婚約
「殿下は……元はまともな方だったのですね」
殿下の姿が見えなくなった頃、ふとランス様がつぶやいた。
その言葉に、私はこれまでの殿下を振り返る。
傲慢な振る舞いをするようになったのは、確かに、マリアに出会ってからだった。
それを私は乙女ゲームの仕様なのだとしか思っていなかった。
けれどもしかしたら、魅了や闇属性の魔法にかけられたことで、いつまでも心を開かない婚約者に、ヤキモキし続けた思いが表に出てしまっていた可能性もある。
そんなことを考えると殿下に対する申し訳なさが募り、俯いてしまう。
すると、そんな私を心配して側で様子を伺うランス様に、お父様が告げた。
「殿下は……ロベリアが初めて王宮に上がった際に、一目惚れをされたそうなのですよ。それでどうしてもとせがまれ、嫌がるロベリアを無理やり婚約させたのです」
「そんな経緯があったのですね……」
複雑そうなランス様の声が聞こえる。
私も知らなかった事実に思わず顔を上げて、お父様を見た。
「お父様、そんなお話今初めて伺いましたわ……」
「お前はずっと嫌がり続けていたからな。それに、いくら魅了にかかっていたとはいえ、あれだけのことをしでかしてくれたのだ。さすがにもう一度お前と婚約したいなど……許すはずがないだろう」
「……え!? そんなお話が出ていたのですか!?」
「あ、ああ」
驚いているのはなぜか私だけで、お父様だけでなく、ランス様も知っていたかのような反応をしている。
「え……ランス様もご存じだったのですか?」
「はい。実は侯爵から昨日お手紙をいただいておりました。ただ、断ったと伺っていたので、まさか今日ここに殿下がいらっしゃるとは思いもせず……」
ランス様の言葉に、お父様が申し訳なさそうに経緯を説明する。
「お帰りいただくようお願いしたのですが、婚約の話ではなく、ただ、きちんと直接謝罪をしたいということで、お通ししたのです」
「なるほど……」
(謝罪をしたい……本当にそれだけだったのかしら?)
殿下の言葉が、頭をよぎる。
――『ハーティス公爵は、君を救ってくれそうか?』
彼は私を救おうと、私を心配して、婚約を断られても様子を見に来てくださったのだ。
私は殿下に全く心を開かなかったのに……。
そのことを思い、俯いていると、ランス様が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「殿下から再び婚約の話が出ていると伺ったときは、正直、はらわたが煮えくり返りましたが……先ほどの殿下の様子を見るに、殿下なりにロベリアのことを想われてはいたのですね……」
「ええ……」
「ですが! 殿下がロベリアを傷つけたことも事実です! それに、私はロベリアを誰にも渡す気はありません! これから私と一緒にもっともっと幸せになるのですから!!」
そうランス様が意気込むと、入り口の方から楽しそうな声が聞こえてきた。
「クマ~クマ~~」
「グマグマ~!」
リアとルドがほんのり光った状態で、こちらに向かってふわふわと近づいてくる。
二匹を見たランス様は私に微笑むと、さらに付け加えた。
「ロベリアが生み出す可愛いものたちを一緒に愛でて、楽しく幸せに暮らしましょう!」
(この方はもう、本当に、私をよくわかっているんだから……)
「……ふふふ。そうですね、ランス様!」
私たちのやり取りの隣で、このゆる~い二匹の空気にお父様の口があんぐりと開いたまま固まっている。
「あ、お父様にご紹介しようと思っていたのです。これがお伝えしていた、聖霊のリアとルドです! 可愛いでしょう?」
「…………手紙では聞いていたが、これが光属性の……?」
「はい。どうも私、光属性の魔法が使えたみたいで……」
「子供の頃から鑑定や魔力関連のものを拒んでいたのは、てっきり魔力がないからだと思っていたが、まさかこんなことだったとは……」
「申し訳ありません……」
「まあ光属性と闇属性は特殊な属性だから、仕方あるまい。それにしても……なんとも緩いな。締まりがない。それにどこかで見たことがあるような気が……」
お父様の言葉に思わず吹き出しそうになる。
(ゆるキャラだなんて知らないはずなのに、お父様の感覚が意外と鋭いわ!)
「そこが良いのです!! 私はこの二匹にとても癒されております」
なぜかここでランス様がお父様に力説する。
「ハーティス公の好みは変わっておられるのですね。まさかロベリアと一緒とは……ふははは。それなら、娘はこれからも楽しくやっていけそうですな」
「お父様……」
お父様の優しい笑い声が響く。
子どもっぽいとぬいぐるみを禁止していたくせに、と少し思ってしまったけれど。
もしかしたら将来王妃になることを見越して禁止して、そのことを気にしていたのかもしれない。
その時、ランス様がゆっくりと立ち上がり、徐にお父様の前で止まると、頭を下げた。
「アラベスク侯爵、私がロベリア嬢を必ず幸せにいたします!」
「ふつつかな娘ですが、末永くよろしくお願いいたします」
お父様は少し驚きながらも丁寧に頭を下げる。
頭を上げた二人はとても穏やかに微笑んだ。
その後、正式な書面を交わし、婚約は無事に成立した。




