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星と月と太陽  作者: 水無月
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おまけ:中3のバレンタイン(月也・星良・太陽)

「月也くん、これ」


 照れくさそうにほんのりと頬を赤く染め、可愛くラッピングされた箱を受け取った月也は眼鏡の奥の瞳を三日月型に細めた。


「ありがと。大事に食べるよ」


 月也の返事に嬉しそうに微笑むのは、クラスメイトの一人で現在の月也の彼女。月也が義理か本命か際どいチョコを既にいくつか受け取っているのは知っているが、付き合っている限り浮気をしないのを知っているので、不安には思っていない。


 むしろ、モテる彼と付き合っていることに少し優越感を感じているくらいだ。


「ねぇ、今日は一緒に勉強しない?」

 

 甘い声で、彼女は誘ってみる。


 受験生で互いに第一希望は公立高校のため、バレンタインだからといってデートしようと誘える余裕はない。でも、成績優秀な月也と勉強できれば頼りになるし、一緒にいる時間も増えていいことづくしだ。


 だが、彼女のそんな期待は笑顔であっさりやぶられる。


「ゴメン。太陽と約束あるから。これ、ありがと。じゃあね」


「え……」


 驚いた彼女が引き留めるまもなく、月也は足取り軽く親友の元へと去って行く。


 バレンタインに彼女といることよりも親友との約束の方が楽しそうってどういうこと? という心の突っ込みを口にする間もなかった。



 月也以上にチョコを大量にもらった太陽は、両手に紙袋を持って玄関で持っていた。月也を待っている間に、また量が増えている。


「お待たせ」


「いいの?」


 廊下の向こうでぼう然としている彼女が見えたのだろう。苦笑いを浮かべている太陽に、月也はいいよと軽く返すと、靴に履き替えて学校を出た。


 学区外の神崎道場に向かっている二人の周りからは、徐々に自校の生徒の姿が減っていく。周りに誰もいなくなった時点で、月也は彼女からのチョコ以外を太陽の持っている紙袋に放り込み、彼女からのチョコはカバンの一番下に隠した。


「……月也?」


 不審そうに親友を見つめる太陽に、月也はニコリと笑む。


「帰りにはちゃんと持ってくから、ちょっと持ってて」


「いいけど……」


 疑わしげに見つめる太陽を軽く流し、月也は足取り軽く神崎家の門をくぐる。同じ高校を受験する予定の星良と三人で勉強をする約束だった。一緒に勉強しようと言ってはいるが、実際は成績優秀な太陽と月也と同じ高校に入れるように、ぎりぎりの成績である星良のための勉強会だ。


「太陽、今年もいっぱいだね」


 もらった物は律儀に食べる太陽の性格を知っている星良は、山盛りのチョコを持った太陽に苦笑を浮かべた。そこに嫉妬の影はなく、あるのは同情や胃袋の心配だけだ。


「月也は?」


 いつもと変わらぬ荷物しかない月也に視線を移した星良に、月也はわざとらしく溜息をつく。


「もらってるように見える?」


「いや、見えない」


 即答する星良。太陽が何か言いたげにちらりと月也を見たが、月也は気づかないふりをする。


「そんな可哀想な僕に、星良さんからの愛の手は?」


「しょうがないなー」


 哀れな子羊を演じる月也に、星良は嘆息すると席を立った。どうやらチョコを取りに行ってくれたらしい。ニヤリと笑んだ月也を、太陽は半眼で見つめる。


「月也、彼女からも、それ以外の女子からもチョコもらってるよな?」


「それ言うと、星良さんからの義理チョコもらえないでしょ」


 星良にとって、月也はガキっぽくてもてない男である。月也がわざとそう演じている。その方が、星良の傍にいやすいからだ。


「月也がそんなにチョコ好きだとは知らなかったな」


 太陽のからかうような言葉に、どうとでもとれるような笑みを返したとき、ぱたぱたと星良が戻ってきた。左手にはなんの飾り気もない板チョコ。右手には大きなハート型のせんべい。


「はい、太陽。甘い物ばかりだと大変でしょ」


 そう言って、星良はせんべいの方を太陽に渡す。大量のチョコレートをもらう太陽にさらにチョコを増やすより、しょっぱい物で口直しした方がいいのではという星良の気遣いらしい。


「ありがとう、星良」


 嬉しそうに笑んで、太陽は大切そうに両手でそれを受け取った。大量のチョコレートとは別に、大事そうにカバンにしまう。


「で、月也はこれね」


 義理チョコを絵に描いたようなただの板チョコ。月也も両手で受け取り、それをじっと見つめる。


「ありがとう、星良さん。でもせめて、バレンタインバージョンのパッケージのを買うとかいう選択はなかったのでしょうか……」


 ハートの影の形もない、銀紙に包まれたチョコを茶色の紙で巻かれたおなじみのチョコを、ちょっぴり寂しげに見つめる月也。星良は呆れた眼差しを月也に向ける。


「別に、中身は一緒だからいいじゃない。去年はチロルチョコ一個で量が少ないって文句言ったから、量は増やしたよ?」


 チロルチョコ一個約10グラム。板チョコ一枚約55グラム。確かに量は増えている。


「お気遣いありがとうございます」


「まぁ、月也にも勉強みてもらってるから、一応ね」


 星良からすると、バレンタインにチョコの一個ももらえない可哀想な月也に、勉強のお礼を兼ねてのただの義理チョコ。女子中高生が集まるバレンタインコーナーに混じるのに抵抗を感じ、普通のお菓子売り場で買うことにしたのだろう。


 それでも月也は受け取ったチョコを嬉しそうにカバンにしまう。彼女から受け取った手作りの本命チョコよりも、大事そうに。


「じゃ、はじめよー!」


 問題集を開いて気合いの声を上げた星良にならい、月也と太陽も筆記用具を用意する。


「もうちょっと頑張らないと、星良さん危険だもんね」


「き、危険とか言わないでよ!」


「現実を受け止めて頑張らないと、同じ高校にいけないよ、星良」


「うぅ……」


 うなだれる星良を温かく見守りつつ、自分の勉強もしながら星良の勉強も見る二人。


 恋心のかけらも見えない星良だが、太陽も月也も、受験に必死な星良が用意してくれたバレンタインの贈り物を嬉しく思う幸せな日であった。



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