1-15 ステラの困惑
今日も書類に埋もれるような一日だった。
私ことステラ・ウィリアムスは、カウンターのデスクから顔を上げ、目頭を揉んだ。
ハーピー討伐の追加報酬のための必要書類を作成し、町議会に報告。
管轄するエリアで冒険者が起こしたトラブルの報告書。
ギルドで取り扱っている品物の抜き打ち衛生チェックの報告書。
書類、書類、書類。インクの匂いで鼻がおかしくなりそう。
だがそんな多忙の中で、ほんのすこしだけ心安らぐ時間があった。
(あの子、どうしてるかしら)
思わずフフッと笑みがこぼれた。
厳しい現実を突きつけられ、とぼとぼとギルドを後にした、あの子。
言動や身なりから察するに、どこか裕福な家の子供なのだろう。
子供と言う年齢でもないのだろうが、結果を聞いて半べそをかいていたあの時の、あのあまりにも可愛い顔を見てしまっては、子供と呼ばずにはいられなかった。
珍しい黒髪の、チャーミングな少年。
たしか名は、オガミ・シンゴ。
(でも魔力13って、どうなのかしらね)
疑問に思いつつ、冷めた紅茶で舌を湿らせる。
少年が帰ったあと、私はもう一度検査結果を洗いなおした。
検査官には申し訳ないが、私は彼の結果にどうしても納得できなかった。
私の観察眼は、間違いなくあの少年には平均以上の力があると見ていた。
根拠もある。
少年の、あの瞳だ。
あれは並みの人間が持っていい瞳ではない。
自分の死を潔く受け入れ、また、相手の死に誇りで以って相対する。
そんな誇り高い狼の眼だ。
私の里でも限られた戦士だけが、あの目をしていた。
なんでそんな恐ろしい物を、あんな愛らしい少年が持っているのかはわからない。
だが、並々ならぬポテンシャルを持っているのはたしかだ。
一通り訓練を終わらせれば、すぐに実戦に移れるレベルだと確信していた。
しかし結果は、惨憺たる物だった。
すべての数字が平均以下。魔力も低いが、体力も低い。
普段から歩くことをしない人間でなければ、これほど足腰が弱いはずが無い。
やはりどこかの裕福な家庭で、花よ蝶よと愛でられ、いよいよ親離れということでココに社会勉強に来たのか。
しかしこうして明確な結果が出てもなお、私の観察眼は、少年を只者ではないと信じてやまない。
自分の目をすこし疑いたくなった。その時だった。
バァァァアアアアン!
落雷のような音がフロア全体にとどろき、私の思案を断ち切った。
そこには見知った冒険者。リュッカだ。
内心でため息をこぼす。
また何か壊したのか。きっとそうだ。あの子が来ると必ず何かが壊れる。
せめて壊れたものが物でありますようにと願いを込めつつ、立ち上がったりかけた私は、リュッカに続くもうひとつの存在に気づいた。面食らう。
それは件の少年だったのだ。
「あっ、ちょっと、君!」
声をかけようとするも間に合わず、オガミ少年はリュッカの後を追うようにして外へと出てしまった。
ど、どどどどういうこと!?
どうして少年が、あの、あのリュッカと一緒に!?
居ても立ってもいられなくなった私は、大慌てで彼らが来た道をたどり、そこにいる買取担当官に話しかけた。
すると彼は、陽気な声で笑い出した。
「おしかったなステラ。来るのがもうちょい早けりゃ面白いものが見れたのになぁ」
面白いもの?
私は怪訝な顔をしつつも、話の先を促した。
「何とあのリュッカに可愛い弟分ができたんだよ。んで仲良く換金に来たってわけだ」
「なっ!?」
おもわず我が耳を疑った。
「笑い事ではありません! あのリュッカと普通の子が一緒にいて無事なはずが」
「いやそれがよー、なーんか馬が合うみてえでな、さっきも仲良く喧嘩してたんだよ。あっはっはっは、いやー珍しいもん見ちまった。あのリュッカが物ぶっ壊さねぇで人と口ゲンカしてるなんてよ」
「……」
私は絶句するほかなかった。
あのリュッカが?
ギルドの受付カウンターは大規模な修繕工事を終えたばかり。
もちろん壊したのはリュッカだ。直接壊したのではない。相手を殴り飛ばして机や壁を破壊したのだ。事の発端は、口の悪い冒険者たちがリュッカをかるく挑発した。火種はそれだけ。しかしその結果、山火事のような大惨事を巻き起こすこととなった。
12人の冒険者が医療施設に送られた。
殴られた重装備の冒険者が壁を突き破り、50m先の用水路まで飛ばされたのは、この町の者なら誰もが知っている話だ。
……そのリュッカが、仲良く口喧嘩?
にわかには信じられない話だ。
買取カウンターには、ラビットクローの耳がある。彼らが換金した現物だろう。
まさかね、と思いつつ、私は同僚に尋ねた。
「もしかしてこれ全部、さっきの少年が?」
「あっはっはっ、んなわきゃねぇだろう。ラビットクローだぜ?」
言いたいことはわかる。
ラビットクローを、あんな防具も無い体で倒せるわけが無い。
まして手ぶらの子供が。
「おおかたリュッカがご自慢の腕力で――いや、待てよ」
同僚は言葉を途中で止め、思案顔を作った。
「どうしたのですか?」
「たしかあのボウズ、『僕が仕留めた獲物を台無しに――』とか言ってたような……」
私は二度、耳を疑った。
言い得ぬ予感が、胸の中を駆け回る。
誰かが「ほらみなさい」と笑ったような気がした。




