#閑話03 子狐達との年越し【上】
長らく更新を停止していてすいませんでした!
今回リハビリとして、望と狐少女達との過去を補填する閑話を投稿させて頂きます。
時は望が配達帰りの雪山で狐達を助けてから、数ヵ月が過ぎた大晦日の夜。
当時五歳であった望は、子供机がある六畳間の和式の自分の部屋ですっかり元気になった四匹の子狐達と共に、杖の椅子に座りながら、机の上に置かれたピカピカの黒いランドセルを眺めていました。
「来年から僕小学生になるんだってーみんなー」
「コーン?」
勿論【小学生】の意味を望以上に理解しにくい子狐達が分かるはずもなく、それぞれ色とりどりの鈴付の首輪をはめた子狐達は首をかしげながら、望の顔を両肩、椅子の上に置かれた膝元、机の上から眺めている。
「僕たちが住んでいる狐乃町には子供が少ないから、良く遊ぶ町の友達と一緒に勉強する事になるんだけどね」
「コーン……くきゃぁ……」
そんな望の小学生についての説明は子狐達関心を余り動かせなかったらしく。彼女達は自分達の背中を優しく撫でてくれる望の手の動きに集中しており、電気ストーブにより暖められた部屋に居る事も相まって心地良さそうにあくびをしていた。
「もーう、僕が小学生になったら皆と居る時間も少なくなってしまうんだよ? それでも良いの?」
余りの狐達の無関心振りに思わず焦る望であったが、突然部屋の出入口である襖がノックされると共に、父の呼ぶ声が聴こえて来た。
「おい、望。年越しそばが出来たぞー」
「わあっ!! やったー!! お母さんの作った年越しそばだ!!」
「コーーン!!!」
望が毎日決まって食事時にあげている歓声を聴いた子狐達は、それがご飯の時間である事をいつの間にか覚えてしまった様で、先程までうつらうつらとしていた目を輝かせて飛び起きた。
しかしこの事が望を地獄に突き落とす。
「あいててて!! 待って春ちゃん!! 今足が痺れているから膝の上から動かないで……!!」
慣れない椅子に座っていたからか、足が痺れてしまい悶える望の膝元には鈴の付いたピンク色の首輪を巻いた、子狐娘達の末っ子である小春がおり。
彼女は突然悶えて動きを止めた望を見上げ、小首を傾げながら右足を犬のお手の様な動きで膝の上に置いた。
「コン!」
「ふぉう?!! だ、駄目!! 春ちゃん!! 足を置いたらダメなんだ……!!」
「コーン? こん、こーん」
その冷や汗を流しながら叫ぶ望の言葉の意味を理解できたのかは分からないが、小春は膝の上に置いた足を退け、望に負担の掛からない様に机の上へと跳び移った。
「よ、よーし。春ちゃんは本当に良い子だなぁ……後でジャーキーをあげるからね~」
「コーン!」
犬と同じで肉食である狐にとっても、美味しいジャーキーは大人気らしく。
“ジャーキー”と言う単語を聴いただけで、小春は艶やかで綺麗になった尻尾を嬉しそうにフリフリしながら、安堵している望に目を輝かせながら歓声をあげた。
「くきゃあ……」
その一連の流れを畳が敷かれた床で見上げる様に見ていて、結果を汲み取った他の三匹の子狐達は、互いに顔を見合わせて頷きあってから、
「コーーーーン!!!」
「な?! 何をするきだみんな!?」
見事な跳躍力を見せつけて、三匹同時に望の痺れて敏感になっている足の上へと着地した。
「ーーーーーーッ!!?」
その結果、望の足には今まで感じた事が無いほどの刺激が走り。声にならない声をあげつつ涙目のまま目を見開き、歯を食い縛ったまま硬直してしまう。
「……こん?」
そのイメージしていた違うリアクションを見て、喜んでくれると思っていた三匹の子狐達は戸惑いの声をあげながら悶える望を見上げて見つめ続ける。
「三人とも……うぐっ……。今すぐ膝の上から離れなさい……!!」
「くきゃー?」
自分達もジャーキーを欲しがっている子狐達は不服そうに“なぜー?”と言った様な声をあげて望に抗議するのだが、先程から様子がおかしい望を見ていた子狐達も気づき始める。
「こ、こん!!」
秋の紅葉した葉の様なオレンジ色をした首輪を付けている子狐は慌てて床に降り。
「くきゃあ!!!」
「ゴフッ?!! なっちゃんやめ……!」
夏の海をイメージした様な水色の首輪をつけた子狐が、気にくわなかったのか望のお腹に頭突きを食らわし。
「コーン……」
「風香、そこで何をーー」
最後に抹茶色の首輪を付け、今回の事件の真相に勘づいた様子の風香がほくそ笑みながら、望の足をペチペチと左右の前足を交互に出してつつき始める。
「こ、コーン!」
