#17 初めての混浴体験【下】
長くなりましたが、今回で学園騒動編が終結します! 長らくお付き合いしてくださった皆様に感謝をしつつ。容赦無く、グングンと高くなっていくハードルにビビりつつ頑張り続けて行きたいと思います!
※空の台詞と望達がメインとなる後半部分を修正しました(1/29)
月の光だけが辺りを照らす、暗い森の夜道をひたすら宛もなく私はただ走っていた。
走り辛い寝間着用の着物にサンダルと言う、登山家の人からすれば山を舐めているのかと言われそうな不向きな格好で、私は冷えきった12月の夜風を浴びながら山道を泣きながら登り続けていた。
「うっ……ひっく……望さんの馬鹿……! 馬鹿……」
今まで人形とまで呼ばれていた過去の私なら、何にも感じない筈の些細な出来事だった。
身近な人が誰かと仲良くしている風景だなんて、クラスを見渡せば何処を見ても存在していた日常風景な筈なのに……。何でこんなにも胸が苦しくて、望さんに手をあげてしまったのに反省の気持ちよりも心の底から寂しさが込み上げて来てしまうのだろう……。
「はあはあ……何してるんだろ、私……」
最低だ。きっと望さんは浮気をする人じゃないし、あの狸族のおかしな姿や言動を今のように落ち着いて考察出来れば真相を割り出せたかも知れないのに、彼女ののろけ話に嫉妬して私はーー
「望さんには酷いことをしてしまったな……」
誰も通らないであろう獣道の中で虚しくつぶやき、ふと、周りを見渡して初めて自分自身がどの様な状況にあるのかに気づく。
「あ……」
私ががむしゃらに昇って来た旅館から離れたこの山道は全く見覚えが無い道無き道であり。木々が密集し、月の光すら通さない暗闇に包まれたこの空間はさながら訪れた者を二度と返さない樹海の様な道でもあった。
私は、冬の夜風とは違う理由で身体に寒気が走り身震いするのを感じた。
「……この歳になって迷子になるだなんて。ううっ」
先程から、北風がより冷えて来たのを感じる。肌は冷えて白くなり、寒イボも出始め、身体が震え始める。当たり前だ、今の私は身を温めてはくれない薄い寝間着しか着ていないのだから。
(落ち着け、落ち着くんだ……。まず、自分自身が歩いてきた道筋を辿って帰ろう。それが出来なければ、星の位置と時刻で方角を割り出せれば……)
何とか危機を脱しようとしていた所で、私は木々の隙間から何か光る物がある事に気づかされる。
(あれは……人工的な光り?)
それは闇夜の海に浮かぶ船の様であり。私に取っては、まさに助け船であった。
こんな、人気が無いところに何故人工物が有るのかと言う疑問も過ったが、一先ずは学園関係者の人や、地元の人がいる事を願ってその光のある場所へと歩いていく。
(もしかしてあれは露天風呂? なんでこんな所に……)
そこにあったのは、木で作られた簡素な脱衣場が隣接する形で備わっている露天風呂であり。学校の教室程の大きさの四角い木製で出来た囲いの中からは湯気が立ち上っており。その囲いの中からは水がチャプチャプと鳴る音と、二人の女性が雑談している声が僅かに聴こえて来る。
「ーーから、今回の騒動で得をしたのは外との繋がりを強化する事が出来た狸族達であって。私達は散々大蛇族の根暗達に振り回されただけって事なのよ猫又」
「まあねー。でも、そのお陰で散々話しあっても和解出来ていなかった一部の狸族と仲良くなれたし。私達も破滅思想を抱いている大蛇族を討伐する為の大義名分を得る事が出来たのだから、おあいことしましょうよ、きつ姉?」
その気の知れた二人の会話が聴けて、助かる事を核心した私は御二人に救助をお願いしようと思い。脱衣場を潜り、お風呂場まで繋がる下に白く細かい小石が敷き詰められ、人二人ほどが横に並んで通れる程の竹で出来た通路を通り抜けようとするのだけれども……。
「所で、きつ姉? きつ姉の弟さんに恋人が出来た件何だけどさ?」
それを見透かした様に出された猫又先生の私に関する話題が出たために、思わず足取りを止めてしまう。
(いきなり何を話出すんですか先生?!)
