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星と月と太陽  作者: 水無月
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憎むよりも

 「星良さん、ちゃんと聞いてた?」


 本気で呆れた声の月也に、星良はノートに書きかけた数式を前に深々と溜息をついた。


 何が起こっても、時は同じように過ぎていく。


 唯花の関わった事件は、数日後には他の新たな事件に上書きされるかのように報道されなくなっていた。周囲にいたマスコミもいなくなり、生徒たちは変わらぬ日常に戻っていた。クラスメイトだけは主のいない机を見てそれぞれ何かを思っているようだったが、ある日机が撤去され、唯花の退学を知ると、期末テストの勉強に追われるように彼女のことを口にする者はいなくなっていった。


 星良も気にならないわけではないが、月也の怪我の治り具合だったり、ひかりの心の傷の具合だったり、太陽とひかりのことだったりと、身近な事に心を寄せていると、唯花のことを考える余裕はなくなっていった。現在は、テスト勉強が最大の敵だったりする。生活に追われると、自分と身近な人以外のことは後回しになってしまうらしい。



「ちゃんと聞いてたけど……」


「じゃあ、説明聞いても理解できてないってことだよね。もう一度最初から説明する? っていうか、ちゃんと授業きいてたらできると思うんだけどな」


「……すみません」


 放課後、神崎家の居間でテスト勉強中の星良と月也だが、実際は月也が星良の家庭教師になっている状態だ。月也の怪我はだいぶ回復しており、つい先日ギプスもとれ、今は筋力を取り戻すためのリハビリ中。道場の稽古に出るにはまだ時間がかかるし、部活もやっていないため、病院に行かない日の放課後は暇だからと、星良の勉強に付き合ってくれている。


 いつもはふざけたり優しかったりする月也だが、家庭教師モードに入ると浮かべる笑顔と裏腹にとても厳しい。


「じゃ、もう一度解いてみて」


 一通り説明を終えた後、再び問題を解かせる月也。星良は必死に考えながらノートに数式を書いていく。眼鏡の奥の月也の鋭い眼差しに緊張しつつ、道場の稽古を終えてからひかりを迎えに行った太陽の到着を心から待つ。太陽も教えてくれるときは厳しいが、もう少し優しい。


「……星良さん、太陽まだかなーとか思ってるでしょ」


「っ⁉︎ いや、別にそんなこと……」


「太陽ならもう少し優しいのにって顔に書いてあるけど?」


「そ、そんなことないってば!」


「目が泳いでますよー、星良さん。余計な事考えてないで、さっさとこの問題といてくれます?」


「は、はい」


 どうして月也はいつも自分の考えてることを当ててしまうのか疑問に思いつつ、問題を解いていく星良。今度は途中で止められることもなく、答えまでたどり着ける。 おずおずと月也を見上げると、月也は眼鏡の奥の目を三日月型に細めた。


「はい、よくできました。ちょっと休憩する?」


「できればしたいです」


 何故か敬語になっている星良をみてクスッと笑うと、月也は星良の母が用意していったポットからお湯をついでお茶をいれてくれた。


「僕だって、好きで厳しくしてるわけじゃないからね。赤点とったらクリスマスが台無しになるから心を鬼にしてるんだよ」


「わかってます……」


 この期末で赤点を出せば、冬休みの補習に強制参加となる。年末年始はさすがに休みだが、クリスマスはアウトだ。


「でもさ……いいのかな、クリスマスも一緒で……」


 お礼を言ってから受け取った湯飲みを両手で持ちながら、星良はぽつりと呟いた。


 クリスマスは、太陽とひかり、月也に星良の四人で過ごす約束をしている。しかし、太陽とひかりは付き合っているわけだし、本当は二人で過ごしたいのではと気がかりなのだ。ひかりから誘ってくれたが、気をつかっているのではと心配になる。


