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◇解決、そして……

「あの、ノエル辺境伯。マリアは、ケルビン男爵令嬢はどうなりましたか?」


「男爵令嬢でしたら、そちらに……」


 ゆっくりとランズベルト様に支えながら立ち上がり、辺境伯の視線の先を見る。

 するとそこには、白い光に包まれ白雪姫のように美しい状態で横たわるマリアの姿があった。


「し、死んで――」


「ないですよ。聖魔法の封印がかかっています。あなたがかけたのですよ、アラベスク嬢」


 驚く私の言葉に重ねるように否定した辺境伯が、封印について目を輝かせる。


「この封印は伝説級のものです! 私も書物でしか見たことがありません! あれだけの浄化を施した上に、このような封印まで!!」


「で、伝説級!?」


「ええ。ここまで高位な聖魔法が使えるなんて……アラベスク嬢、あなたは聖女として崇められるべき存在です!!」


 息を荒らげぐいぐい迫る辺境伯を、ギリギリのところでランズベルト様が止めてくださる。


「ちょっと辺境伯! 近づきすぎです! 離れてください!!」


「おや、これは失礼しました。思わず熱くなってしまいました。とにかく、アラベスク嬢はそれだけ貴重な存在なのです。それは認識しておいてくださいね」


「は、はい……」


(ん……? ちょっと待って! 聖女? 今聖女って言った!? この乙女ゲームに聖女なんて出てこないはず……というか、ヒロインも聖女にはならなかったんじゃ……一体どういうこと!?)


 あまりの事態に頭がついていかない。

 そのままふらふらとマリアの元へ行き、彼女が光の中で気持ちよさそうに眠っているのを確認する。

 マリアからは闇属性の力を感じない。

 これが私の力……?

 信じられず、思わず振り返り辺境伯を見た。


「これを私が!? 本当に……?」


「あなたの力です。まあ今日は力を使い果たしてお疲れでしょう。後のことは私がやっておきますので、お二人は帰ってゆっくり休まれてください。また詳しくは後日、ということで」


 そう言って辺境伯は微笑み、クレリオ様を引きずりながら、騎士たちの元へ向かっていった。

 意識のない状態で引きずられ、ボロボロになっているクレリオ様を少し不憫に思ってしまった。





「では、行きましょうか。ひとまず、公爵邸に戻って休みましょう」


 「そうですね」と返事をしかけて、ふと私が公爵邸でお世話になっている理由を思い出す。


(そうだわ。もうハーティス公爵家で匿っていただく必要がなくなったのね……)


 すると、そんな私の心を見透かしたように、ランズベルト様がもう一つの提案を追加する。


「……それともアラベスク侯爵家に戻られますか?」


 ランズベルト様の表情はとても切なげで、捨てられた仔犬のように見えてしまう。

 その表情に期待してしまい、胸がざわつく。


「あ、いえ。ルイーゼ様にも直接ご報告したいですし、お礼もしたいので、一旦公爵邸へ戻ります」


「……一旦」


「え?」


「あ、いえ、すみません。では、公爵邸へ戻りましょう」


 そう言うと、ランズベルト様は徐に私を抱き上げた。


「え!? ちょ、ら、ランズベルト様!?」


「魔力枯渇したばかりでふらふらなんですから、おとなしく抱き上げられてください」


「あ、いえ、そんな、私……」


「お願いですから、これくらいはさせてください」


 真剣に、けれど切なげに告げられた言葉に何も言えず、そのまま馬車まで運ばれる。

 王宮から用意された馬車は、今まで乗ったどの馬車よりも大きく豪奢なものだった。

 ヘルマンたちは辺境領から戻っているところらしく、ランズベルト様と二人きり。

 さっきのことが頭を過る。

 ドキドキと早鐘を打つ心を必死に沈めながら公爵邸へと馬車は出発した。





 公爵邸へ向かう馬車の中。

 向かい合って座るランズベルト様の様子がなんだかおかしい。

 落ち着きがないというか、ソワソワしているというか、何か話そうとしては躊躇うという動作を繰り返している。


(さっきの話の続きかしら? それともこれからのこととか……理由もなくずっと公爵邸にいる訳にはいかないし、どう切り出そうか悩んでらっしゃるのかもしれないわね)


 そわそわする気持ちを抑えつつ、ランズベルト様が話し出すまで待つことにして、隣のカゴの中でぐっすり眠っているリアとルドを覗き込む。

 自分のことで頭がいっぱいになってしまっていた私に代わり、ランズベルト様が二匹を運ぶよう伝えておいてくれたらしい。

 二匹の寝顔を見つめてから、カーテンの隙間の外の景色を眺める。

 王宮の門を出たばかりで、王宮と同じ白い建物と石畳が続いている。

 王宮から真っ直ぐ伸びる大通りに入ると、馬車の揺れが少しおさまった。

 そのタイミングで、ランズベルト様がなぜか急に私の足元に片膝をつく形で跪いた。


「ランズベルト様!?」


「ロベリア嬢。このようなところでどうかと思ったのですが、二人きりでお話ができるのはここを逃すと次いつあるかわかりませんので……」


「はい……」


「まだあなたと出会って間もないですが、共に過ごした日々がとても楽しく、あなたが居てくれるだけで心が満たされている自分に気づきました」


 真っ直ぐに見つめるランズベルト様のエメラルドの瞳が揺れる。


「あなたには、情けないところばかり見せてしまって、力不足でまだまだ頼りないかもしれませんが、これからも私にあなたを守らせてもらえませんか? あなたのそばにいたい」


「……え?」


 私は今何を言われたの……?

 驚きのあまり、目を見開いたままランズベルト様を見つめる。

 ランズベルト様は、そっと私の手を取ると、さらに言葉を続けた。


「私と……結婚してください」


「!?」


 その瞬間、私の中で何かが弾けたように、胸いっぱいに温かな気持ちが溢れ出す。

 どうしよう……言葉が出てこない。

 途端にゆるむ頬や口元を握られていない反対の手で覆う。

 だけど、嬉しい反面、私の中には一抹な不安が過る。

 私はランズベルト様の隣にいて良い人間じゃない……。

 そう思った途端、だんだん頭が落ち着いていく。


「ランズベルト様……私は婚約破棄された女です。そんな私はランズベルト様に相応しく――」


「そんなこと全く関係ない!」


 慌てたように手に力を込め、私の言葉を遮ると、ランズベルト様はさらに懇願する。


「あなた以外考えられないのです! どうか……!」


 それはあまりにも切なげで必死で、そんなに私を求めてくださることが嬉しくて……。

 思わず胸がキュッと締め付けられる。

 溢れ出す思いで瞳に涙を浮かべながら、私は必死にコクコクと頷いた。


「ああ、ロベリア!」


 勢いよく立ち上がったランズベルト様は、掴んでいた私の手を引いて、体ごと引き寄せると、そのまま膝に抱えるようにして座り直した。

 一瞬の出来事に、驚きで目をぱちぱちさせてしまう。


(え? 今何が起きたの……? って、ちょっと!? 私、ランズベルト様のお膝の上に座ってる!?)


 その状態でさらにランズベルト様は私をギュッと抱きしめる。


「やっと私のものだ……」


 甘い言葉を耳元で囁かれ、こめかみに口付けを落とされる。

 真っ赤になりながらあわあわしていると、その様子を「可愛い」と嬉しそうに眺められ、さらに頬や手に口付けを落とされる。


(甘い……ランズベルト様が甘すぎる……!)


 嬉しさと恥ずかしさで大パニックを起こす頭を懸命に律していると、馬車はようやく公爵邸に到着した。

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