「そうねぇ。私は望が幸せならば別に構わないし、彼女も望の事を大切にしてくれるのならば文句はないわ……。だけどね……」
「だけど?」
(だけど……?)
「もし、彼女が望の事を良いように利用しようとしたり。必要以上に望を疲労させても構わずに自分の意思を押し付けて迷惑を掛けるのならば……遠慮無く矯正するわ。それが人を導く私の役割だから」
「ニャルほどねー。だ、そうよ彼女さん? いい加減、裏でこそこそせずに出てきたら?」
その猫又先生からの呼び出しに、心臓が鷲掴みにされた様な感覚とはこの事なのかと感じつつ。私は御二人がおられるであろう風呂場へと恐る恐る入っていく。
そこには木の壁に鏡や風呂桶等が完備され、設置されたシャワーからは温泉の湯が出てくる洗い場が五つ程用意されていて。何と言ってもその中心には大きな岩で囲う様に作られ、雨避けの為に瓦屋根まで作られた白い湯気が沸き立つ立派な露天風呂があり。
その湯船の中にはお盆の上に乗せられた日本酒が入った徳利と杯がそれぞれ二つ置かれており。頭上にある2本の白い耳の間にタオルを置き頬を赤らめたきつ姉さんと猫又先生が私を見つめていた。
「あっあの! 決して御二人の後を着けて、盗み聞きしていた訳ではなくて」
「そんな事は解っているわ。 それよりも、温泉に来たのだから貴方も服を脱いで一緒に入りましょう? 脱衣場で倒れた望を介抱してくれて、走り回っていたせいでまだ入っていないんでしょ?」
お酒が入っておられるからか、何時もより強気なきつ姉さんの気迫と何もかもをお見通し何なのだな、と関心しつつ。私も身体の冷えが限界に来ていた事もあり、その提案に甘えさせて頂く事にさせて貰う。
「ありがとうございます、きつ姉さん。それでは脱衣場で着替えさせて貰いますね」
「うん、行ってらっしゃい」
その後、壁に張られていたお札の効果なのか暖かい脱衣場で寝間着の浴衣を脱いだ後。置いてあったバスタオルを身体に巻きつつ、私は再びお風呂場へと戻るとそこにはケラケラと笑いながら談笑を続けている猫又先生とお酒のせいなのか、ボーっとした表情のきつ姉さんがいた。
私はお風呂に入る前に、身体を綺麗にするため早速木製の椅子に座り、プラスチックのボトルに入れられたボディーソープで今日は走り回り、火の中でも活動していた為に汗でボトボトになっていた身体を洗っていき。暖かいシャワーを浴びて思わず「暖かい……」と声を漏らしてしまいつつ。
次にリンスインシャンプーで髪の毛を洗っていくのだけれども、ふときつ姉さん達の会話に耳を傾けると何やら雲居きが怪しい会話を始めていた。
「それでそれで、清姫ちゃんたらその後何て言ったと思うきつ姉?」
「う~ん、なんていったの?」
「“私が校長になって望様を立派な旦那様にして見せます!”だって!! ニャハハハ!!! あの子まだ研修生で、教員試験も受かってないのに一時間近く甘ったるい望くんとの未来予想図を喋り続けていたんだよ!! どう思うよきつ姉?」
「……ひっく。そうね、針地獄か炙り地獄のどちらかを選ばせてあげる、と勘違い小娘に伝えておきなさい……。私直々に執行してあげるから、とね……」
やばい……きつ姉さんも猫又先生もかなり出来上がっている……!!
あの様子だと、望さんに一番迷惑を御掛けしている私はただでは済まされる訳が……。
「所で、空さんは何時まで髪の毛を洗っているのかしら~?」
「ふふ~ん? さてはやましいことを抱えていると見えますにゃあ~」
「あ、いえ! すいません、私髪の毛を洗うときは何時も時間をかけてしまうんです!」
どうしよう……。あのテンションの二人の中に入って無事で帰れるビジョンが全く思い浮かばない……!!
