6話 大木と蝉
「な……なんで……冒険者ギルド……へぇ?」
混乱した俺は、目の前のアレクシスに対してこんなアホなリアクションしか取れない。落ち着け。俺はごくりとつばを飲み込むと再び問いかけた。
「なんで冒険者ギルドの副ギルド長の息子がここに?」
「いちゃいけない道理はないだろ?」
「いや、まぁ……そうなんだけど……よく入れたな。だって……」
「両ギルドは仲良しこよしじゃないからな」
そう、互いに無いと困るが、お互い疎ましいと思っているのが商人ギルドと冒険者ギルドの関係だと思う。その片方の役職の息子がここに居るっていうのはどうなんだろう。
「推薦状はどうしたの?」
「冒険者ギルドのギルド長に書いて貰った。それはもうすんなり書いてくれたよ。親父と違ってな」
「へ、へぇ……でも……なんだってアレクシスはここへ?」
アレクシスは実際何年かは冒険者としてやっていけていた訳で……例えば、クランの盟主の息子だった父さんが冒険者となったように、そっち方面になるとかの方が自然だ。
「仲良しこよしで無くても交流はあるんだよ。ここにいるやつらだって何人かは知ってる。食肉や皮革とかさ、迷宮産の物品を扱う商会なんかは特にな」
「ああ……それもそうだね」
「商人はそれがどんだけの危険を冒して獲れたものか知らない。冒険者ギルドを仕切れるのはそれが分かってる人間だけだ。商人ギルドには無理だ。だけど……」
アレクシスは唇を噛んだ。先程までの軽いおちゃらけた雰囲気はなりを潜めている。
「冒険者ギルドが商人ギルドを分かっていないのも一緒さ。荒事を仕切るだけじゃ組織は成り立たない。冒険者ギルドの大半は商人ギルドは迷宮の素材にたかる蝿みたいに考えてる」
彼は机の上を水平に手のひらで撫でた。まるでそこにある余計なものを取り払うように。
「俺はそれを繋ぎたい。お互い足りないものを学んでな。ギルド長は分かってくれたよ」
俺とはまるで規模の違う決意だ。立派な……大義といってもいい。俺の動機は冒険者ギルドから情報はとれないし、とにかく新しい知識が欲しかっただけだ。その手段が商学校への進学だった。アレクシスはもっと先と大局を見ている。……こいつはリーダーの器だ。
「アレクシス……あの……」
「どうした?」
「ぼくと友達になってくれる?」
改めて、俺はアレクシスに申し入れた。打算からではなく。
「……どうして?」
「アレクシスは、信用できそうだから……ううん、違うな……君は……そう、面白そうだから」
「……そうか。ならいいぜ。お互い様だ、ルカも充分面白そうに見えるよ」
「そ、そうかな……」
アレクシスがグッと拳を突き出した。俺も手を差し出す。全然大きさの違う拳がコツン、とぶつかり合った。
「さて、今日から授業がはじまる訳ですが……皆さん。今からはじめる総合の授業は、今まで経験を積まれた重鎮のお言葉です。しっかりと耳に刻んでくださいね」
壇上でベルマー先生が生徒達に語りかける。その背後には背中の曲がった老人が座っている。今日はこのお爺さんが講師って訳ね。
「座ったままで失礼。もう足腰が弱っていてね。私はイルクナー商会の元会頭のアルバンと言う。こうしてお若い皆さんに話をする機会を持てた事を光栄に思う。我が商会は、迷宮から採れる魔石や珍しい鉱石を主に商いしておりましてな。思い返せば……」
他愛もないと言えばそうかもしれない、老人の昔話がはじまった。生徒達は一応は背筋を伸ばして聞いている。よくある講演会の光景だ。足腰が悪いとだけあって、立ち上がっての板書も無く、彼の話はなおも続く。
「……商売では、簡単に言うと三つほど心得をしておくと良い、という事ですな。一つは予想以上に上手いこといった場合、まあまあの取引ですんだ場合。それから一番大事なのは交渉事が上手く行かなかった場合……三つの中で一番大事なのは最後です」
俺は父さんから貰った紙を束ねた手製のノートにそれらを書き付ける。商会の名前や取引の品、今みたいな経験からのアドバイスを箇条書きにして。
そうしているうちにカーン、カーンと甲高い金属音――まだ馴れない授業終了の鐘が鳴る。ベルマー先生が元会頭の肩を叩くと「では、続きは翌日……」と杖をつきながら去っていった。
「ふう、長かったな……」
「その割には熱心に何か書いてたじゃないか」
トントンとノートを机でそろえる俺に、アレクシスが言った。
「あのお爺さん、話がいったりきたりだったからなぁ……一応、必要っぽい所は書き出しとかないと訳が分からなくなるからね」
「ふーん……俺もそうしようかな」
