55.駆ける雷光
観客席に、生徒達は座らされていた。既に障壁は張り巡らされており、生徒達を監視する為か傭兵達は武器を構えて観客席を彷徨いている。流石にある程度の実力者である生徒達も、最強の傭兵団を相手に暴れたりする気は無いようだ。皆怯えており、顔色が悪い。
エリナやリース達も観客席へと連れていかれたが、マナとクレハだけはフィールドの中心でギルバードと対峙している。生徒達を人質に取られている以上、世界最高峰の魔力を誇るマナもギルバードには逆らえない。
「いやぁ、今日は人生最大の面白さを味わえそうだ。全部あいつのおかげだぜ··········」
ふと、ギルバードが観客席に目を向けた。
「ククッ、あの化物が。ここまで恐怖を覚えたのは生まれて初めてだ。まるで当たり前のように混じってやがるとは」
「何の話をしているのかは分かりませんけど、私とクレハちゃんを使って何をするつもりですか」
「睨むな睨むな。なぁに、俺と遊んでもらうだけさ。全力での殺し合い·········戦場慣れしてないガキ共の前で、どちらかが血を撒き散らすんだよ」
「っ、そんな事────」
「嫌とは言わせないぜ?まあ、優しいマナ先生ならそんな事は言わないと思うがなァ」
「貴方は、どこまで腐っているの·········!?」
「はっはっはっ!ユウ・シルヴァがどこに居るのかは知らねえが、戻ってきた時の顔を見るのが楽しみだ。留守中に、可愛い姉妹がグチャグチャにされてるんだからよォ!」
戦闘は、唐突に始まった。地面が爆ぜたのと同時に、ギルバードが派手に吹っ飛ばされる。直前まで彼が立っていた場所には、凄まじい魔力を解放したマナが。今の動きを目で追えたのは、恐らくギルバードだけだろう。
「穿て、【紫電絶槍】!!」
「はっはァ!楽しませてくれやァ!!」
マナが放った超火力の雷槍が、着地したばかりのギルバードを容赦なく襲う。しかし彼は魔力を纏わせた大剣を振るい、迫る大魔法を弾き飛ばした。
「なっ·········!?」
「お返しだッ!!」
頬を掠めたのは、ギルバードが勢いよく投げた大剣。高速で回転するそれは空中で軌道を変え、体勢を崩したマナを真後ろから強襲する。しかし、流石は大魔導士マナ・シルヴァ。無理な体勢から身を捩り、雷を纏った脚で大剣を真上に蹴り上げる。
「天駆けよ、【雷霆万鈞】!!」
「うお─────」
その速度は、剣聖テミス・シルヴァに匹敵するとまで言われている。一瞬で距離を詰めたマナの、超高速移動攻撃。障壁や壁を利用して場内を縦横無尽に駆け回り、様々な角度からギルバードを襲う。
だが、突然そのラッシュは終わりを迎えた。凄まじい嵐のような攻撃の中、ギルバードがマナの脚を掴んだのである。
「流石に今のは効いたぜ·········!」
「ッ!?」
そのまま腕を振り下ろし、華奢な体が地面に叩き付けられる。フィールドが陥没する程の衝撃がマナの全身を駆け巡り、彼女は血を吐きながら堪らず悲鳴をあげた。
(そ、そんな、姉さんの攻撃が全然効いていない········!?)
そんな姉とギルバードの激戦を見ていたクレハは戦慄していた。一撃で歴史書の悪魔すらも葬るマナの蹴り。それを何十発も受けた筈なのに、ギルバードはまだ余裕そうだ。
(いや、違う·········姉さんの魔力が乱れ始めている·········まだ前に乱れてから数日しか経っていないから、もう限界が近いんだ·········!)
