帰するとS&W M500をベレッタに持ち替え、同時に、隣の部屋からオイルランプを取ってきた。移動中、S&W M500で作った大穴から、投げナイフが襲ってくる。
頭を低くしていたからよかったが、背中に熱いものを感じた。
浅く裂けたか。だが、それぐらいの怪我なら喜んで受けてやる。
お返しはこれだ。
僕はドアから、室内にオイルランプを放り込んだ。
そして床に転がったそれを、ベレッタM92Fで狙う。
腕の痺れが抜けず正確な射撃ではなかったが、4発中1発がオイルタンクに着弾。
タンクが破裂し、同時に火花が燃料に引火。
室内に粘度の高い炎が撒き散った。
すぐそばにいた男が、もろに火のついた油を浴び、断末魔をあげながら室内を走り回る。その火達磨になっている男の姿がドアから見えた瞬間、胸に2発叩き込んで、トドメを刺す。
これで3人仕留めた。
残るは一人だ。
そう思った瞬間、バリバリと何かが剥がれる音がした。
なんだ?
次いで、ガラスが割れる音。しまった、と思った。
外へ逃げる気だ!
僕は急いで顔の右眼だけをドアから出して室内を確認。
くそ、いない!
すばやく室内に飛び込み、炎をジャンプして避け、穴の開いた窓に駆け寄った。
闇夜へ逃げようする、その背中を撃ち抜こうとしたのだ。
そして己の迂闊さを知った。
窓のふちに立った瞬間、左側から気配が膨れ上がるのを感じた。
僕は反射的にそちらを見る。
そこには『半壊した』大男の死体が、ひとりでに立ち上がっていた。
いやちがう。
誰かが死体の影に隠れていたのだ。
っ!?
僕は反射的に左肩あたりにライオットシールドを召喚。
死体から、目に凶暴な光を宿した男が現れる。
その手には斧。体には鉄の胴当。
男は斧を、すさまじい速度で振り下ろしてくる。
袈裟の軌道で接近する刃を、間一髪、A3サイズほどのライオットシールドで受け止めた。しかし不完全な召喚の上に固定されていないため、その勢いを止めることが出来ない。
さながらハンマーで打ち据えられたように、シールド越しに衝撃が左肩に直撃した。
枯れ枝を踏み潰したような音が、体の中で鳴る。
音と痛みで、自分の左肩の関節が壊れたことが分かった。
左手の感覚が無くなる。
「あああああ!!!」
僕は声を上げ、態勢を崩しながらも、召喚しかけた障壁を完成させようとする。
同時に、男に銃口を向けて射撃。
しかし当たらない。狙いが雑すぎる。弾丸が見当違いの場所に流れる。
おまけに2発でホールドオープン。
あああくそ部屋に突入する前に撃っていたんだ!
まずい!
瞬間、鼻の奥に死の匂いが漂う。
動揺しているところに、男の追撃が襲い掛かる。
男は障壁の上に足の裏を乗せると、突き飛ばす要領で蹴った。
半秒ほどの浮遊感。
体重60kgほどの僕の体は、低空を泳ぎ、背中から壁に激突した。
背骨が軋む。
腰を強打する。
壊れた左肩が、さらに壊れる。
尻餅を突くような態勢で床に崩れ落ちた。
男は蹴りの動きに繋げて、斧を僕に振り下ろそうとする。
痛みで絶叫しそうになるのを堪えながら、僕は、偶然足元にあったワインの木箱を、いままさに一歩踏み込んで、斧を振り下ろそうとする男の足元へと蹴る。
当然、そんなもので男が止まるわけが無い。
さらに僕は弾切れのベレッタを、男の顔目掛けて、手首のスナップを利かせて投げつけた。
「ぅおっ!?」
これには男も反応し、大げさに体を曲げてベレッタを避ける。
リアクションが大きい。
当然だ。
未知の形をした鉄の塊を顔に投げられて、驚かないわけがない。
至近距離。
この距離で、僕は2秒という空白を稼ぐことが出来た。
脂汗で濡れる顔に凶暴な笑みが咲く。
あなた、知ってますか?
僕が2秒以下で何が出来るかを。
男がふたたび攻撃態勢に移ろうとした時には、僕の右手に、新たなベレッタM92Fが握られていた。
弾は満タン。
薬室にも初弾が詰まっている。
ベレッタに搭載されたダブルアクション機構は、薬室に弾が入ってさえいれば、後は引き金を深くひくだけでいい。
尻餅をついたまま、男に向けて引き金を絞る。
僕と男の間に、一本の線が引かれた。
線は男の胴当に命中。弾頭は鉄板を火花を散らしながら抉り、内部に侵入した。
ちょうど男の胃のあたりに頭を食い込ませた弾頭は、そのまま勢いを弱めつつ、肋骨を折り、そして肋骨の間を埋める外肋間筋を切り裂き、そして胃の一部を潰して勢いを止めた。
「うおおおおおおおおお!!」
僕は叫びながら、引き金をひき続ける。
ガキョキョンッ! ガキョンッ!と、獣が鉄塊を噛み砕くような音が響く。
盛大に火花が散る。
火の粉がズボンに落ち、焦げて小さな黒点をいくつも作った。
4発撃って、4発とも男の腹部に命中した。
そしてそのどれもが、男の内部を破壊した。
前傾姿勢になっていた男は大きく後ろにのけぞり、数歩よろめく。そして偶然そこにあった椅子にドスンと腰掛けた。もし椅子がなければひっくり返るような危うい足取りだった。
「……」
「……」
数分にも感じる、一瞬の静寂。
銃声が室内を木霊する。
それに混じってバチバチと火が爆ぜる音がする。
僕の左側では、家具に引火し、どんどん火の勢いが増している。
右側には壊れた窓があり、そこから夜風が吹き込んでいる。
そして正面には死に掛けの男。
僕は銃口を向けながら、少しだけ迷った。
鍵をどうする?