怒り狂ったきつ姉さんに「ガッデム!!!!」とか叫ばれて、ビンタされるのかな私……。
……ビンタ? ……ちゃんと望さんの話を聴かずにビンタして逃げ出した癖に、自分の心配事ばかり考えて何を考えているんだろう私……。
「きつ姉さん」
「……どうしたの空さん? そんな思い詰めた顔をして」
自分を正当化せずに隠さずに言わなきゃーー
「私、此処に来るまでに望さんと旅館で揉めていまして……」
「うん」
私は望さんが私に与えてくれた沢山の想いを、気持ちをーー
「一方的に話も聴かずにビンタして逃げて、ここに迷い混んでしまったんです……」
「そう……」
踏みにじる事になってしまう。
きつ姉さんの気配が先程の和やかな物から、殺気が込められた針のような刺々しい物へと変わるのを肌で感じ。その刺々し差を増しつつ、きつ姉さんがゆっくりと湯船から上がってゆっくりと正面から私に近付いて来る。
今まで経験した事が無い異常な感覚に心は此の場所を逃れる様にと警告を出してくれるが、今はそれに従うわけには行かない。
「それで。望を慕う私にその事を伝えたと言う事が何を意味するのか、貴方には解っているのかしら?」
「申し訳……ありません。私自身の弱さで、望さんを受け入れる事が出来ずに突き放してしまいました。なので、もう一度私にチャンスを頂けないでしょうか……?」
震える声で、情けない事しか思い浮かば無かった私にきつ姉さんは無表情のまま首を横に降り、突き放す一言を私に告げる。
「それは無理よ」
「え……」
「だってそのチャンスを偉そうに与える義務も資格も私には無いし……。そう言った内輪揉めはーー」
少し微笑みながらきつ姉さんが脱衣場に繋がる通路へと視線を向けるので、私も釣られてその方へと視線を送ると、そこには息を切らせながら所々木の枝に引っ掻けたのか破れ、地面の土で汚れた浴衣姿であり。
ずっと走って来てくれた事が解るほどに、息を切らせ顔を真っ赤にした小学生の美少女姿の望さんがお風呂場へと駆け込んで来てくれていた。
「ーー恋人同士でつけるべき話でしょ?」
その言葉に背中を押して頂き、私も駆け寄る望さんを抱き締める事が出来た。
「望さん……何でこの場所が解ったの?」
「空……はあはあ……お姉ちゃんが出していた……音……なのです……」
「音?」
「空お姉ちゃんの泣き声なのです……」
そう言った望さん自身の目にも、私の感情を察してくれているのか涙が湧きあがり始めていて。
その表情を見て冷静になった私は、彼が2週間の間眠り続けて弱り果てていた身体を引きずって今日の激戦を肉体的にも、精神的にも大蛇族にいたぶられながらも戦い抜き。本当ならばゆっくりと休養を取らなければ行けない痩せ細った身体で私を迎えに来てくれた事を今更になって理解する事が出来。
気付けば、望さんの小さくも大きな身体を抱き締めていました。
「空お姉ちゃん。 ごめん……けほっ、なさいなの……です」
「ごめんなさいを言うのは私の方です望さん。狸族の女の子ととても仲良くされていた貴方に、必要以上に嫉妬してあんな酷い事を……本当にごめんなさい望さん……。望さん……」
涙を流しながら目線を合わせるためにしゃがみこみ抱き締めながら謝り続ける私を、望さんは拒絶せずに暖かく抱き寄せてくれた。
「僕も……あの時浮かれていて、ずっと僕の事を信じて待ち続けてくれていた空さんの気持ちを忘れて無神経になっていたのです……。ごめんなさい、もうあんな浮気の様な真似はしないから許して欲しいのです……」
「はい……勿論です。望さんは心から人を裏切る様な真似をしない人でしたものね……」
改めて御互いの心と感情を理解しあえた私達には確かな安心感と暖かい感情が全身に満ちていくのを感じ。望さんといる以外の周りの状況が頭から離れていきそうになったところで、猫又先生のツッコミが入る。
「全く、あんら達は~。毎回毎回映画のラストシーン見たいに抱きしめ合ってひたら、死亡フラグにはるわよ~」
「わわっ猫又さん!?」
「先生、酒臭いです……」