その通りだった。マナの筋力は、魔力の乱れにより明らかに低下していた。顔色が悪くなり、呼吸も荒い。汗は滝のように流れ落ち、手足が震えている。それに気付いたクレハはすぐさま加勢しようとしたが、足が動かない。危機に陥っている姉よりも更に酷く、彼女の足は震えていたのだ。
「がはっ········あぐ、うぅ········」
「ロイドの野郎に後遺症が残る程魔力を乱されたって話は本当だったのか。チッ、つまらねぇ」
「ロイド、先生········!?」
「あぁ、知り合いでな。詳しく知りたけりゃあ立て。もっと俺を楽しませてくれや」
先程の一撃で骨を粉砕されたマナは、最早立つことすら困難となっていた。呼吸を上手く行えず、視界がグラグラと歪む。それでも、今この学園でギルバードを相手に戦えるのは彼女とクレハしかいないだろう。ならば、教師として生徒達を危険に晒す存在を打ち破らなければならない。
「貴方には、天罰が下るわ··········」
「あぁ?」
「無関係な生徒達を巻き込んで·········私の弟を殺すですって·········?わざわざ学園長達が留守なタイミングで攻めてきて·········魔導フォンが起動しないのは、感情喰らいの魔力遮断フィールドでしょう··········?臆病な人ですね·········剣帝ギルバードさん·········?」
「てめえぇ、ガキ共が死んでもいいってのかぁ?」
「クレハちゃん、壁際まで後退して!」
よろりと立ち上がったマナが、声を振り絞って叫ぶ。それを聞いたクレハは、震える足を動かし急いでその場から離れた。
「っ、こいつは··········」
「雷光よ、天より来たれ!」
直後、閃光が魔闘場を眩く照らす。手を挙げたマナが放出した魔力が駆け巡り、観客席に被害が及ばないよう展開されている障壁全体に魔術語が浮かび上がる。そして、起動した魔法陣。彼女が編み出した雷属性五大魔法の一つ、広域殲滅特化魔法が放たれた。
「【ライトニングノヴァ】!!」
魔法陣から雨のように降り注いだ雷が、容赦なくフィールドを破壊する。そんな圧倒的な火力を誇る大魔法を目の当たりにした生徒達は全員硬直し、彼らを監視している傭兵達ですら汗を浮かべていた。
(凄い········これが、私が憧れているマナ先生の全力なんだ········)
同じ雷属性の魔法を使うエリナも、授業以外で初めて見るマナの『戦闘』に見入っていた。そんな彼女の視線の先、舞い上がった砂埃が徐々に消えていき──────
「あ、ぐぅ··········」
「いってぇ、死ぬかと思ったぜ」
ギルバードは全身傷だらけだったが、それでも生きていた。彼の手にはボロボロになったマナが握られており、やがて用済みとばかりに投げ捨てられる。
「ね、姉さん·········!?」
避難していたクレハが急いで駆け寄り、震えながらも姉を庇うように立つ。それを見てギルバードは口の端を釣り上げ、大剣に再度魔力を纏わせた。
(この人、姉さんを盾にしたのですね·········!)
爆煙でよく見えなかったが、クレハの予想は的中していた。あの一瞬で、ギルバードは雷に身を打たれながらもマナに接近。そして強引に体を持ち上げ、降り注ぐ雷から身を守ったのだ。その結果、魔法を維持出来なくなって魔法陣は消滅。マナは戦闘不能に陥ってしまったのである。
(強い、これまで出会った敵の中で一番強い。父さんや母さんには劣りますが、私ではとても··········)
先程加勢できなかったのは、恐れてしまったからだ。姉が必死に戦っているというのに、最愛の兄が命を狙われているというのに、震え、怯え、恐怖に屈した。今もまだ、かつてない強敵を前にして震えが止まらない。
(姉さんが万全の状態だったとしても、恐らく互角。そんな相手に、私は一体何が出来ますか·········?)
ここまで何かに怯えたのは何年ぶりだろうか。心の支えである兄は居ない。このままでは、二人揃って殺される。そんな光景を目の当たりにした時、優しい兄が耐えられるはずがない。
「ククッ、そう怖がるなや。しっかし大好きなお兄ちゃんは本当に何してやがんだ?可愛い姉妹がピンチだってのに、どっかでコソコソしやがってよぉ」
ぴくりと、クレハがその声に反応する。
「ま、いいか。聞いた話によると、雑魚中の雑魚らしいし?正直そこの姉と殺り合えて結構満足だしな」
「は··········?」
最初からそんなものは存在していなかったかのように。クレハの中から恐怖という感情が消える。
「来たところで瞬殺確定!はははっ!そんな奴の踏み台?最強の猟兵団であるこの俺達が?あーくそ、納得いかねえ!」
「貴方、今何と·········?」
溢れ出す魔力。それはとても攻撃的で、危険な魔力。普段の温厚な彼女しか知らない学園の生徒達は、暴走寸前のクレハを見て一瞬別人かと錯覚する。
「あ?だから、お前の兄貴は雑魚中の雑魚!そんな奴の踏み台になるのが気に食わねえって言ったのさ!」
誰よりも兄を愛し、尊敬しているクレハにとって、それは絶対に許される発言ではない。彼女の変貌ぶりにギルバードは一瞬驚きながらも、担いでいた大剣を構えた。
「ククッ、お前は壊しがいがありそうだ」
「許さない、許さない許さない許さない········!」
地中から大樹の根を召喚し、クレハは激昂する。
「殺す··········!」
「潰してやるよ、英雄の娘ぇ!!」
直後、凄まじい魔力が激突した。




