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星と月と太陽  作者: 水無月
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隣で

「高城くん、退院できてよかったね」


 嬉しさを顔中に広げたような笑みを浮かべてそう言ったのはひかり。


「犯人も、無事捕まったしな」


 ホッとしたように微笑んだのは太陽。 だが、二人に左右から見つめられた星良は、微妙に顔をしかめていた。


「……うん、そうだね」


 ぼそっと心のこもらない相づちをうった星良を見て、ひかりと太陽は目を合わせると苦笑を浮かべた。



 月也が襲われてから約二週間、月也は無事退院した。登校は明日からする予定だ。


 犯人たちは一部逃げていた者も含め全員逮捕された。月也を襲ったグループは詐欺も行っており、今はそちらの捜査もされている。それに関連して、星良のクラスメイトの唯花が補導されたのが昨夜。未成年のため、情報公開はされていないはずだが、人の口には戸がたてられない。どこから漏れたのか、学校では今朝からその話で持ちきりだった。


 月也は完治こそまだ先だが、後遺症もなく、順調に回復している。犯人も全員逮捕。それ相応の処罰をうけるだろう。


 喜んでいいはずなのだが、星良の心はも靄がかかったようにスッキリとしていなかった。



「星良さん、そこは嘘でも笑顔を浮かべるところでしょ」


 自室のベッドの上から苦笑を浮かべて突っ込んだのは月也。退院した月也の自宅に三人で見舞いに来ているのだ。


「だって……」


 今の気持ちをうまく表現できず、星良は唇を尖らせた。月也が無事だったのは嬉しい。嬉しいが……。


「入院中はずっと付き添ってくれて、目が覚めたときは泣いて喜んでくれて愛を感じたのにっ!」


「なっ……⁉︎ か、勝手に感じないでよっ! と、友達として心配しただけだからねっ!」


 顔に両手を当ててさめざめと泣くふりをする月也に、僅かに顔を赤らめながら否定する星良。月也が両手を顔に当てたままクスクス笑っているのを見て、唇を尖らせる。


「人がどれだけ心配したと思ってんのよ……」


「はい。ごめんなさい」


 謝りながらも幸せそうな笑みを浮かべている月也に、星良は嘆息し、ひかりと太陽は微笑んだ。 集団で暴行されてトラウマが残りそうなものなのに、星良に心底心配されたのが相当嬉しかったらしい。目が覚めてからの月也は、上機嫌だった。


 反対に、星良の機嫌は悪い。


「星良さん、犯人逮捕に関われなかったからって、そんなにすねなくても」


「すねてないっ」


 言い返したものの、機嫌が悪い理由は当たってた。結局、自分が何か行動を起こす前に、犯人は警察によって逮捕されてしまった。当然の事なので文句は言えないが、悔しさがずっと胸に残っている。


 どんなに強くなろうが、所詮、自分はただの高校生。捜査に加わることは当然できない。誰かを守るときならともかく、復讐で相手を倒すのはただの暴力だ。自分の中で正当な理由があったとしても、許される行為ではない。


 無力感や、歯がゆさが、星良から笑顔を奪っていた。


「犯人もちゃんと処罰を受けるんだから、よしとしません? 奴らが詐欺罪でも裁かれるきっかけになったわけだし」


 機嫌を伺うように月也に尋ねられ、星良は小さく息を吐いた。


「うん。そう……だよね」


 落ち込んだところで、何もできないのは変わらない。今度は、何かが起きる前に止めることを心がけるしかない。


「それにしても……水多さんまで捕まっちゃうなんて、びっくりしたね」


 詐欺罪という言葉から連想したのか、ひかりが憂い顔で話題を変えた。ぴくっと表情筋が不自然に動きそうだった太陽に対し、月也は顔色一つ変えずにその話題にのる。

「誰と付き合おうが勝手だけど、犯罪に手を貸したら同情の余地はないよね。このタイミングで奴らと付き合ってたなんて、運にも見放されたんじゃない?」


 実際は、唯花と関係を持ったが故に彼らが捕まったので、運に見放されたのは彼らの方かもしれない。 だが、その事実は星良やひかりには内緒だ。


「ほんと、何やってんだか……」


 呆れたように呟きながらも、クラスメイトの補導は星良も少なからずショックを受けていた。好きな相手ではないが、ざまあみろと思えるほど嫌いなわけでもない。男に媚びているように見える唯花を毛嫌いせずに向き合っていたら、道を間違える前に気づけてあげたのではと、少し後悔する。


