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偽聖女だと言われ婚約破棄されました『コンヤクハキ』って何ですか?  作者: 一理。


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最終話です。


 クルーズ辺境伯領に戻ってから数日、アミーリアは不機嫌だった。


 教会にお祈りに行った時、お祈り後にルーファスはアミーリアと共にマクリーン司教にお茶を勧められちょうどいい機会だからとアミーリアに不機嫌の理由を尋ねた。


「ごめんなさい不快な思いをさせちゃった?」


 三人でソファーに座りほっこりするハーブティーと領民が差し入れてくれたというクッキーを前にアミーリアは眉尻を下げた。


「いいや、だけど理由を知りたくて。俺なんかした?」


「あっ!違うの。ルークに怒っているんじゃなくて第一王子殿下なの」


 そうか。無理やり連れて行かれそうになったんだ、怒るのも無理はない。


「ごめん、次からはもっとしっかりまも―――」


「本当の聖女様に失礼だと思うの!」


「は?」


「ええっと……フレデ……フレデリ様?が本当の聖女様だってボイデル司教様も第一王子殿下もおっしゃっていたでしょう?それなのにもう一度私を聖女にするとか!フレデリ様が可哀そうだわ!」


 ……アミーリアはまだあんな戯言(ざれごと)を信じていたのか!ルーファスは眩暈がした。


「アミーリアや、アミーリアは聖女様とはどんな存在だと思うんじゃ?」


 黙って話を聞いていたマクリーン司教が口を開いた。


「んーなんかドーンとバーンと凄い人。聖女様がお祈りすると辺りにパーって光が煌めいて病気も怪我も一瞬で治っちゃうし聖女様が『滅!』とか言うと魔獣が一瞬で消えちゃったり?」


 どこの世界の聖女様だよ、とルーファスは思った。それは聖女というよりもはや神だ……


「そんなことフレデリーカ嬢も出来ないだろう?」


「それは修行が足りないと思うのよ。なんて言ったってフレデリ様はボイデル司教様と王子様が認めた聖女様なんだから!王子様が信じて支えてあげればきっと凄いことが出来るわ!」

 

「魔獣に襲われた町から逃げ帰っただろう?」


「うん、それを聞いたときには腹が立ったんだけどね。聖女様も怖くて不安だったと思うの。聖女様の修業は沢山お掃除したり一日パン一個しか食べられなくて辛いでしょう?まだ修業途中だったとしたら無理ないわ。それなのに支えてあげないであんなことを言うなんて!王子様って酷いと思うの!!」


 怒りが再燃したらしく両手のこぶしを握り締めた後不意にアミーリアは言った。


「あのね、中央教会に居た時私物凄く苦しかったの」


 アミーリアはぽつぽつと話し始めた。


「おじいちゃんがいたときはまだ何もわからなかったんだけどね、お祈りの仕方とか色々なことを勉強していくうちに私は何もできないって思ったの。ボイデル司教様は修業が足りないって言って教会中のお掃除やお洗濯ややることがいっぱい増えたけど私は光すら出せなかった。それでも聖女様って言われて色々なところでお祈りさせられてその人たちに感謝されて。私にはディオーネール様にお願いすることしかできないのに。ディオーネール様はいつも『相分かった。力を貸そう』と言ってくださるけど」


 ん?なんか今凄いことを言ったぞ?

 ルーファスはマクリーン司教と顔を見合わせた。


「だからね、聖女じゃないって言われて物凄く嬉しかったの。ああ、これで辛い思いも苦しい思いもしなくてもいいんだってことも嬉しかったんだけど私が聖女様みたいな凄い人じゃないって気が付く人もいたんだなって。だって辛いことや苦しいことなんかしたくなかったし、お腹いっぱい食べたかったし、お洒落なんかもしてみたかったし。ディオーネール様にも毎日愚痴っちゃった。ディオーネール様はいつも怖い顔をしていて『そろそろ神罰を下すか』とか言うから、ああまだ修業が足りないんだなあとか、こっそりルークに食べ物を貰っちゃうのがいけないのかなあ、なんて思ったんだけどお腹が空いて耐えられなかったのよね」


「ちょっと待ってアミーリア。アミーリアはディオーネール神様とお話しできるのか?」


 焦ってルーファスが聞くとアミーリアはきょとんとして頷いた。


「お友達だから」


「え?日々のお祈りはどんなことをしているの?」


 アミーリアはちょっとばつが悪そうな顔をして言った。


「お祈りって言ってるけど本当はディオーネール様と世間話しているだけなの。あ!困っている人のところに行ってお祈りするときはちゃんと真面目にやっているわ。ディオーネール様もそういう時は厳かな感じ?だし。あのね、聖女じゃないって言われてここまでルークに連れてきてもらったでしょう?その時からしばらくお祈りしていなかったの。そうしたらディオーネール様が夢に出てきて『寂しいから前みたいに話し相手になってくれ』って。教会じゃないところでお祈りするときは声しか聞こえないんだけど教会でお祈りするとお姿も見えるの。お話しするときに相手のお姿が見える方が話しやすいでしょう」