「……写すか?」
「ん?」
「昼飯一食分で」
アレクシスの頬が引き攣った。なんだよ。これくらいのノートの貸し借りは構わないって言ってんのに。こういうやりとりってあんまりやらないのかな。
「やめとく。明日から自分でやるわ」
「そう……」
なら無理強いはしない。大事だと思うところは俺とアレクシスとでは違うだろうし。一旦、ノートを鞄にしまおうとするとひょいと横から伸びた手がそれを取り上げた。
「あっ」
ノートを取ったのはそばかずの目立つ横に座っていた生徒だった。強引な朝の挨拶をした以外、話しかけもしなかったのに。
「ふうん……たいした事書いてないじゃないか」
「それでも一応、書いといたんだよ。メモは大事だぞ」
ははは、まるで新入社員へのお決まりの説教みたいだな。そいつはペラペラをノートをめくる。ああ、俺の手作りなんだからそんなぞんざいに扱わないで。ページがばらける。
「返してよ」
「……なんだよ。ほらよ」
ポン、と投げるように机にノートが返された。ああー!紐がゆるんだ。
「ちょっと! 丁寧に扱ってよ。バラバラになったらどうするんだよ」
「そんなぼろっちいのが悪いんだろ」
横の生徒は気分を害したのか舌打ちをした。それをみたアレクシスが立ち上がる。
「な、なんだ。アレクシス」
「人の物は丁寧に扱えってさ……商売以前の話だな」
「このチビの味方すんのか?」
チビはその通りなんだけど、出来ればクラスメイトには名前で呼んで貰いたい。
「チビじゃないよ、ルカだよ」
「うるさいぞくりくりチビ」
「は……?」
くりくりは髪の毛か。しかたないだろ天パなんだから。横の生徒はふん、を鼻を鳴らすと教室の外に去っていった。あーあ。へんな空気になっちゃった。あとへんなあだ名がついてしまった。固定しなきゃいいけど。
「アレクシス。ぼくは穏便にやって行きたいんだけど」
「……すまん」
「君はタダでさえデカくて目立つんだから」
「ルカと逆だな」
ぷっ、とアレクシスが吹き出した。そうだな、俺とアレクシス最年長と最年少、端からみたらどんな風に見えるんだろう。大木に蝉みたいなもんかな。今日はもう授業はないから帰れば良いんだけど、この唯一の友人との交流を深めておこう。
「お詫びに昼食おごってよ」
「まだ言ってんのか」
「帰りにクッション買いたいんだよ、ほら背が足らないから」
「ここに座るか?」
アレクシスが膝を叩く。げっ、冗談。色っぽいお姉さんの膝の上なら大歓迎だけど。とっととクッションを買いに行こう。
「固そうだから、ごめんだね。昼飯いこうよ。食堂があるんでしょ?」
「良いけど……奢らないぞ」
「冗談だよ。さ、行こう」
俺とアレクシスは連れだって食堂に向かった。食堂は一階にあり、小規模なカフェテリアの様だった。メニューの表示は無い。一種類だけってことか。皆、厨房に繋がったカウンターからそれぞれトレーに乗った肉とスープとパンを受け取っている。盛りも良くて見るからに美味そうだ。
「ふたつ下さい。いくらですか」
食堂にはメニューの表示も無ければ金額も書いていなかった。
「銀貨一枚だよ」
「えっ……」
たっっか!! うちの一泊分の料金じゃないか。ちょっとぼりすぎだろ。貰った小遣いの三分の一が吹き飛ぶ。ああ……でも目の前に綺麗に盛り付けられたトレーが用意されてしまった。しぶしぶそれを受け取って金を払い席に着く。
「思ったより高かった……」
「だな……」
アレクシスもちょっと顔が強ばっている。
「次からはぼく、家から持ってくるよ」
「俺は外の屋台でなんか買うわ」
「でも……美味しいね」
「うん、折角だ。元を取ってやろう」
なんの肉だか分からないけど、鶏っぽいソテーされた肉には赤いソースがかかっている。辛い訳では無いけれど、胡椒なんかの香辛料をたっぷり使っているみたいで、家では食べられない味だった。スープもシンプルなコンソメに見えるけれど、これも一手間かけてあるようですっきりとしながらも滋味溢れる味だ。高いだけはある。
「俺、パンお代わりしようかな。ルカは?」
「いや、さすがにそれは無理かな……」
バカ高い代わりに量も多いそれは、一人前でもうおなかがパンパンだ。アレクシスはペロリと平らげてさらにお代わりしようとしている。
俺はお代わりはとても無理だけど、残すのだけはごめんだ。皿のソースをたっぷりと肉の切れ端にからませて、口いっぱいにほおばった。
「うまっ……!」
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