「くわぁぁぁ?!! それダメぇ!! ダメなのぉぉ!!!」
「さっきからお前達は何を騒いでいるんだ?」
やがて望の騒いでいる声を聞き付け、すててこに青いちゃんちゃんこを羽織った望の父、健一が後ろ首を掻きながら襖を開けて入ってきた。
「うぐぅぅぅ……」
「コーン!!」
そこには痛みに悶えて畳に倒れている望と、その周囲で高らかに勝利を叫ぶ風香と夏がいた。
「……お前達も随分とあれから仲良くなったもんだな」
「ど……何処がさ……」
絞り出すように否定する望の姿を眺めつつ、父は耳をほじりながら部屋の外へと去って行く。
「遊んでいたいのなら構わないが、美味しいそばが伸びちまうから先に食べるとするかー」
「まま、待ってよお父さん! 僕も楽しみにしてたんだからね! 皆も行くよ?」
「コン!」
置いていかれてなるものかと、痺れが治まった望は去って行く父の後を子狐達と共に追い掛けて行く。
良く冷えた短いフローニングで出来た横向きの廊下を渡り、所々穴が開いていて部屋の明かりが漏れている障子を横に引いて、普段は豆腐屋として機能している外の玄関と繋がっている、畳が敷かれた12畳の居間に入る。
部屋の配置としては中心にみかんの入った小さなザルが置かれたコタツがあり、3時の方向に24インチのビデオデッキとテレビが一体化した、歌合戦を映しているテレビデオがあり。
その後方には今年最後の日を掲げる、日めくりカレンダーが飾られている。
「ふわぁぁ……やっぱりコタツは最高だねぇ……」
「こーん……」
そして寒い風が吹いて冷えている廊下から無事に生還を果たした望と子狐達は、一目散に暖かいコタツの中に入って寛ぎ始める。
「あらあら、望。そのまま眠ってしまわないでね? せっかく仙狐ちゃんと一緒に作った年越しそばなんだから」
そう言って玄関に設置されている台所の方からお盆に4人分の年越しそばを置いて持ってきてくれたのは、割烹着姿が良く似合う望の母、由美子であり。
その後ろに続く様に、普段は白い毛並みの六本の尻尾と狐耳を持っているが今は納めている、20台前半程の美しい人間のお姉さんの様な外見をしている仙狐が、同じくお盆の上に4人分の年越しそばを置いて、運んできてくれた。
「わあー!! ありがとうお母さん、きつ姉!! ちゃんとあげが入っている狐そばだね!!」
「ほう。こいつはまた張り切ったね、母さん」
「ふふふ。今年は可愛い娘ちゃん達が来てくれましたからねー」
「コーン!! ココーン!!」
次々とコタツの上に置かれていく年越しそばを見て、望だけでなく父や子狐達も目を見張って眺めている。
「ふふ、今年のお蕎麦には子狐ちやん達も好きなお肉や、かまぼこに玉子。後はだしを取るために使った小エビや、程よく切った椎茸も入っているわよ?」
「そんなの美味しいに決まってるよ!! 早く食べようよ!!」
「コン、コーン!!」
跳び跳ね始めるんじゃないかと思うほどに望と子狐達がはしゃぎ始めた所で、きつ姉がこほんと咳払いしてから、子狐達の尻尾を1本づつ触っていく。
すると子狐達の全身は淡い光に包まれていき、その数秒後、彼女達の体には異変が起きていた。
何と驚くべき事に、子狐達の身体がその年齢に見あった狐耳と尻尾の生えた、人間の少女の身体になっていたのである。
「うーん! 良い香りー!!」
そう言って目を輝かせて喜んでいるのは、オレンジ色のショートヘアーで可愛らしい八重歯と笑顔を覗かせる秋葉。
「うん……そして……程よい温かさ……」
先程足の痺れていた望を絶望に叩き込んだ、少し癖ッ毛の緑髪を持ち、半開きの目でそばを眺める風香。
「いよっしゃ!!早速頂こうぜ!!」
元気一杯で、青色の髪を後ろでくくってポニーテールにしているつり目の少女、夏。
「おー! 由美子お母さんの料理、小春大好き!!」
最後にセミロングのウエーブがかったピンク色の髪を持ち、末っ子と言う事もあり甘えん坊で、可愛らしい天使の様な幼女小春と言う、合わせて四人の狐少女であり。
彼女達は強力な力を持っている仙狐から力を借りて、少しでも早く佐々木家の一員と成れる様に進んで変化を学んで、人間の姿になったのである。
そんな経緯もあって、より一層仲を深める努力をしている彼女達の事は佐々木家の皆にも理解されており、彼女達は佐々木家の一員として受け入れて貰えていた。
「さあ、美味しいおそばが伸びてしまわない内に、頂きましょうかお父さん?」
「ああ。じゃあ皆もこたつの中に入りなさい」
「はーい!!」
主である健一の声に従い、狐少女達だけによらずそばを運び終えたお母さんときつ姉も温かいこたつに入る。
