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星と月と太陽  作者: 水無月
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目覚め



 放課後、家に戻ってから病院に向かい、交代でベッドで休みながら月也の付き添いをして一晩を過ごす。そして、朝方にやってくる水樹と交代し、家で制服に着替えてから学校に向かう。


 そんな生活が三日目に入った夜だった。


 太陽は、交代の時間を告げるアラームが鳴ると、ベッドから抜け出し、月也が眠るベッドのある部屋に向かった。そっと扉を開けると、カーテンのすき間から漏れ入る月明かりに僅かに照らされた室内で、星良が月也のベッドに頭を乗せて眠っている姿が見えた。よほど疲れているのだろう。太陽は微苦笑を浮かべると、静かに星良に近づき、ハッと気づいた。


 星良の頭の傍にある月也の手が動き、星良の髪にそっと触れている。


「つっ……」


 反射的に駆け寄って名を呼ぼうとした太陽は、月也が口元に人差し指をあてたのを見て言葉を飲み込んだ。いつもの月也らしく、三日月のように目を細めて微笑んでいる。


「ぐっすり眠ってるから、起こしちゃ可哀想だよ」


「それはそうだけど、月也の意識が戻ったこと、いち早く知りたいと思うぞ」


 小声の月也に、小声で返す太陽。だが、月也が再び唇に人差し指をあてたのを見て、小さく息を吐いた。


「大丈夫なのか?」


「うん。僕、何日くらい寝てた?」


「まる三日だよ。ナースコールはしたのか?」


「いや。目が覚めた報告なら朝でもいいでしょ」


 あまりにもいつも通りの月也過ぎて、襲われて死にかけたことをわかっているのか少し心配になる太陽。それを察したのか、月也は星良を休める場所に連れて行くように頼む。


 太陽が抱き上げても、星良はまったく目を覚まさなかった。ぐっすり眠る星良を別室のベッドに寝かせ、しっかりと布団を掛けてから月也の元に戻る。


 月也は再び眠りにつくことなく、どことなく幸せそうな笑みを浮かべてベッドに横になっていた。 太陽は、先ほどまで星良が座っていた椅子に腰を下ろす。


「本当に大丈夫なのか?」


 久しぶりに出した声いひっかかりがあったので、月也に水差しを渡して尋ねると、月也はゆっくりと喉を潤してから答えた。


「うん、大丈夫。色々としっかり覚えてるよ」


 そう言って唇の片端をあげた月也の瞳に不敵な色が浮かぶ。が、すぐにそれは消え、ほんわかとした笑みに変わる。


「でもさ、目が覚めたら、好きな子が自分を心配して傍にいて、そのまま眠っちゃってる姿が最初に目に入るって、なんかいいよなって」


「うん。元気だな」


 どうやら月也は通常運営だと悟り、太陽は安堵半分、言動への呆れ半分で微苦笑を浮かべた。月也もいつまでも幸せの余韻にひたっている状況ではないと思ったのか、真顔に戻る。


「でも、まる三日は寝過ぎたな。心配かけてゴメン。うちの家族ドライだから、太陽たちがついててくれたんでしょ?」


「水樹さんは毎日来てるし、ご両親も様子を見に来てるよ。俺たちがいるのは、俺たちの希望を聞いてもらっただけ」


 太陽の返事に、月也は微笑みだけを返す。そして一度目を閉じ、再び開いたときには不敵な光りが宿っていた。


「犯人は特定された?」


「いや、まだだ。月也は犯人を見たのか?」


「さすがに全員の顔は覚えてないけど、まぁ、心当たりはあるよ。ねぇ、僕の携帯はどこ?」


「……目覚めたばかりで大丈夫か? 明日でもいいんだぞ」


 心配しつつも、月也が不敵な笑みで手を差し出しているので、太陽は仕方なくクローゼットにしまわれた月也の荷物の中から、携帯電話を取って戻ってくる。


「橘になんか指令出してたろ。襲われるかもって思ってたのか?」


 携帯電話を渡して尋ねると、月也は唇の片端をあげる。


「万が一は常に考えてるよ」


「……あのなぁ」


「あー、画面にヒビが……。使えるだけ、マシか」


 眉根を寄せた太陽の前で、壊れかけの携帯電話をいじりはじめる月也。意識がしっかりしているのは嬉しいが、溜息がもれる。


「携帯のヒビどころじゃなくて、ヘタしたら月也の命も危なかったんだぞ。わかってるのか?」


「うん。ちょっと油断がすぎたかな。星良さんが可愛かったから、つい」


「……あのなぁ」


 さらに深い溜息を吐いた太陽に、月也はさすがに少し申し訳なさそうな眼差しを向ける。


「心配かけてホントゴメン。でも、もう次はやられないから。ちょっと読みを間違えたけど、きっちりと借りは返すつもりだしね」


「……それって、反省してないよな?」


「…………」


 太陽の突っ込みに、月也はただニコリと笑った。 太陽はがっくりとうなだれる。 月也が裏で何をやっているか、太陽は薄々はわかっている。無鉄砲な星良に害をなしそうな人間の弱みを握り、万が一星良が怪我などして戦えなくなったとき、復讐されないように予防線を張っているのだろう。相手の復讐心が、星良ではなく自分に向けられるように。だが、決して実行させないように、上手く立ち回っているはずだ。