完全に出来上がっている猫又先生が私達の間に入って左右から両手で抱き締められる中。既に身体を拭いて、何時もの巫女服姿に戻ったきつ姉さんは何時もより月夜にとても映えていて、とても美しく。そして何処か寂しげだった。
「そうだね……でも、今回は色々な事が同時に起こって、私達が二人を護りきる事が出来無かったのも事実だ。特に望には本当に辛い思いをさせてすまなかった……」
「あれは起こるべきして起こってしまった事件なのです。だから、裏で仲間の皆を守る為に全力を尽くしてくれていたきつ姉は謝らないで欲しいのです」
「望……。あっ……!」
「「あ?」」
突然何かに気付いたかの様なリアクションをとったきつ姉さんに違和感を感じたのも束の間、きつ姉さんは先程からべろんべろんになりながら私達に抱きついて、嫌ににこにこしている猫又先生を引ったくって脱衣場に繋がる通路へと走り出してしまう。
「ありがとう望!! 二人共身体が冷えきってしまっているでしょ!? 私達は帰るから、後は二人でゆっくりして行くと良い!! 帰り道は温泉の裏の方に整備された道があるから、その道を通って安全に帰るんだよぉ!!」
「みやぁぁぁまだ飲み足りないにゃぁぁ!! きつ姉二次会、二次会に行くにゃー!!!」
「あんたはいい加減酔いからさめなさ……」
突然、嵐が過ぎ去ってしまったかの様に風の音と、涌き出た温泉が風呂場に継ぎ足されていく音をBGMにしつつ。御互いに、何が起こったのか気持ちの整理がついていない私達が取り残されていた。
「空お姉ちゃん……僕、余計な事を言ってしまったのですか?」
「……いや、あれはまた別の事にきつ姉さんが気付いて引き揚げていったのだと思います」
「きつ姉が慌てて帰っていく事って……うーん何だろ。冷蔵庫に置いていたプリンを思い出したのかな?」
「ふふふ……それだと可愛いですけど。きっと後で解る事だと思いますよ、きつ姉さんは嘘が苦手ですから」
「確かに! あははは!!」
さっきまで、ギスギスしていたのが嘘のように流れていく望さんとの穏やかな時間。
大好きな人と、ただこうして御互いに笑って居られるだけでこんなにも嬉しい気持ちになれるだなんて、夢にも思わなかった。
「空お姉ちゃん、それでーーはにゃぁぁぁ!!?」
「の、望さん?! どうしたの突然大声なんか出して?!」
何故か望さんはお風呂場に駆け込んで来てくれた時よりも顔を真っ赤にしていて、その顔を両手で覆っている。
「ごめんなさいなのです空お姉ちゃん!! 僕、僕、お姉ちゃんの裸に抱き付いたり、普通に眺めてしまっていたのですーー!!」
「あっ……」
思わず、髪を洗い終わった後の自分自身が裸でいる事を忘れていて。望さんと抱き合っていた所を想像してしまい、思わず両手で大切な部分を隠すのだけれども。より良い解決策を閃く。
「そ……それじゃあ望さん! 壁に身体を向ける形で、私に背中を向けてください」
「はっ、はいなのです!!」
「じゃあ、一緒に御風呂に入れるように服を脱いでください」
「わっ解りました……?」
少し、私の指示に?マークを頭に浮かべつつ、望さんは寝間着を脱いでいき、私が是非着て欲しいと願っていた下着であるひらひらのスリップだけの姿になる。そのまま脱いで貰う予定であったのだけど……あったのだけど……。
「望さん……あの……良かったら振り向いてくれないですか?」
「ふぇ? 良いですけど……」
望さんがゆっくりと右回りで此方に振り向いてくれるその瞬間、花が舞う様にスカートの下部分がふわりと舞い上がりながら回転していき。中が見えるようで見えない薄さで出来た生地は神々しささえ儚げな美少女に与え。
「はにゃぁ?!! 何でまだ裸のままなんでーー」
「のぞむさーん!!」
「むぎゅう?! 埋もれちゃう! あっ、柔らかいもので埋もれちゃうのです……!! モガモガ」
そして、私の姿に気付き慌てるウブでかわいい望さんに思わず衝動的に抱きついてしまった私に、思わず赤面しながら胸の中でじたばたしつつも内心では喜んでくれている望さんの頭をしばらくなでなでした後は流石に怒られてしまいました……。
