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バンッ! バンッ!
狼が木の根を飛び越えようしたタイミングで、その腹部目掛けて1発。被弾した衝撃でバランスを崩し、転んでいるところへ、もう1発。
動けなくなったのを見計らい、接近して止めの一発を見舞う。
絶命したのを確認してから、水晶の牙を回収し、移動を再開する。
あれからも僕は、新たな狼たちとの戦いを続けていた。
一度に複数ではなく、一匹ずつ襲ってくるというのが、せめてもの救いだった。これならなんとかなる。もし複数で来られたらなんて、考えたくも無い。
僕は射撃の素人だ。
構え方だって軍事訓練を受けたわけではなく、ジャック・バウアーの真似。
いま右手に握っている銃の整備なんてできないし、部品の名前すらよくわかっていない。僕の知識はゲームと映画だけだ。
そんな素人の銃弾は、しかし、けっこうな頻度で命中している。
動く標的に弾を当てるコツが、まさかゲームと同じだなんて思わなかった。
相手の進路を予想し、弾をすこし手前に置くようにして放つ。
イメージは、目標が自ら弾に当たりに行くような感覚。その感覚を「ゴールテープ」と名づけている。パソコンのディスプレイ上でやっていた作業だ。
それが、ここでは通用する。
おまけに反動も大した問題にはならない。
連射するとさすがに難しいが、単発で狙えば15mくらいでも何とかなる。
たしか拳銃の有効射程距離って5mから10mだったよな。
ファンタジーの世界だから、現実の感覚とは違うのだろうか?
違うといえば、もう一つ。威力がどう考えてもおかしい。
僕が握っているベレッタM92Fの使用弾丸は9X19mmパラベラム弾。柔らかい人体を破壊するための銃弾であって、コンクリートを貫通させるような力は持っていない。もちろん野生動物の分厚い頭蓋骨を砕くなんて無理だ。
しかし僕が握っているこの銃から放たれる9mm弾は、あっさりと狼の頭蓋を砕き、太い前足を骨ごと吹き飛ばす。まるで狩猟用の大口径マグナム弾ばりの火力だ。
これもファンタジーだからか?
――いまは深く考えるのはよそう。
考えても答えは出ない。いまは戦闘に集中しないと。
全身がぼろ雑巾のようになっていることからわかるように、あの後も、けっこう痛い思いをしている。だが、いまだこうして動けるのは水晶の牙のおかげだ。
かなりの出血をしているはずなのに、体温が元に戻っているのも牙のおかげだろう。
狼を殺すと、口から牙が出る。その牙が体を癒す。
いまはその理解だけでいい。どうしてなんて考えるな。
背中の辺りからジャラジャラと音がする。
ブレザーの上着を丸めて体に巻きつけ、即席のヒップバックにしたその中には、戦利品の牙が詰まっていた。これが無くならないうちは大丈夫。
「あっ、やばっ!」
気づけば、拳銃のスライドが後退したまま固定されていた。
ホールドオープンとよばれる、弾切れのサインだ。
僕は急いで空になったマガジンを拳銃から吐きださせると、新たなマガジンを左手から”生み出し”、差し込んだ。
でもこれだけでは撃つことはできない。
銃の左側にある『スライドストップ』というボタンを操作して、後退したスライドを元の状態へと戻す。こうすると初弾が薬室に送られ、あとは引き金をひけば撃てる状態になる。ですよね、ブルース・ウィリス先生。
すこし前に気づいたのだが、どうやら僕は、左手からマガジンを生み出すことが出来るらしい。もう驚かない。そういうもんなんだろうと僕は納得している。
ちなみに拳銃は右手からしか生み出すことができない。右は拳銃、左はマガジン。
誰が決めたんだろうね。
この拳銃には威力が高い代わりに、大きな欠点を抱えている。
一見すると本物のようだが、弾は最大5発しか入らないのだ。
マガジンには4発だけ。本来だと15発はいるはずなのに……。
ゲームの感覚で油断していると、今のような弾切れを気付けないことがある。
気をつけないと。狼に攻撃された時に弾が空でした、なんて笑えない。
僕は用心のために予備のマガジンをもう1つ生み出し、ポケットの中に突っ込んだ。
と、その時である。
僕の耳が、ある音を拾った。
「――っ ――――っ」
全身に鳥肌がたった。
人の声だ!
人と思しき声と物音が、木々に反響して耳にまで届いてきた。
どっちの方向かわかる。
僕は無意識に駆け出した。
苔に足を滑らせ転倒するも、かまわず走り続ける。
声のするほうへと進むにつれて、木の密集度が薄くなり、徐々に視界が開けてくる。
空からは、光がところどころ差し込んできている。
肌に張り付くような湿度が徐々に薄まり、空気の質が変わっていく。
いやがうえにも、期待が高まっていく。
やっとだ。やっと人の居るところに出られる!
やっとこのプレッシャーから開放される!
僕は助かるんだ!
歓喜が体を駆け巡る。
興奮が疲れた足の筋肉に活を入れる。
僕は無我夢中で突き進んだ。
襲い来る狼に威嚇射撃をしつつ、前へ、前へ!
長い森のトンネルを抜け。
そしてついに、
「道だ!!!!!」
一気に視界が開け、大きな道へと飛び出した。
そこは、森と谷に挟まれた、道幅4車線ほどある街道だった。砂利と土だらけだが、あきらかに人の手によって整地されたものだ!
僕は、やっと人のいる場所にこれたのだ。
声もなく天を仰ぐ。
空が青い。乾いた風が髪を撫でる。
「たすかった、たすかったんだ……」
その開放感たるや凄まじく、おもわず涙が流れそうになった。
森を振り返ってみても、狼の気配は無い。
助かったんだ。
これで、僕は助かったんだ。
異世界という言葉も忘れ、僕は、安堵の空気に酔いしれていた。
だが。
その喜びも長くは続かなかった。