 だが、襲われた。読み間違いが二度と起こらない保証などない。


「太陽、今回の犯人、星良さんと久遠にだけは知らせないからよろしくね」


 何かを読み終えた後、月也は画面から目を離さずにそう言った。太陽は眉根を寄せる。


「それは……、月也を襲った犯人が、久遠さんの件と関わりがあるってことか?」


「…………」


「月也!」


 答えない月也に思わず厳しい口調になると、月也は焦って唇に人差し指をあてた。


「星良さんが起きちゃう起きちゃう! わかったから、しーー!」


「あーのーなーー」


 月也の脳内は、自分の身の安全よりも星良の平穏で埋まっているらしい。ただ、自分が傷ついたら星良が傷つくという肝心の部分が抜け落ちている。


「月也が傷つけられて、星良がどれだけ辛かったかわかってるのか?」


「…………」


「デレッとするところじゃないっ」


 申し訳ないより心配された嬉しさが勝った月也につっこむと、太陽は再び溜息をついた。すぐに反省して改めるような性格じゃないことは、知っている。


「で、犯人は? 橘からなんか連絡来てたんだろ?」


 太陽や星良にはその後の報告はなかったが、月也が自分の携帯電話を見て何かを確信したのならば、そういうことだろう。警察関係者からの連絡が、意識不明の月也の携帯電話に届くはずがない。


「俺も頭に来てるんだ。星良と久遠さんはともかく、俺は関わるからな」


「…………」


「か・か・わ・る・か・ら・な」


 視線をそらす月也に念を押すように伝えると、月也は諦めたかのように溜息をついた。


「しょうがないなぁ。星良さんと久遠には、本当に内緒だよ?」


 月也の態度に釈然としないものを感じながらも、優しさ故だとわかっているため、太陽はしかたが無いというように微笑んだ。


「わかってる。だから俺にはちゃんと話せ。月也の借りは、俺が返す」


「わー、太陽かっこいー」


「つーきーやー!」


 茶化すような月也に再び怒りの表情を浮かべてみるものの、こんなやりとりが再びできることに心から嬉しいと思う。 大事な親友の復活に、太陽は疲れも忘れて明け方近くまで話こんだのだった。





  ゆっくりと瞼を持ち上げた星良は、目に映った見慣れない部屋がどこか、ぼんやりとした頭ではすぐに思い出せなかった。数度まばたきし、ようやくここが病院だと思い出す。知らぬうちに自分がベッドで寝ていたということは、太陽がベッドまで運んでくれたのだろう。明るさからしてすでに朝なので、太陽はずっと月也に付き添っていたことになる。


「太陽、ごめん!」


 飛び起きた勢いで月也の病室までかけていき、扉を開けるなり謝る星良。月也のベッドのそばに置いた椅子に腰かけ、腕を組んだまま眠っていたらしい太陽が、その声にびくっと肩を揺らす。


「ん……星良、おはよう」


 まだ眠たげな眼差しで、あくび交じりに挨拶をする太陽に、星良はかけよった。


「おはよう。ごめんね、ベッドまで運ばせちゃっ……」


  星良の言葉がそこで止まる。視線は太陽からその向こうにいる月也へと移っていた。今まで動かなかった月也の瞼がゆっくりと上がって行くのを、星良は息をするのを忘れて呆然と見つめていた。太陽の肩に置いた手が、無意識のうちにぎゅっと握られる。


「た、たいよ……」


 自分の見間違いじゃないと確かめたくて、太陽にも月也の変化に気づいてもらうべく、星良は視線で太陽を促した。太陽はまだ眠たげな眼差しを、星良の視線につられるように月也に向ける。そして、ハッと息をのんだ。


「つ、月也?」


 目を開けぼんやりと天井を見つめている月也の名を、星良は震える声で呼んだ。月也の瞳がゆっくりと動き、星良たちを捉える。 太陽の肩の上にある手を、太陽がぎゅっと握ってくれたので、星良はこれが夢ではないと信じることができた。


「月也!」


今度はハッキリと名を呼び、星良は月也の顔のそばに移動した。


「月也、大丈夫? あたしのこと、わかる?」


 まだぼぅっとした眼差しで自分を見つめた月也に、星良は震える声で話しかける。月也の手に自分の手を重ねて答えを待つと、月也はその顔にゆっくりと笑みを広げた。


「大丈夫、わかるよ。僕の大好きな星良さんでしょ?」


「な……」


 思わぬ返答と共に重ねた手を握られ、言葉に詰まる星良。色んな感情が込み上げて、カァッと頬が染まると同時に涙が溢れてくる。


「なに……バカな……こと、言って……。人が、どれだけ……心配したと……思って……」


 真っ赤な顔でぽろぽろと涙をこぼす星良を優しく見つめる月也と、星良の頭の上にぽんっと優しく手を置く太陽。星良は安堵で涙が止まらなくなる。


「よかったな、星良。月也、いつも通りだ」


「いつも……通り、すぎて……、なんか、もう、むしろ、むかつく……」


 しゃくり上げながらの星良の不平に、月也と太陽が小さく笑う。星良は唇を尖らせたが、こんなやりとりができるのも、月也が無事に意識を取り戻したからだ。もしかしたら、もう二度とこんな時間はこないのではと不安に思う時もあったので、いつも通りが本当は嬉しくてたまらない。


「月也の、ばかぁ……」


 月也の手をぎゅっと握りしめ、逆の手で涙を拭きながらそう言うと、月也は嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ。今の、逆に好きって聞こえる」


「⁉︎」


「よし、月也は通常運営っと。さ、看護師さんに連絡しようか」


 へらっとしている月也とさらに顔を赤らめた星良に落ち着いた笑みを向けた太陽によって、ナースコールが押された。やってきた看護師や医師による診察や検査のため、二人は病室をでることになり、名残惜しげにしていた星良は太陽に付き添われ、一度家に帰るとそのまま学校へと連れて行かれたのだった。

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