◇夢と現実
(なんだかふかふかで気持ちが良い……)
「……ん?」
目が覚めると、なぜかとても大きなベッドに寝かされていた。
まだ窓のカーテンが閉まっているのか、部屋の中は薄暗い。
「私……あのまま眠ってしまったのかしら……?」
慌てて起き上がって辺りを見渡すと、ベッドの脇にほんのり灯りが見える。
手を伸ばすと、そこにはリアとルドの眠るカゴがあった。
二匹ともまだスヤスヤと寝息を立てて眠っている。
光属性の力を宿している関係か、蓄光のように二匹がほんのりと光を持っているみたい。
「……今は一体何時頃なのかしら?」
二匹の灯りを頼りに、ベッド近くのランプに手を伸ばす。
ランプの下に付いている魔石に手をかざすと、ポゥっと灯りがともった。
それと同じタイミングで扉をノックする音が響いて、思わず体がビクッとなる。
「ひゃいっ……」
返事をするとジョアンナが入ってきた。
「そろそろ起きられる頃かと思いまして」
(一体どんなセンサー持ってるの……!? もしかしてこの魔石に何かあったりする??)
不思議に思って魔石を眺めていたら、ジョアンナが不敵な笑みを浮かべながら部屋の灯りを灯すのが見えた。
その途端、一気に部屋が明るくなる。
「ロベリア様、軽くお食事をお持ちしましょうか?」
グゥ~~。
タイミングよくお腹の音が鳴ってしまい、恥ずかしさに俯きながら頷いた。
「お食事を済まされましたら、すぐに出発の準備を整えるよう、ランス様より申しつかっております」
「もうそんな時間なのね。わかったわ」
どうやらかなりの時間眠ってしまっていたらしい。
ジョアンナはテキパキと私の着替えを済ませ、部屋を整えてから、食事を運んでくる。
開けられたカーテンの向こうはまだ薄暗い。
外の様子を気にする私に、ジョアンナは陽が昇る前に出発する予定だと告げ、準備に取り掛かった。
食後のお茶を飲みながら、ふと考える。
(昨日は私、晩餐の前眠ってしまったけれど、さっき起きた時はネグリジェだった。着替えはジョアンナだろうけど、私を運んだのは一体……? それに私、夢の中でランズベルト様に抱きかかえられて、気持ち良くてついすり寄ってしまって……)
「ええ!? アレってもしかして……夢じゃなかったりするの!?」
急に素っ頓狂な声を上げる私に、傍で準備をしていたジョアンナが意味深な笑みを浮かべる。
どうやらやってしまったようだ……。
(ああ……! ランズベルト様にどんな顔をしてお会いすれば良いの……!?)
モヤモヤと考えていたら、扉がノックされ、当の本人が顔を見せた。
「おはようございます。よく眠れましたか? そろそろ出発しますが、大丈夫でしょうか?」
「あ、お、おはようございます。は、はい、あの、だ、大丈夫です……」
ランズベルト様の顔が直視できない。
顔を熱らせながら、たどたどしく返事をする私に、ランズベルト様はなぜか嬉しそうに微笑む。
「では、参りましょうか」
「……はい」
差し伸べられた手に、少し躊躇いがちに手を乗せると、急にその手が引き寄せられ、驚く私にランズベルト様は悪戯っぽい笑みを向ける。
そのまま腕を組む形でエスコートされ、馬車に乗り込んだ。
◇
「今日は二匹とも大人しいですね、ロベリア嬢」
「そ、そうですね……」
走り出して少しした頃、向かいに座るランズベルト様が爽やかに微笑みかける。
昨日のことがあったから私を疲れさせないようにと気を遣っているのか、リアとルドはなぜかカゴの中でおとなしくしている。
(今日に限ってどうしてなの……)
私的には二匹に気を紛らわせてもらわないと、ランズベルト様との会話がぎこちなくて居た堪れない。
そんな状態なのに、ランズベルト様は居た堪れなくてソワソワする私をじっと微笑みながら見つめてくる。
それも、まるで可愛いものを愛でる時のように、嬉しそうに。
「あの、ランズベルト様……なんだかその、視線が痛いです」
「申し訳ありません。ソワソワされているロベリア嬢があまりにも可愛らしくて、つい見惚れてしまいました」
「か、かわいい!? み、見惚れて……!?」
謝罪の言葉を述べているのに、全く悪気ない感じで微笑みながらさらっと答えるランズベルト様に、思わず声を上げてしまう。
そんな私の反応すら嬉しそうだ。
(昨日のアレが現実だとして、ランズベルト様のこの変わり様はいったいどういうことなの!? 私、擦り寄る以外にも何かしちゃったとか!?)
記憶を必死に手繰り寄せようとするけれど、擦り寄った以外に何も思い出せない。
しかも、私が頭を捻って考えている間もランズベルト様の視線は止むことがなく……。
あまりの居た堪れなさに顔を熱らせて俯く私に、ランズベルト様は吹き出した。
「ふふ。あははは。本当に可愛いですね。昨夜とはまた違っていて、思わず抱きしめてしまいそうです」
「ら、ランズベルト様!? だ、抱きしめてって、ええ!?」
慌てて顔を上げると悪戯っぽく微笑まれる。
「もう、そんな揶揄わないでくださいっ」
「いえ、揶揄ってなどいませんよ。照れる姿があまりにも可愛かったものですから。昨夜の積極的な姿も素敵でしたが、照れる姿も良いですね……」
「!? せ、積極的……!?」
「はい」
頷きながら、悪戯っぽいものではない、どこか熱を帯びた視線が向けられる。
これまでとは明らかに違うその視線に、思わず心臓が跳ねた。
その瞬間、ランズベルト様の熱を帯びたエメラルドの瞳と目が合う。
無意識に、マカロンを食べたあの夜を思い出し、先ほどまでの比ではなくアワアワしていると、目の前に可愛いものが現れた。
「クマー!」
まるで私を守ろうとするかのように立ちはだかるリア。
「ランス様、そのくらいになさいませ。そんなに急いては嫌われてしまいますよ」
珍しくジョアンナが止めに入る。
(そ、そうだったわ! ジョアンナもヘルマンも居るのに、なんてこと!!)
ジョアンナの制止に肩をすくめたランズベルト様は、「嫌われてしまっては本末転倒ですね」と言って私に謝罪した。
(それにしても、なんだったのさっきのは!? ランズベルト様はいったい何を……)
なかなか鳴り止まない鼓動をリアの背中を見ながら懸命に落ち着ける。
ランズベルト様を見ると、すっかり元の穏やかな笑顔でルドを見つめている。
そこからは、リアを守ろうと遅れて出てきたルドにランズベルト様が夢中になり、昨日と同じように時間が過ぎていった。
そして、午後の日差しが少し傾きかけた頃、ようやく辺境領に到着したのだった。




