1-25 買取カウンターのバッカス
いますぐホテルに戻って着替えたかったが、先に換金を終わらせることにした。
「おっ、らっしゃい」
すし屋の大将みたいに迎えてくれたのは、先日お世話になったヒゲの職員さんだった。
たしか先日『ヒゲに放火』的なことを言ったのだが、そのことで怒っている素振りは無く、ごく普通に迎えてくれた。
名前はバッカスさん。
見た目は中年なんだけど、なんというか、年齢とともに出てくる落ち着きがまったく感じられない人だった。髪はぼさぼさ、シャツもヨレヨレ。ヒゲも剃るのが面倒だから伸ばしているのだろう。
だらしない性格が表に出ている、そんなオジさんだった。
「じゃあお願いします」
「あいよ」
短い言葉を交わし、身分証カードを提示する。
ここを利用する場合、こうして冒険者であることを証明しなければならない。
確認はものの数秒で完了。
「はいOKっと。ところで今日は相棒と一緒じゃないのか?」
「いいえ一人ですけど。……相棒って誰のことですか?」
「リュッカだよ、お前さんの大事な」
「大事?」
「とぼけんなって。一昨日もイチャイチャしてたじゃねえかよ」
バッカスさんは茶化すように言う。
イチャイチャという言葉が出た瞬間、腕に鳥肌がたった。
何を勘違いしてるんだこの頓珍漢中年は。
っていうか、もしかして、
「もしかしてステラさんに『いいコンビに見える』とか吹き込んだのは――」
「もちろん俺だが?」
刹那、僕の表情筋が吊り上った。
「なんでそんな事言ったんですか!」
「オイオイ、何をそんな急に怒って――あっ、さては」
バッカスさんは何かに気付いたように、意地悪そうな表情を浮かべる。
「なんですか」
「さてはお前、ステラ狙いだな」
「んなっ!?」
「おっ図星か。にしても、また難儀な女に惚れたもんだなぁ」
「ちがっ」
「でもわかる、わかるぜーその気持ち。ガードが固いで有名なエルフ種の上玉、しかもハイソなお姉さま。っかー! 男のロマンだねぇ」
「だから、僕の話を」
「でも悪い事しちまったな。よしじゃあ詫びに、ステラの尻と乳のサイズ教えてやる。具体的な数字があるほうが『ナニ』が捗るだろ?」
――殺。
反射的にベレッタを召喚しかけた右手を、なんとか理性で堪えた。
もう付き合ってられない。
何が悲しくて、こんな中年の下衆い話に付き合わないといけないんだ。
僕は力を込めて、カウンターの上にラビットクローの耳の山をドンッと置いた。
衝撃で受け取り口を仕切っている分厚いガラスがビリビリと揺れる。
そして話を遮るように声を張った。
「買取を!」
「オイなんだよ、せっかくいい所だってのに。もうちょい付き合えよ」
「買取を!」
「お前だって本当は知りたいんだろ? あのぴっしりしたスーツの下に、どんな大きさの果肉が詰まって」
「……ここで見聞したこと全部ステラさんに喋りますよ」
「買取はこれで全部だな」
ステラさんの名を出した途端、バッカスさんは荷物を受け取り、奥へと引っ込んだ。
このヒゲ野郎。
今後、からかわれそうになったらステラさんの名前を出そうと、心の中でメモした。
ラビットクローの買い取り価格は、状態の良い物で2000ルーヴ。今回はかなり状態がよかったらしく、全部2000ルーヴで買い取ってもらえた。
計84000ルーヴ。消費した魔法薬(一万ルーブ)をその場で補充したので、最終的に74000ルーブとなった。
過去最高額だ。
しかし明日も同じ事をやるつもりはない。
成長できるかも、という期待があったからできた荒行であって、こんなマラソンじみた狩猟を毎日するもんじゃない。
長時間の狩猟は危険なのだ。
と言うのも、時間がたつにつれて集中力が保たなくなり、注意が散漫になってくる。結果、事故を起こしやすくなるのだ。実際、ヒヤッとした場面が何度かあった。
できれば安い動物を大量に狩るよりも、多少危険でも買い取り額の高い動物を狩った方が、安全で効率的なんだけどなぁ。
「お前さん、こんなにまとめて狩れるくらいの腕があるんなら、もっと価値のあるモンスターを狙ったほうがいいんじゃないのか?」
そしてバッカスさんも、僕と同意見だったみたいだ。
僕は近場でハンティングできるモンスターの中で、『北の森にいる岩イノシシ』というモンスターについて教えてもらうことにした。
もちろんタダじゃない。情報料は4000ルーヴ。
お金を払った以上、僕は遠慮なく、徹底的に質問を繰り返した。
そしてその生態や注意点、解体手順といったものをメモ帳に書き込んでいく。もうラビットクローの二の舞はごめんだ。
メモ帳が6ページほど真っ黒になったあたりで、ようやく満足できた僕は、質問攻めでグッタリしたバッカスさんを放置してギルドを出た。
からかわれた仕返しができて、ちょっと胸がスッとした。
岩イノシシ。
一頭8000ルーヴが、明日の獲物だ。