「空お姉ちゃん……僕をからかうのは良いのですが……その、ドッキリ系は勘弁して欲しいのです……」
「ごめんなさい望さん……。どうしても衝動が抑えられなくて……。痒いところはないですか?」
「うん! 大丈夫なのです!!」
今はこうして望さんの髪の毛をごしごしと泡たてながら洗わせて頂いている所です。
「さあ、お湯で流しますので目を瞑ってくださいね~」
「はーい」
子供の時に憧れていた、妹の髪を洗い流してあげたいと言うささやかな夢を実現させて夢心地な私は
続けて望さんの身体を洗おうとするのですが。望さんはそれをお恥ずかしいのか、頑なに拒否されてしまいます。
「かかか身体は自分で洗うので大丈夫なのですよ、空お姉ちゃん!!」
「え……。ダメなの望さん……?」
「うっ……実は僕、自分で触っても特に気にならないのですが。人に触られるとその……敏感に反応してしまうのです……」
確かに、病院で冷たい聴診器をひっつけられたりした時は、思わず声をあげてしまいそうになった事はあるけど……。あれと似たような反応がーー
「……今、空お姉ちゃん。試して見たいと思ったでしょ?」
「え……そ、そんな事考える訳」
「隠しても無駄なのです! だって空お姉ちゃんの目が好奇心でキラキラ光り始めているのが何よりの証拠なのです!」
「くっ、流石は望さんですね……。今日の所は我慢しておきます」
「が……我慢するんじゃなくて諦めてください! そうじゃないと……安心して空お姉ちゃんの側にいる事が出来ないじゃないですか……」
そう言われてしまうと此方も動けなくなってしまう。少し残念ではあるけど、それは望さんとよりいっそう仲良くなってからのお楽しみにしておこう。
かくして望さんも身体を洗い終え、はれて念願の夫婦水入らずと言うにはまだ早いのかも知れないが、二人だけで温泉を楽しむ事が実現する。
「「あったかーい……」」
都会では見る事が出来ない満天の星空と月光に照らされながら私達は無事に生き残り、二人寄り添って居られる。今はその当たり前の日常が何よりも大切で、私の無色だった人生に沢山の光りと色を加えてくれた、側に笑顔で居てくれる彼の事が愛おしく思える。
しばらく二人で談笑した後、突然望さんが真剣な声色であるお願いを私にしてくれた。
「空お姉ちゃん。一つお願いがあるのです」
「何でしょう望さん?」
「その……僕と……“本物のキス”をしてくれませんか?」
「本物のキス?」
おもわず聞き返す私に緊張した面持ちで望さんは頷き、説明を続ける。
「はい。空お姉ちゃんを悲しました要ちゃんが言っていたキスは、恋人同士がする様なキスではなくて。外国の人が挨拶の様にする頬にするキスだったのです」
「つまり、ハグ代わりの軽いキスだった訳か……。そうか」
その言葉を望さんからしっかり聴けて、内心では望さんが女遊びをする様な人ではないと信じていたのだが、思わずホッとしてしまう。
その様子を見て、望さんも喜んでくれている様でにこやかに話の続きを語ってくれる。
「どうにも世間を余り知ら無かった要ちゃん達が旅行中にヒッチハイクで止まってくれた人の中に、要ちゃんが世間知らずなのを良いことにそう言った間違った性的コミュニケーションを吹き込んだ連中がいた見たいで……。その話が間違った物である事を説明したら要ちゃん、ショックを受けてしまって……」
「なるほど、彼女の軽率で間違った考えはそいつらのせいだったのか……。酷い話ですね……」
「だから、決して要ちゃんが僕に色目を使った訳じゃ無くて、一生懸命に僕に合わせようとしてくれていただけなのです。だから、許してあげて欲しいのです」
「わかりました。それで、本物のキスと言うのは一体……」
その単語を出した所で、私が要ちゃんを許して嬉しそうにしていた顔から一転して、望さんは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「その……僕のファーストキスを空お姉ちゃんに貰って欲しいのです!」