「……それこそが聖女様なんじゃが……」


 マクリーン司教がボソッと呟いたがアミーリアは聞こえなかったようだ。


「ディオーネール神様は……その……アミーリアが聖女だと言わなかった?」


「うん、聖女じゃなかったんですって言った時も『アミーリアが笑っていられるならそれでいい』と仰って一緒に笑ってくださったの。ここに来てからはディオーネール様の機嫌が良くて私も嬉しいの。街で美味しいお菓子を見つけたって言うと『今度それを供えてくれ』とか時々おねだりもされるのよ」


 アミーリアの話を聞きながらルーファスは遠い目になった。

 アミーリアが聖女だということは疑っていなかったがまさか神を友達だと言って世間話をする間柄だとは……


「そうか……聖女じゃないか……それもいいじゃろう」


 マクリーン司教は独り言ちた。

 大司教として神の愛し子が出現したと神託を受けアミーリアを中央教会に迎えた。手厚く保護し、教育を施し、人々に尊敬される聖女にしなければと思った。しかしそれは人間の勝手だ。聖女だなんだと崇め奉るのもその力を利用しようとするのも人間の勝手なエゴだ。神はただ愛し子が幸せに笑っていればそれでいいのだろう。




 教会を辞し辺境伯領のお屋敷に帰った後、ルーファスはアミーリアに聞いた話を誰にも言わなかった。

 誰が信じるだろう?毎日のように教会でお祈りしている聖女が実はディオーネール神様と世間話をしているだけだなんて。

 でもそれでいいのかもしれない。アミーリアは毎日楽しそうだ。それを見つめるルーファスも楽しかった。





 しかしこのままでは終わらなかった。


「国王がクルーズ辺境伯領との一切の交易を禁止したようです」


 アーノルドが夕食に集まった辺境伯家の面々に告げた。


「ダニエル殿下が大規模な軍事侵攻をここに向けて仕掛けるという話もあります」


 アーノルドの報告を受けて辺境伯家の面々は考え込んだ。


「交易が止められるのはちょっと痛いかな?」


 辺境伯の言葉にルーファスが応えた。


「父上、隣国との交易の割合を増やしましょう」


「軍事侵攻は任せとけ!」


 バートランドがドンと胸を叩く。


「それより……」


 アーノルドが皆を見回して言った。


「独立しませんか?」


「「「独立?」」」


 アーノルドは一つ頷いて辺境伯に言う。


「ご主人様、いつから王宮に行っていませんか?」


「うーん、かれこれ十年くらいか?」


「ここ数年、王宮の使者が来ないことで何か不都合はありましたか?」


「……無いな」


「この領地は王家の庇護を必要としますか?」


「無いな」


「王家に愛着はありますか?」


「まったく無いな」



 独立しよう、そうしようとクルーズ辺境伯領はクラフト王国の王宮と各領地に向けて独立宣言をした。


 アーノルドはその際、独立を宣言する書と共に今までかき集めた王家の悪事や怠慢、ダニエルやフレデリーカの企み、また中央教会の腐敗など全てを書き連ねて諸侯に送り付けた。

 病気で引退したと言われていたマクリーン元大司教にも一筆書いてもらったので信憑性は増した。

 アーノルドは抜け目なく周辺諸国にも根回しをしていた。その為周辺諸国は静観を決め込んだ。一早くクルーズ新王国と国交を結びたいと申し出てくる国もあった。外交でもクラフト王国の王族は常に高飛車で欲深く人望が無かったのである。




 そうして独立宣言から半月。


 クラフト王国の半分の貴族とその所領がクルーズ新王国に帰属したいと申し出てきたのだった。

 すぐに帰属したいと言ってきたのは主にアミーリアが過去にお祈りをした地の領主だったが、それ以外にも現王家に愛想を尽かしている貴族は多かったのである。


 独立宣言に激怒したクラフト王国の国王はすぐさま軍隊を集結。

 クルーズ新王国に侵攻を開始した。総大将はダニエル第一王子。


 しかしクルーズ新王国に帰属を表明している領地の出身者など多数の退団者で騎士団はガタガタ。徴兵も思うように集まらず、クルーズ新王国の手前でバートランド率いるクルーズ新騎士団と激突したクラフト王国の軍隊は初戦であっけなく敗れ去りダニエルは王都に逃げ帰った。


 これによりクルーズ新王国に帰属したいと願う諸侯が増え、かつての王国は領土を五分の一に減らした。残ったのは王家直轄地とフレデリーカのティリット侯爵領、アーノルドの実家でクラフト王国宰相のセイヤーズ侯爵領とその庇護下にある数家の領地だけだった。クラフト王国の命運は今や風前の灯火であった。