「大丈夫かな、水多さん……」


「学校、どうなるんだろうね。辞めさせられちゃうのかな……」


 自分たちに決して好意的ではなかった唯花を心配するひかりと星良を、男子二人は優しく見守る。こんな二人だから、唯花がした卑劣な行為を知らせたくなかった。 他人からの悪意より、知り合いからの悪意の方が胸に痛い。その痛みを憎しみや嫌悪に変え、胸に抱くのも辛い。


 それならばいっそ、知らぬままの方がいい。


 それが月也の考え。太陽もそれに同意した。彼女は、もうひかりや星良に何かすることはできないだろうし、させるつもりはない。彼女が自由の身になった後の動向も、月也はきちんと探るつもりでいた。


「これからどうなるのかわからないけど、彼女が心から罪を償うことを願おう。それに、彼女がもし助けを求めて手を伸ばしてきたら、受け止めて支えてあげればいいんじゃないかな」


 太陽の温かな声に、しゅんとしていたひかりと星良はこくりと頷いた。自分たちにできるのは、きっとそれくらいだ。目に入る全ての人を救えるほどの力などない。


「もっと、強くなりたいな……」


「世界征服でもするおつもりで?」


「ちっがーう!」


 真面目な呟きへの月也のつっこみに、星良は唇を尖らせた。


「そうじゃなくて、せめて自分の傍にいる人くらい、傷つけずに守れるようになりたいって……」


 言いながら恥ずかしくなって語尾が弱くなるが、そんな星良の手を、ひかりがきゅっと握った。


「今でも、ちゃんと守ってくれてるよ。それに、星良ちゃんがそう思うように、星良ちゃんの周りにいる人は星良ちゃんのこと守りたいって思ってる。だから、一人で頑張らなくていいんだよ」


「ひかり……」


 可愛い笑顔と共にそう言われ、女子相手にきゅんとする星良。思わずがばっとハグする。


「いいなー。僕もしてほしいなー」


「そういうことを口にするから、してもらえないんだろ?」


 ふざける月也に、冷静につっこむ太陽。ひかりを抱きしめつつ、星良もひかりもくすっと笑う。 星良が微笑んだのを見たところで、太陽が立ち上がった。


「久遠さん、そろそろ送ってくよ」


 ひかりの部活が終わるのを待ってから来たので、日はとっくに暮れている。


「あ、じゃあ、あたしも……」


「星良は月也の夕飯につきあってあげなよ。ひとりじゃ大変だろうし」


 太陽に笑顔でそう言われると、断る理由が見つけられない。月也の兄は自分の家に帰っていったし、ご両親は仕事で遅くまで帰らないと聞いている。差し入れに夕飯を買ってきているが、四人で食べるほどの量はない。かといって、怪我人一人で食べさせるのも可哀想だ。ひかりだってまだ心の傷が癒えていない中、月也にいつまでも付き合わせるのも気が引けるし、彼氏が彼女を送っていくところを邪魔するのもどうかと思う。


「……うん、わかった」


 太陽と月也の笑顔に、なんだかはめられたような気がしなくもないが、別に傷ついたりはしなかった。


 月也の事件で気が動転している間に、太陽への失恋の傷がどこかにいってしまったような気もする。太陽が、自分が月也の傍にいるようにしむけていたとしても、哀しい気持ちにはならなかった。


 玄関まで二人を見送ってから、星良は隣に立つ月也をちらりと見上げる。片足を骨折しているので松葉杖をつき、頭部を切り、腕や身体の打撲もひどいので、あちこちに包帯を巻いている。内臓の損傷がなかったのが奇跡的なほどボロボロだ。

 星良に見つめられているのに気づいたのか、星良を見て、月也が目を三日月型に細めて微笑む。



 月也が隣で笑ってくれている。



 当たり前のように感じていたその事実が、今はすごく幸せだと感じた。


 太陽とひかりを玄関で見送ってから、星良と月也はリビングに移動した。純和風な神崎家とは違い、大きな窓のある白を基調とした広々としたリビングは、まるで高級住宅のモデルルームのようにオシャレだ。道場が併設され、常に誰かの気配を感じる神崎家と違い、月也の家は静かで、星良はこの広い家に二人きりだと改めて意識した。そのとたん、何故か鼓動が早まった。