「あっ……だから遊びじゃない“本物のキス”なんですね。……私で、よければ」
その言葉の真意が解り、望さんが心から私の彼氏として向き合ってくれた事と情熱を感じ。思わず、嬉しくて顔が綻んでしまうのを感じる。
やがて、私からの同意を受けて先程までは左隣で一緒に肩を並べていた望さんがゼンマイ式の人形の様にして私の正面に回る物だから、思わず私が吹き出してしまい。剥きになる望さんを宥めつつ。
「じゃあ、行きますね」
「はい。何時でも……」
私は望さんの緊張を少しでも和らげる為と言い訳して目を閉じて、自らの鼓動の高まりを感じつつ。やがて望さんの柔らかい唇が自分の唇と重なりあうのを感じ永遠に感じられた3秒間が過ぎた所で、御互いに真っ赤な顔をした私たちが本物の恋人同士となった一つの証を残す事が出来た事を見つめあいながら喜びあう。
「やっと、彼氏らしい事が出来て良かったのです!」
にかっ、と言う擬音がつきそうな望さんの笑顔に釣られて私も笑顔になりながら、私自身の本心を籠めて彼の言葉を認めたいと思う。
「はい。望さんは私にとって最高の彼氏です!」
その時の私の笑顔は望さんが言うには、今まで見た誰よりも綺麗な笑顔であったと照れ臭そうに彼は伝えてくれました。
◇
やがて月日は廻り、春を迎えた由利原学園には桜が乱れ咲き。
去年は居なかった大勢の少女達が新たな生徒として門を叩き、今年の入学式においても新たな風を送ってくれると期待されおり。
通学路を歩く卵である生徒達の様子を学園の屋上からワインレッドと黒を基調としたスーツに身を包んだ猫又と、気の良さそうなにこやかで50代程の緑で統一したスーツを着こなし、髪の毛がバーコードと化している鼻がやや尖った男性の二人が当校する入学生達を見詰めていた。
「いやはや、今年も大勢の生徒の皆さんが集まってくれましたね、猫又校長?」
「ええ。特に今年はきつ姉さん達の所の子達が5匹程来る見たいですよ、東右教頭先生?」
「いえいえ、我々カッパ族や初めて入学を申し込まれた狸族の生徒さん達だけに留まらず、海外からも色々とややこしい者達を引き受けさせられる見たいですので。今年はかなり忙しくなりそうですよ……やれやれ」
◇
勿論その入学生の中には望達、狐乃街稲荷山神社のメンバーもおり。丁度望を含めて学園の制服に身を包んだ3人のメンバーが連れ添い合いながら、手荷物を事前に宅配便で送っていた事もあり。筆箱辺りを制服のポケットに入れた手ぶらの状態で通学路を歩いていた。
「はえー。解ってはいたけど本当に女の子ばかりなのですー」
「もーう、今更何を言ってるのよ望お兄ちゃん? 由利原学園は種族の制限無く世界中の女性の学舎として設立された学園なのよ?」
「秋葉ちゃん凄いのです! そこまでスラスラと説明が出来るだなんて!」
「うん、だって入学試験の時に貰ったパンフレットに書いてあったからね?」
「秋葉お姉ちゃん……それは族に言う……カンペ読み?」
「こっ、細かいことは気にするなって夏魅お姉ちゃんが言っていたじゃない、風香!」
「夏魅お姉さんが言う事は……余り宛にするなと……神主様が言われていたよ?」
元々入学が決まっていた秋葉に続き、性別詐欺の望と暇潰しと言う理由で簡単に入学試験を通過して見せたフード少女の風香と一緒に、やがて正門をくぐり抜け。
あの事件から数ヶ月ぶりとなり、完全な復興を遂げている由利原学園に望が感心していた所で、横からまるで動物の尻尾を代弁するかのように大手を振って走ってくる少女に気づかされる。
「主殿ぉー!! 御逢いしとうございました、主殿ー!!!」
「要ちゃん!! 大声で叫び過ぎなのです!! あぶぅ」
そんな周りの目を気にする主の心配を余所に、瞳を煌めかせて望の胸へとダイブして再開の喜びを味わう。
「大声で叫び呼ぶのは当たり前です! 主殿が、学がない私を城に招き入れてくださり、勉学を教えてくださらなければ私はここに帰って来る事は出来ませんでした!!」