「そこは星良さんが嫌じゃないなら、気にしなくていいんじゃない? 星良さんと一緒の方がいいんだと思うよ、久遠は」


「あたしは、全然嫌じゃないけど……」


 二人が目を合わせて微笑んでいるのをみて、まったく心が騒がないわけではない。でも、もう乗り越えられる自信はあった。少なくとも、月也が一緒にいてくれるなら大丈夫だ。


「久遠は星良さんのこと大好きだし、それに、まだ一日二人きりは緊張するんじゃないかな、いくら太陽が紳士だとしても」


「……そう、かな」


 ひかりが危険な目にあって以降、太陽は毎日ひかりの送り迎えをしている。だが、ひかりの部活が忙しいこともあり、デートの機会が少ない上に、遊びに行くときは星良と月也も誘われて一緒だ。だから、クリスマスくらいは二人きりの方がいいのかと思っているのだが……。


「太陽も、今はみんなで楽しく過ごす方がいいと思ってるみたいだよ」


「うん……」


 最悪の事態は防げたとはいえ、襲われた恐怖は未だ深くひかりの心に刻まれているのだろう。ひかりが不安を口にすることはないが、一緒にいる太陽はそれを感じ取っているに違いない。だから、二人きりよりも皆で遊ぶことを選んでいるのだと思う。


「やっぱり、あいつら許せない……」


「まぁ、視界に入る度に星良さんがそうやって睨むから、びびって二度としないとは思うけどね」


 湯飲みを割りそうな勢いで怒りを露わにした星良に、月也は苦笑を浮かべながら答えた。心中でそっと、唯花の事を黙っていて良かったと思う。星良やひかりが知ったら、心の負担が今以上になるのは間違いない。


「星良さんは久遠と一緒にいてあげて、楽しく遊ぶのが一番なんじゃないかな。久遠の心の傷が癒えるには、きっと時間も必要だから」


「うん。あいつ等しめたところで、ひかりの傷が癒えるわけじゃないもんね」


 顔を見るためにぶちのめしたくなるが、それで何かが解決するわけじゃない。 心の痛みは、誰かを傷つけることで癒やされることはない。それは、自分の心にも言えること。太陽に失恋し、その相手であるひかりが傷ついても、少しも嬉しくなどなかった。ざまあみろとも思えず、寧ろ傷つけるきっかけをつくった自分が許せなかった。哀しみが増しただけだ。


 傷を癒やしてくれたのは、たぶん、月也の優しさだ。そばにいて、いつも自分の為を思って行動してくれる。誰かを憎むのではなく、傷つけるのではなく、誰かの優しさに触れることで、傷は少しずつ癒やされる。


 それならば、自分も誰かを憎むのではなく、ひかりに優しくあることでその傷を癒やしてあげたい。 ひかりの隣に、笑顔でいてあげたい。


「その為にも、星良さん勉強頑張ってね。数学と英語、今のままだとやばいからね?」


「…………」


「そこ、目をそらさなーい」


 決意を新たにした傍から厳しい現実をつきつけられ、星良は逃げるように縁側の方に目を向ける。その先に、玄関に向かって歩いてくる太陽とひかりの姿を見つける。


「ひっかりー!」


 大声で呼んで手を振ると、外灯に照らされたひかりと太陽が笑顔で手をふりかえした。


 胸が痛むより前に、二人並ぶとやっぱり美男美女でお似合いなんだとのほほんと思う。そして、そんな暢気なことを思えるのも、月也がいてくれるからだと認めざるをえない。


「星良さんさー、太陽や久遠のほうが優しく教えてくれるーとか期待してるでしょ?」


「期待というか事実でしょ?」


「どうかなー?」


 にやりと笑った月也を半眼で見かえした星良だったが、数分後には自分の認識が間違っていたことに気づかされた。最初は笑顔で教えてくれていたひかりと太陽だったが、予想以上の星良の出来の悪さに、その笑顔が凍り付くのには時間がかからなかった。


 クリスマスを一緒に過ごすため、笑顔を浮かべながらも厳しい三人に囲まれ、星良はしばらくの間、必死に勉強をすることとなったのだった。

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