「えっと、キ、キッチン借りてもいいかな?」

 

 差し入れの夕飯は幾つかの惣菜を買って来たので、温めたり皿に盛り付けるだけでいいものだけだ。うるさく感じる心臓の音を早くなんとかしたくて、とりあえず作業にとりかかろうとする星良。だが、月也は松葉杖をつきながら、大きな窓へと向かう。


「いいけど、星良さん、もう腹ペコ?」


「え? いや、別にそれほどは……」


「じゃあ、先に一つお願いしてもいいかな?」


 微笑みながらそう言って、閉じられていた厚いカーテンを開ける月也。日が落ちて暗くなった庭がぼんやりと見える手前に、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて座っている柴犬の姿があった。


「凛ちゃん!」


 すっかり頭から抜け落ちていた月也の飼い犬の存在に、星良はホッとしながら窓際に向かう。凜がいると思っただけで、二人きりという緊張が解かれた。


「あんまり遊んでやれなくてゴメンな、凜」


 窓を開けた月也がそう言いながらしゃがもうとしたので、星良は片足が不自由な月也に手を貸してその場に座らせた。凜は嬉しそうに尻尾を振りながら、前足を月也の膝の上に乗せる。月也は愛おしそうに目を細めると、凜の顔を両手で撫でた。


 おそらく、自宅に帰って真っ先に声をかけてはいたのだろうが、星良たち三人とゆっくり話すために、凜とのふれあいは遠慮していたのだろう。可愛くてしょうがないというように、月也は凜の顔に頬をよせている。


「凜ちゃんも心配したよ、きっと」


 ぺろぺろと月也の傷のない頬をなめている凜を見つめながらそう言うと、月也は苦笑を浮かべた。


「そうだね。凜の元気がなかったって、兄さんも言ってた」


 ゴメンなーと言いながら、凜の首を抱く月也。凜はすりすりと自分の顔を月也の髪にこすりつけている。


「月也って、凜ちゃん大好きだよね」


 なんだか微笑ましくてふふっと笑った星良を、凜からゆっくり顔をはなした月也は目を細めて見つめた。


「うん、大好きだよ。いつも癒やしてくれるし……大好きな人が救ってくれた命だからね」


「?」


 星良が小首を傾げると、月也の手を離れた凜が、今度は星良の膝の上に足を乗せた。嬉しそうに尻尾を振る凜の頭を、星良は満面の笑みで撫でた。


「凜ちゃん、危ない目にあったことがあるの?」


 今は元気いっぱいに見える凜を見つめながら尋ねると、月也は小さく頷いた。


「子犬の時、心ない奴らに虐められたんだ。助けが入らなかったら、凜の命は危なかったと思う」


「そうなんだ……」


 どうしてそんなことをする人間がいるのか悔しいような哀しいような思いで目の前の凜を見つめる星良。澄んだ黒い瞳は相手を信じ切った優しい目をしている。愛されて育ったとわかる、穏やかな表情。月也が大事にしている証拠だ。


「よかったね、凜ちゃん。いい人に助けられて、月也に育ててもらって」


 ぺろりと凜に頬をなめられてくすぐったがっていると、隣に座る月也がクスっと笑う。星良は少しだけ唇を尖らせた。


「慣れてないから、しょうがないでしょ」


「そうじゃなくて」


 くすぐったがった表情を笑われたのかと思ったが、そうではないらしい。月也は凜をよんで自分の方に来させると、凜の頭を撫でながら三日月型に目を細めた。


「星良さんが、自分のことをいい人って言うから」


「? そんなこと、言った覚えないけど」


 困惑して眉間にしわをよせた星良から視線を外し、月也は凜を見つめた。くしゃくしゃと両手で凜を撫でながら、口を開く。


「言ったよな-、凜。いい人に助けられてよかったって」


「? それは言ったけど……ん?」


 微妙にひっかかったが答えに至らない星良を、月也は横目で見る。そして再び凜を見つめながら嘆息してた。


「星良さんって、ほんと鈍いよね。僕の大好きな人って、星良さんしかいないって言ってるのに」


「なっ……って、え? 何? どういうこと?」

 