「あの短期間で何とか間に交わせる事が出来たのは、間違いなく要ちゃんが賢いお陰なのですよ?」
張り切りすぎる忠狸を宥める為に、散歩に出掛ける前の犬の様にはしゃぐ要の頭を望は苦笑いを浮かべながら撫でる。だが、そんな彼の姿を良く思わない者もいる。
「ふーん……あなたが兄さんを返り討ちにして見せた狐族ね……ただの田舎者にしか見えないじゃない。期待ハズレね」
「……そう言う悪口は本人の側で言うことじゃ無いのですよ?」
望の事を田舎者と称した少女の声がする方へと振り返るとそこには、どうやって染めたのかは解らないが薄い赤紫の前髪を左側半分を垂らし、右側をわけたロングヘアーに。ワインレッドの怪しく光る大きな目を持つ、望達と同じ制服姿の異質な美白の美少女が立っていた。
「あら、気に触りましたか? クスクス……わざと聴こえる様に言ってあげましたのよ。 狐族となった佐々木望ちゃん?」
「……この妖力の波長。あなたはもしかして」
望がそう言い切ろうとした所で、怪しげな美少女は望の隣をすれ違い様に微笑を浮かべて囁いていく。
「ええ。貴方を苦しめた大蛇族が一匹、名はサツキ。覚えておくが良いわ、それが貴方を監視する者の名なのですから……」
そう言って事前に学園側から集合場所として指定されていた広場へと向かうサツキと名乗る美少女に、何故か敵意を感じなかった望は彼女の後ろ姿をじっと眺めながら見送る。
「何なのよあの女の子?! 初対面の癖に望お兄ちゃんをバカにしてー!!」
「我が主殿を愚弄するとは、とんだ礼儀知らずの様ですね……!! 切腹させてお詫びをさせますので、しばし御待ちください主殿!!!」
「二人共に落ち着いてなのですー!!」
「波瀾の予感……やはり望さんの行く場所は……面白くなりますね……ふふ」
「人をトラブルメーカー見たいに言わないで欲しいのです風香ちゃん! ああ、要ちゃん刀を出したらメッ! って入学前に話し合ったのですよ?!」
望はこの時点で気づかされる。今まで起きてきた出来事は些細な序章でしかなく。
より大勢の者達が一人一人が違う思いと、将来を夢見て集まり会うこの由利原学園な魔境その物であり。
そんな新たに吹く洗礼と言う名の風を身に浴びせられるが、望は恐れるどころか覚悟を決めた勇者の様に正面から向き直る。苦しい逆境は永遠には続かず、何時かは覆す事が出来ると考える事が今は出来ているから。
「さあ、これからが本番なのです!」
今回、今までで一番長く。作品内の表現描写がプロのかた達と比較するとスカスカで有りましたが、満足して頂けたでしょうか? 空と向き合いたいという私の思いと、困難を乗り越えながら二人に成長していって欲しいと言う願いが込められた話でございました。
困ったときのきつ姉様と望の可愛い姿に空が興奮するシーン以外はかなり書いていて辛い話でしたが、そう言った思い出が辛い時を支えてくれると生きていて私自身が感じる部分でしたので、人間関係を語る上でどうしても必要だと感じて書かせて頂きました。
小さなすれ違いで生まれる別れも現実には山程ありますからね。
さて、最初投稿させて頂いた頃は最初から学園者にしようとしておきながら、色々調べていたら「うわっ……学園物の難易度高過ぎるだろ……」と言う、臆病風に吹かれて入学までとんでもなく期間があいた事と。
最初に設定した季節設定が11月と言う、入学シーズンである3月、4月までかなり期間を空けた設定であり。 狐美少女達といちゃつきたい! と言う煩悩にも負けた結果、泥沼の序章が続いて来た訳なのですが、遂に次章から望達が無事に入学を果たした本来の【狐の婿入り】が開始されます。
色んな資料集めや、作者がク◯マティ高校ばりの低学歴である為に誤魔化し誤魔化しの内容になると思いますが、引き続きお付き合いして頂ければ本当に嬉しく思います!
最後まで読んでくださった事に対する感謝をしつつ。御意見、御感想等があればお気軽にお書きください!




