魔力量
転移門の部屋は、部屋というにはおかしすぎるほど、全くの異空間だった。
扉を開けた先には、石造りで天井の高い、神殿ような空間が広がっていて、思わず開いてしまった口を手で押さえる。
(うわぁ……! これ、屋敷の中なの!? どうなってるのかしら??)
部屋の広さと異様さに圧倒されながらもテンションを上げて辺りを見渡していると、隣から「ふふっ」という笑い声が聞こえた。
横を見るとじっとこちらを見つめていたらしきランズベルト様と目が合う。
「楽しそうですね」
至近距離の笑顔にやられて、思わず顔を火照らせる。
そんな私たちを見て微笑ましそうにするノルン辺境伯に促され、部屋の中を進んだ。
「こちらが転移門です」
部屋の奥には重厚な石の門が聳え立っていた。
起動していない門は、門構えがあるだけで、門の先には部屋の壁が見えている。
高さは私の身長の何倍もある。
(十メートル位あるんじゃないかしら?)
こんなものが邸の中にあるなんて、辺境伯邸が巨大な城である理由がわかった気がした。
「では、早速魔力充填を行いましょう。アラベスク嬢、よろしくお願いいたします」
「はい。あの、ちなみになのですが、どれくらいの魔力が必要なのでしょうか?」
肝心なことを聞き忘れていたことに今更気づく。
「そうですね……通常の属性であれば、魔術師団の中堅が丸一日注ぎ続けてようやく、というところですが、光属性でしたら、その半分、今回はそのさらに半分というところでしょうか」
(え……? ええ!? 想像していた量より遥かに多い気がするのは私だけ??)
予想に反する発言に、一瞬躊躇う私の表情をランズベルト様は見逃さなかった。
「中堅の魔術師が丸一日注ぎ続けてようやくって……そんなことをご令嬢に課すなど、正気ですか!?」
「はい。ですが、私と共に魔力供給する形になりますから、そんなに時間は要しませんし、すぐ済むので、大丈夫ですよ」
責めるように告げたランズベルト様に、ノルン辺境伯はニッコリと、とっても良い笑顔で答えた。
(いや、そこじゃない!)
ツッコミを入れたいけれど、あまりにも気にしていない様子に、どう告げれば良いか悩んでしまう。
ランズベルト様はというと、不服そうに辺境伯をじっと見ている。
すると、辺境伯は私たちの反応に不思議そうに首を傾げた。
「あの……もしかして、アラベスク嬢はご自身の魔力量を把握していらっしゃらないのでしょうか?」
確かに私は今まで死亡ルートに至らないため、魔法をできる限り使わずに来たので、魔力測定などは避けてきた。
そのため、詳しい魔力量などは把握していない。
「ええ。今まで必要がなかったので、把握していないです」
私の答えに納得した辺境伯は、頷きながら私の肩に乗っている二匹の聖霊を見た。
「その二匹の聖霊を一日維持する魔力量は、この門を動かす魔力量に匹敵します。それを無意識に行っているのを見ると、魔力量自体は私と同等、もしくは私よりも多い可能性が高いです」
「え……!? あの、リアとルドには稼働するための魔力を注いでいるのですが……それ以外に維持する魔力が必要ということですか?」
「ええ。容器に魔力を入れて、その容器を魔力で動かしている状態ですから。聖霊が魔法を使う時は、容器の中の魔力を使う形になります」
「な、なるほど……」
(この子たち、思った以上に魔力が必要な子たちだったのね……)
そして、そんなものを常に二体も稼働させていたなんて……しかも無意識に。
さらに私は二体になってから、ルドに魔力を注ぎ続けていた。
そう考えてみると、転移門の魔力なんてちっぽけな量に思えてきてしまう。
「そもそも魔力量がかなり必要なので、光属性の方でも聖霊を使役している人は稀なのです。……さらに! 私と同じように複数使役している方にお会いしたのは初めてなのですよ!」
「は、はあ……」
「しかも、アラベスク嬢の聖霊は喋るのですよ!? それがいかに凄いことか!!」
「あ、そんなに珍しいことなんですね……」
「念話をする聖霊は聞いたことがありますが、声が皆に聞こえる聖霊など、前例がないのです。まあ、その懐いている様子を見るに、アラベスク嬢の愛情なのかもしれませんね」
「はあ……」
何やら変なスイッチが入ってしまったようで、辺境伯は大きくテンションを上げて力説する。
そのテンションに圧倒されタジタジになった私をよそに、彼はウキウキと転移門への魔力供給準備に向かっていった。
やはりクレリオ様の研究好きはきっと父親譲りなのだろう。
辺境伯が楽しそうに準備を進める横で、私はゲームの設定を思い返す。
ゲームには、このノルン辺境伯はもちろん、光属性の人間が聖霊を使役する設定などなかったからだ。
(確かヒロインは光属性だったはずだけど、聖霊なんて使役していなかったわ。もしかして……ヒロインの魔力量が少なかったから? それとも私がやってないルートだといたりするのかな……?)
先日、マリアと対峙した際、彼女は私の聖霊に押し負けていた。
つまりは、私よりも魔力量が少ない可能性が高い。
(あれ……? もしかして、クレリオ様さえなんとかなれば、意外とマリアを止めるのは難しくないのかしら??)
そんな期待に思わず顔が綻ぶ。
不意に出てしまったその表情に、転移門をじっくり見ていたはずのランズベルト様が反応する。
「何か良いことでも思いつきましたか?」
見られていたとは思いもせず、あたふたする私に、ランズベルト様は微笑みかける。
「このまま王宮に向かって、マリア様を止められる気がしてきました」
「それは……! 頼もしいですね」
「ノルン辺境伯にクレリオ様を抑えていただければ、の話ですが……あれだけお怒りであれば、問題ないかなと」
思わず楽しそうに準備をするノルン辺境伯に視線を向ける。
「大丈夫だと思いますよ。なにせ『美笑の悪魔』様ですから」
「ですね……!」
私たちの視線に気づいた辺境伯が不思議そうにこちらを見た。
催促されていると勘違いしたのか、彼は「すぐ整えます!」と焦っている。
その様子に私とランズベルト様は思わず笑ってしまったのだった。