 そしてクルーズ新王国の樹立記念式典の日、新たな知らせが飛び込んできた。


「陛下、クラフト王国の王都で大規模な暴動が起きたようです」


 クルーズ新王国の初代宰相になったアーノルドが初代国王のクルーズ元辺境伯に告げた。


 領土を大幅に失ったクラフト王国の国王は憤懣やるかたなく再びクルーズ新王国に攻め入ろうとしていた。その準備の為、民から食料や金品を強制的に徴収し、多くの民を徴兵した。国王の圧政に耐えかねた民衆は一斉に武装蜂起した。その動きは瞬く間にクラフト王国全てに広がった。


 クルーズ新王国はその動きを注意深く見守っていたが独立した以上他国の出来事である。介入は憚られた。……民衆が不利になったらこっそり介入しようと思っていたが。


 クルーズ新王国が介入する必要も無く軍配は民衆側に上がった。


 王族、国王や王妃、第一王子、第二王子始めティリット侯爵、セイヤーズ宰相など高位貴族は民衆が取り囲む王宮の前広場に引きずり出され処刑されたようである。


 そのことを聞いてアミーリアは痛ましい表情を浮かべたが何も言わなかった。


 殺されたのは王族ばかりではない。戦いで沢山の民衆が命を失ったのだ。その戦いを引き起こした原因は国王の圧政であり、そもそも多くの貴族が離反しクルーズ新王国に帰属したのは欲深く災害が起こった領地にも何の手助けもしない国王や宰相など王宮の中枢にいた人たちが自ら招いたことだった。国王は聖女さえ手の中に握っていれば全ての望みが叶うと思っていたし、聖女の価値を知らないダニエルは逆に自分の欲望に忠実に聖女アミーリアを排除しようとした。


「……フレデリ様は?」


 アミーリアの問いかけにルーファスは答えにくそうだった。それでも真実を隠す訳にはいかない。


「多くの貴族の女性や子供は身分を剥奪されるだけで放逐されたそうだけど……フレデリーカ嬢やボイデル大司教は聖女を詐称したとして処刑された」


「……聖女を詐称……」


「彼女は聖女では無かったんだ。……聖女なんてこの世にはいないのかもしれないね」


 






 王族や聖女の末路を聞いてアミーリアは少し落ちこんでいたが落ち込んでばかりもいられない。クルーズ新王国はまだ国として成り立ったばかりで国王になった辺境伯を始めルーファスやバートランドも多忙な日々を送っている。いつの間にかルーファスの婚約者になっていたアミーリアもまた然り。


 アミーリアはいつの間にか再び王子の婚約者になっていたのだ。ルーファス第二王子の。


 平民が第二王子の婚約者になるなんて恐れ多いと思う。けれどアミーリアはもうルーファスと離れることなど想像できなかった。辺境伯領に来てからいろいろなことを学ばせてもらった。右も左も難しい言葉もわからなかったコンヤクハキされたあの夜会の時よりアミーリアも少しは成長したと思う。


「これからも頑張るからルークの隣に居ていいかな?」


 アミーリアが聞くとルーファスはアミーリアをぎゅっと抱きしめて言った。


「俺も頑張るからアミーリアに隣に居て欲しい。っていうか隣に居てくれなくちゃ嫌だ。アミーリアが王子妃が嫌だと言うならすぐに俺も平民になるから」


 それを聞いてバートランドが叫んだ。


「狡いぞ!俺は……俺こそが王太子なんて柄じゃないんだ!!」



 アーノルドはやれやれと肩をすくめながら独り言ちる。


「無欲で情に厚く正義漢。結構王太子に向いていると思いますけどね。水面下のあれこれは僕に任せてもらうとして。まあマデルート侯爵始めクラフト王国の良識派貴族だった人達が力を貸してくれますから新王国もなんとかやっていけるんじゃないかな」







 一年後、アミーリアとルーファスは結婚した。

 新王国は未だバタバタと落ち着かないが何とかうまく回っている。アミーリアはよくディオーネール様に新しい国でみんなが幸せになれますようにとお願いしているのでそのおかげもあるかもしれない。


 アミーリアとルーファスの結婚式はクルーズ新王国の初代大司教になったマクリーン司教が取り仕切った。アミーリアとルーファスの誓いのキスの時、空から沢山の花が降り注ぎ二人を眩い光が包んだのだが目を瞑っていたアミーリアは気が付かなかった。





 そうして王子妃になったアミーリアは今日も教会に出かける。


 ディオーネール神様と世間話をするために。ルーファス王子と手を繋いで歩いていく。





―――(おしまい)―――



最後まで読んでいただきありがとうございました。

できましたら評価やブクマをしていただけるととってもとってもとっても嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
この世界に、聖女はいなかったが、神の愛し子は間違いなく存在していた
[一言]  面白かったので、イッキ読みしました。  スッキリしていて、とても良いお話でした。
[一言] 面白い作品でした。
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