 月也の言葉に頬を赤く染めつつ、混乱に陥る星良。ちょっと整理しようと、さっきからの会話をふりかえる。


 大好きな人が救ったと言った月也。いい人に助けられたと言った星良。月也は星良が自分をいい人と言ったといい、大好きな人は星良だけだという。


 つまり……。


「え? あたしが凜ちゃんを助けたの?」


 自分の出した答えに驚いて月也を見ると、月也は凜をぎゅうっと抱きしめた。


「凜、星良さんやっとわかったみたいだよ。忘れられちゃってて、哀しいね。凜は星良さんのことちゃんと覚えてるのにね-」


「え? え? いつ? どこで⁉︎」


「ほらー、すっかり忘れてるよー。ひどいよねー」


 文句を言っているようで、口調は嬉しそうな月也。凛とともに、星良を見つめる。


「でもそれだけ、誰かを助けるのが当たり前だったってことだよね、記憶に残らないくらい」


 月也の眼差しの優しさに、星良の鼓動は再び早まった。


「そ、そんなことないよ。月也は、あたしのこと買いかぶりすぎ」


 ドキドキするのを隠すように、星良は月也から目を反らす。窓の外の外気は冷たいはずなのに、体温があがるのがわかる。とくに、月也の座る左側が熱い。


「いや、買いかぶってはないよ。ちゃんと、色気が足りないとか、ちょっとおばかさんとか思ってるし」


「悪かったわねぇ!」


 ちょっとけなされて、反射的に言い返すと、凜はびくっとし、月也は楽しげにククッと笑った。


「でも、そこも含めて好きだから、いいんだよ」


「っ……」


 けなされたと思ったら再び持ち上げられ、星良は真っ赤になって言葉を失う。月也は再び凜を撫でながら、ふわりと優しく微笑んだ。


「六年も経っちゃったけど、凜を助けてくれてありがとう、星良さん」


「……本当に、あたし? それなら、なんで言ってくれなかったの?」


 星良は六年前のことは覚えていない。月也と出会ったのは、中一の春で、もうすぐ四年目になると思っていた。それ以前に会っていたなら、中一の春に言ってくれてもよかったはずだ。


「だって……」


 めずらしく、少しすねたような表情をする月也。凜の肉球を触りながら、横目で星良をちらりと見る。


「せっかく会えたと思った好きな人は、自分のことを全く覚えてない上に、どう見たって太陽のことが一番好きだったからさ。忘れられた上に失恋確定じゃ、初対面の振りする方がダメージ少なかったんだよ、ナイーブな少年としては」


「私の記憶では、ナイーブな少年なんていなかったけど?」


 初対面から今の月也と変わらないイメージしかない星良は思わずつっこんだが、ふと最初のフレーズを思い出す。


 『せっかく会えた好きな人』ということは、月也は六年も前から自分を好きだったということか……。


 その間、他の人と付き合っていた事実は知っているが、かおるクラスの美女と付き合って尚、ずっと想っていてくれた。星良が覚えていない六年前の出来事からずっと。


「星良さんの傍にいたかったから、演技したんだよ。ケンカ友達の方が、自然と一緒にいられそうだったから」


 なんでそこまで、と思う。ただ子犬を助けたくらいで、なんでこんな自分を想い続けられるのかわからない。そんな魅力が自分にあるとは、到底思えない。


「だから、嬉しいね、凜。星良さんとこうやって一緒にいれて。素直な気持ち、口に出せて」


 ワゥッ! っと返事をする凜。いつもの悪戯な笑みではなく、優しい素直な笑みの月也。 どうしていいのかわからなくて、星良は俯いた。


 ひかりを傷つけてしまうほどに太陽が好きだったはずなのに、どうして今、月也にこんなにもドキドキするのか……。月也の想いに申し訳ない気持ちが強かったはずなのに、どうして今は嬉しいと思ってしまうのか……。


 自分は思ったよりも浮気者なのかと疑ってしまう。


「生きてるって、大事なことだねぇ」


「……一応、反省はしてるのね」


「そりゃあね。生きてるからこそ伝えられるし、守れるからね」


 凜を撫でつつ、月也は星良を見つめていた。その視線が、なんだか眩しい。


「そうだよ。だから、もう無茶したらダメなんだからね。凜ちゃんだって、寂しがるよ」


 太陽とは違う温かな場所を、失いたくないと思う自分がいた。それが友情なのか、友情以上なのか、わからない。


「うん。でも、星良さんも無茶したらダメだよ。僕が寂しがるから」


「あのねー……」


 いつも通りにニヤッと笑った月也を、軽く睨む星良。でも、二人と一匹で過ごす時間は、すごく心地が良かった。

 

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