尋問しようにも、それは危険だ。
もし一瞬でも隙を見せれば、男は最後の攻撃を仕掛けてくる。
あと一回分の体力を残していると僕は見ている。
それを証拠に、男は斧をしっかりと握っている。
脂汗が頬を伝い、アゴから落ちる。
……痛い、もう、ダメだ。
鍵はもういい。今すぐ男を殺して手錠を拳銃で強引に破壊する。その際に人質が怪我をしたら治してやればいい。もうそれでいい。肩と頬が痛すぎて、もう限界だ。
この危険極まりない状況を早く終わらそうと思った瞬間。
男が血を垂らしながら口を開いた。
「……聞いて……いいか?」
よくない。
今からお前を殺す。
だが僕は照準を男の顔面にセットしたまま、次の言葉を待った。
「い、今の…ミスリル合金なら……防げた、か?」
時間稼ぎかと思ったが、ちがう。純粋な質問だと感じた。
僕は目線は動かさず、小さくアゴを引いた。
それを見た男は、汗を垂らした顔に、奇妙な表情を浮かべた。
「そう……か。こんなところで、誇りを売った……ツケを払わされたのか……」
男の座る椅子。
その4本の足からは、とめどなくドス黒い液体が伝い、床板に血の池を作っている。
僕はそれを視界の端で確認しつつ、油断無く銃を構える。
……なんなんだ、この無駄な時間は。
火の手は勢いを増し、痛みで神経はゴリゴリと削られているのに。
僕は何を待っている?
早く引き金をひけと言っているのに、僕は男に期待している。
なにを?
やがて男は、左手で己の耳に挟んだ『なにか』をつまみ、そして僕に投げてきた。
放物線を描いて飛んで来るそれは、鍵だった。
床に、チャリンと涼やかな金属音が鳴る。
「……負け、だ……持ってけ」
言って、男は笑った。
その笑みは表情筋を力だけで持ち上げた、壮絶なものだった。
男は地獄の苦しみを味わい続けているのに、僕に「痛い」という表情をみせようとしない。そして己から負けを認める。それは、これから自分を殺す相手を落胆させないための、男の意地だった。
――潔い。
この男は、まわりで無様な死に様を晒しているクズとは違う。
戦士だ。そう確信した。
だから僕は口を開いた。
「名を、聞かせていただけますか?」
男は息も絶え絶えに応える。
「今わの際に……名乗らせて……くれ、るのか?」
「はい」真摯な表情を向ける。
「僕が最初に殺した戦士の名を、胸に刻んでおきたいんです」
「……そいつぁ……光栄だ」
男は右に体を傾かせ、息も絶え絶えに言った。
「俺は…カンニバル国陸――、ちがう、山賊バズの頭領……バズ・ホルミノフだ」
「わかりました。バズ・ホルミノフ」
「お、俺にも……聞かせてくれ。お前の名は……なんだ?」
サルラのギルドに所属している、冒険者の拝真悟です。
そう言おうとして、やめた。
そうじゃないだろ、と苦笑して、胸の内にある名を口にした。
「僕の名は拝真悟」
「日本から来たサムライです」
「オガミ……シンゴ…、ニホンのサムライ、お、おぼえたぜ」
いまや土気色となった顔で、バズはうわ言のように呟いた。
火は壁紙まで燃え広がり、徐々に室内全体をオレンジの炎が包みだしてきた。
左頬が、熱風で炙られているように熱い。
だが動かない。
銃口はバズを捉えたまま離さない。
炎の渦の中、僕たちは睨みあった。
やがて、互いに頷きあい、おなじタイミングで立ち上がる。
僕は背中を押し付けるようにして立ち上がる。
バズは椅子の背にしがみつく様にして立つ。
最後の瞬間だ。
僕はベレッタを消し、ベルトに差していた「S&W M500」を抜き、撃鉄を右親指で起こした。左手が使えないため、片手で撃たないといけない。構えるだけで左肩が悲鳴を上げる。それを奥歯を噛み潰した。
リスクを考えればベレッタの方がいいだろう。
だが、この場面ではこの拳銃しかありえないのだ。
これは老夫婦が僕に託した『遺言』だ。
だから僕は、これを選んだ。
受け取れバズ・ホルミノフ。
「い、いくぞ、オガミ……じ、じごくで……あおう」
「はい」
しっかりと頷く。
バズは一度、大量の血を吐き、穴の開いた肺で息を吸った。
そして、ロウソクが消える最後の一瞬のような、そんな爆発を僕に見せた。
「うおおおおおおおおお!」
バズは咆哮を放つと、僕目掛けて突進してきた。
ほとんど倒れるような姿勢で、渾身の力を振り絞り、戦士バズとしての最後の一撃を振るおうとする。
僕はバズの胴当の中心に照準を定め、引き金をしぼった。
炎を吹き消すような、化け物の砲声が轟く。
被弾したバズは、まるで軽自動車と正面衝突したかのように後方へ吹っ飛び、壁に激突した。大量の肉と血が背後から飛び散り、壁一面に、歪な模様となって刻まれていた。それは壮絶な墓標のようにも見えた。
バズは即死だった。
そして撃ったほうも無事ではすまなかった。
反動で同じように後方へ仰け反り、砕けた肩をさらに壁で強打したのだ。
「~~!」
おもわず悲鳴を上げるほどの痛みだった。
だがグズグズしていられない。
火が回るより早く、弟アントンを解放し、脱出しないといけない。
僕は痛みでチカチカする視界のまま、鍵を拾い、傷を癒しながら部屋を出た。