「……さて、御互いに色々な事が有った一年だったと思う。特にお嬢ちゃん達は故郷だけによらず両親を失うと言う、取り返しのつかない経験をしてしまったと思う……」
今まで、佐々木家の面々もきつ姉に経緯を教えられた以来、触れ無いようにしていた話題を健一が振った為に、一同の心に緊張と悲しみが走る。
「俺が偉そうに言える言葉は無いのかもしれないが、ただこれだけは覚えておいて欲しい。何事も……前に進もうとする意志が無ければ何も始める事も出来ないし、終える事も出来ないんだ」
「…………」
その言葉を少女達はそれぞれ瞳を潤ませる涙を拭っていたり、下に俯いていたり、健一の目を睨んでいたりしていた。
「俺達に出来るのはお嬢ちゃん達を支え、何時か手にするであろう可能性を掴めるその日まで、お前さん達が身を休められる帰り木となる事ぐらいだ……。だがそれが気に食わないと感じるならば、俺は止めやしない」
「お父さん……」
思わず父の名前を呼ぶ望の声が部屋に小さく響き。その後、一分程の時間が過ぎた所で健一を睨んでいた気の強い夏が、突然勢い良く立ち上がった。
「私はこの家を出ていく!! 今も親父達を殺した奴等は俺達の仲間を殺し続けている筈だ!!」
「夏?! あんたまさか一匹であいつらに挑む気なの?!」
そんな今にも殴り込みを掛けに行きそうな夏を秋葉が引き止める。
「秋葉姉は悔しく無いのかよ?! 俺は奴等を絶対に許せねぇんだ!! それを邪魔するってんなら、秋葉姉であっても俺は容赦ねーよ!!」
「落ち着きなさい二人共!! 夏、何の計画も無しに行動してはダメなのよ!」
思わず熱く説得して来たきつ姉に対して、夏は両方の拳を強く握り締めながら反論する。
「そんなのやってみないと分からないじゃないか!!」
「もし奴等の不意をうてたとしても、集団で行動している彼等を止めるには効果が薄いの……!! 大勢の相手を無力化する為には、一度に纏めて始末できないと残った者達が再び立ち上がるだけで、根本的な解決がされない限りは解決とはならないのよ……」
「じゃあどうしろってんだよ?!」
否定的な意見で腰を降ろさせようとするきつ姉と思わず息荒く叫ぶ夏との討論をひやひやしながら皆が見詰めていた中で、100円ライターの火を付ける時の擦れる音と火が着いた音が響いた。
「なっ……父さん……?!」
「あーすまんすまん。頭をすっきりさせたくてなー」
思わず震え声で狼狽える望とは裏腹に、呑気な声で答えつつ健一は美味しそうに煙草を吸い、部屋の窓を開けて外にドーナッツ型の煙を三個連続で吐き出して見せ。
先程までは怯えていた小春が笑顔で拍手を送る。
「おー!! おじさん凄い!! 凄い!!」
「おー? ドーナッツが珍しいかい小春ちゃん? じゃあ今度は三重のドーナッツを作ってあげよう……」
そんな突然お惚け始めた健一に、先程から沸点が臨界に達しようとしていた夏が顔を真っ赤にさせて叫ぶ。
「ふ、ふざけんなよおっさん!! 俺が真剣に話してる最中にふざけやがって!! 言っておくが、俺は人間であるお前達の事を信頼した訳じゃ無いからな!!」
「夏!! 私達を助けてくれたおじさん達に何て事を言うのよ?!」
「秋姉は黙っててくれ!! これは俺とおやっさんとの問題だッ!!」
「そうさなぁ、秋葉ちゃん。ここは残念ながら夏の言う通りだ」
「おじさん?! でも……」
何とか姉として夏を押し止めたい秋葉は戸惑いながらも、吸い終わった煙草を胸のポケットに入れていた携帯灰皿に押し込む健一を見つめる。
「……夏、要するにお前さんは仲間を親を殺した奴等から守りたいんだよな?」
「ああ!! 奴等を全員俺がぶっ飛ばして、皆を助けるんだ!!」
「なるほど……。じゃあ明日、お前さんと同じ思いを持って戦い続けている大先輩を紹介する。先ずはそれで良いか?」
「何だって?! 一体どんな奴なんだよそいつは!?」
その思いがけない話に夏は目を見開いて問い掛ける。それに対して健一は微笑みながらその相手を伝える。
「今、山の方から鐘を突く音が聴こえているだろ? その人が狐達の保護者としても働いている、お前さんの大先輩さ」
「何だって!?」
その予想外な説明を受けた夏は呆然と先程から聴こえている、除夜の鐘を突いている者に意識を向け。皆が呆然としている内に、健一は直ぐに窓を閉めて身体を震わせながらこたつに潜り込み、
「うーさぶさぶ……。さあ、折角作って貰ったんだから冷めない内に食べようか?」
何事も無かったかの様に皆に食事を促したのであった。




