◇心配性
それから十分ほどして、ようやく転移門の準備が整った。
まずは左右にある魔法石の結晶に光属性の魔力を注ぐ。
私とノルン辺境伯は、左右に分かれて魔法石に触れる。
私が右側、辺境伯が左側だ。
左側の魔法石には、魔力貯蓄のための装置も付いているので、供給時に調整する必要があるらしい。
右側の魔法石に移動しようと振り返ると、ランズベルト様に呼び止められた。
「ロベリア嬢、何かあればすぐに言ってください。魔法石から手を離して倒れ込んだとしても、必ず私が受け止めますから」
真剣な表情で見つめられた状態で手を握られ、思わず一瞬思考が停止する。
頬が火照って仕方ない。
「は、はい。ありがとうございます」
(勘違いしちゃいそう……私は単なる居候で同志なのに……)
返事をして見つめ合っていると、辺境伯の声が聞こえて、慌てて持ち場の魔法石についた。
「では、私が先に手をついて、魔力を流しますので、アラベスク嬢は私の合図の後、魔法石に手をつけてください。そうすることで、私の供給の流れと同じ流れで供給が開始されます」
「わかりました」
私の返事を聞いた辺境伯は、それからすぐに魔法石に手をついて、目を瞑りながら小さく呪文らしき言葉を唱えた。
その途端、彼の体が白い柔らかな光に包まれ、神々しく輝きだす。
突然のファンタジーな出来事に、私の心が浮き足立つ。
(先日のマリアの魔法はもちろん、ランズベルト様やリアの魔法も、自分が窮地に陥っていたからワクワクなんてできなかったけれど、これを見ると、転生したんだって物凄く実感できるわ……!)
「さあ、今です! 手をついてください!」
「はい!」
目を瞑りながら大きな声でそう言われ、私は魔法石に手をついた。
すると、辺境伯同様、私の体が白い光に包まれ、それと同時に体の中から何かがズワッと持っていかれる感覚に見舞われる。
(これが魔力を引き出される感覚……!)
初めての感覚に驚きつつも、特に気持ち悪さなどは感じない。むしろ、少しスッキリしたくらいに感じた。
それから数分もしないうちに、辺境伯から手を放す合図を受け、そっと手を放した。
予想以上の速さに、なんだか呆気に取られてしまう。
(中堅の魔術師が丸一日かかるというのは一体……もしかして私ってば規格外!? チートだったりするのかしら?)
そんなことを思いながら、後ろで心配そうに見ているランズベルト様に大丈夫だと微笑み、彼とともに転移門の正面に回る。
魔力が満ちた影響か、先程まで先が見通せていた門の中央には、見え方によって虹色に光る膜のようなものができていて、その先は見えなくなっていた。
「こんなふうになるのね……これが私の魔力でできてるなんて、不思議……」
じっと転移門を眺めていると興奮した様子の辺境伯が反対側から姿を見せる。
「やはり光属性の魔法だけで作ると綺麗ですね~! それより! アラベスク嬢!! 思った通り、いえ、それ以上の魔力量でした! 全てが片付いたら、是非一度魔塔へ魔力測定にいらしてくださいね! ね!!」
ノルン辺境伯の圧が強い……。
「え……は、はい……」
それだけ光属性が貴重だということなんだろうけど、マリアの件が片付いたところで自身が悪役令嬢にならないとは限らない。
闇属性に反転して破滅の道に進む可能性がほんの少しでもあるなら、また魔法からは距離を置いていたいけど、チートなら難しいのかもしれない。
返事を取り消そうと辺境伯を見ると、すっかりテンションを元に戻した彼がにこやかに問いかけてきた。
「では、早速向かいましょうか。……あ、それとも少し休まれますか? 必要があれば、ですが」
気遣いの取って付けた感がすごい。
とはいえ、確かに私もノルン辺境伯も、ピンピンしている。
「いえ、大丈夫です。このまま向かいましょう」
あっけらかんとそう答える私に、ランズベルト様の声が飛んできた。
「いやいやいやいや! ロベリア嬢!? 昨日の今日ですし、あまりご無理はなさらないほうが良いのでは……!?」
とても心配そうに私を見るランズベルト様。
けれど、私はというと、魔力供給をしてスッキリしたせいか、昨夜よく眠ったおかげか、とても調子が良い。
今なら何でもできそうな気さえする。
「大丈夫です。無理はしていませんし、むしろ調子が良すぎるくらいです。お気遣いありがとうございます」
「まあ、確かに……顔色が先ほどより良いですが……」
マジマジと顔色を覗かれ、その顔の近さに思わず顔が赤くなる。
「ら、ランズベルト様っ……近いです……」
「血色も、反応も良さそうですね。ただ、あまりご無理はなさらず。私があなたのことを常に心配しているということを忘れないでくださいね」
「!?」
そう言って、頬に手をあてられ、驚きと戸惑いで心臓が跳ねる。
(ちょ、ええ!? もうほんとに、ランズベルト様にあの日いったい何があったの!?)
動揺する私を嬉しそうに見つめるランズベルト様に、余計にドキドキが止まらなくなってしまう。
そんな私たちをノルン辺境伯は、微笑ましそうに生温かい目で見てから、咳払いした。
「おほん。それでは、参りましょうか」
ノルン辺境伯の声掛けで、ようやく我に返った私は、転移門へと足を踏み入れたのだった。




