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星と月と太陽  作者: 水無月
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ごく普通で大切な日常

 昼休みになる頃には、太陽とひかりが星良公認で正式に付き合い始めたという噂が、全校生徒に広まっていた。何があってそうなったのか本当のことを言えないため、笑美や千歳は星良が無理をしていないか心配しつつも、ひかりと仲直りできたことを喜んでくれた。


「じゃ、また後で!」


「どこかのグループみたいに、みんなで風邪ひかないようにね」


 最近一緒に昼休みを過ごしていた笑美と千歳は、久しぶりにひかりとランチする星良を笑顔で見送ってくれた。こんな時、いつもなら嫌味のような一言を言ってくる唯花たち3人が揃って休んでいるので、気分を害されることもない。


「うん! 明日は一緒に食べようね!」


 二人に手を振って、星良は教室を出るとひかりたちの教室に向かった。少し歩いたところで、いつの間にか現れた月也が当然のように隣に並んだ。手にはビニール袋をぶら下げている。基本、母親手作りの弁当を持参する星良と違い、月也は購買か学食だ。星良たちと一緒に昼食をとるために買いに行ってきたのだろう。


「ねぇ、あいつら途中から来てたりしないよね?」


 昼休みのため行きかう人が多い廊下を見て、小さな不安がよぎった星良は月也に問いかけた。屋上に行くには、上級生の教室がある階を通ることになる。朝に来ていないことは確認しているが、その後のことは知らない。


「大丈夫。あの先輩方は来てないよ」


 確信を持った月也の言葉に、星良はホッとしつつ感心する。昼食を買いに行ったついでに確認してくれていたのだろう。授業が終わって数分でどうやったら両方こなせるのか謎だが、尋ねたところで笑顔で誤魔化されるのがわかっているのでわざわざ聞こうとは思わない。


「ま、普段ろくに運動してない人間があれだけの稽古したら、筋肉痛で身体動かないよ。来たくても来れないんじゃないかなー」


「確かに、起き上がるだけでも苦痛かもね」


 二度と同じことはしたくないと思うであろう稽古をしたので、しばらくは身体を動かすたびに悲鳴をあげたくなるくらいの筋肉痛があってもおかしくない。これで本当に反省をしてくれてればと願っているが、身体が元通りになってから彼らがどうでるか、まだ油断はしていなかった。


「とりあえず、今日はあいつら気にせず楽しんだらいいんじゃない?」


 彼らを思い出して顔が険しくなっていたのだろう。月也が星良の肩の力を抜けさせるように、柔らかく笑うのを見て、星良もつられて微笑んだ。


「そうだね。本当に仲直りしたところ、見せつけなきゃだし」


 星良は自分がそばにいることで、悪い噂を流されたひかりを守りたかった。今まで突き放して傷つけてしまった分を、少しでも取り戻したかった。


 やる気に満ちた星良の横顔を見て、月也は小さく笑う。


「別に、見せつけなくても。普通にしてればいいんじゃない? 星良さん頑張ろうとすると下手な演技に見えそう」


「そんなことっ……あるかも」


 自分で認めた星良を見て、月也は再びククッと笑った。いつもなら怒ってツッコむところなのだが、ほんの少し頬を赤らめ唇をムッと尖らせただけの自分に、星良は少し戸惑う。ちょっとだけ、月也に対する自分の態度が変わっている気がしなくもない。それを認めてしまっているような、認めたくないような、複雑な心境だ。


「星良ちゃん!」


 思い悩みそうになったのも束の間、ひかりの嬉しそうな声に星良はぱっと笑顔を浮かべた。


「ひかり! 今日は屋上でご飯食べよー! あ、もちろん太陽も」


 教室の入り口に立っていたひかりと太陽にかけより、お弁当を持ったままひかりにハグする星良。周りの生徒たちが興味津々な目を向けているのを感じたが、気に留めないことにする。そのまま身を寄せて歩き出す星良とひかり。その後ろを、月也と太陽がついていく。


「なんかもう、俺と久遠さんじゃなくて、星良と久遠さんがつきあいはじめたみたいだよね」


「女子同士っていちゃいちゃしててもひかれないよねー。男だと気持ち悪がられるのに」


 背後でつぶやく二人を肩越しに見た星良は、ニッと笑う。


「女子同士の特権だもん。それとも何? 月也は太陽といちゃいちゃしたいの?」


 星良のからかうような発言に、ひかりがくすっと笑う。苦笑を浮かべた太陽の隣で、月也はメガネの奥の瞳を三日月形に細めた。


「いやいや、太陽とひっついても楽しくないでしょ。僕は星良さんといちゃいちゃしたい!」


「んなっ……」


 あまりにも堂々とした発言につっこみの言葉すら出てこない星良。頬が熱くなったのが自分でもわかったので、慌てて正面を向いて月也から顔が見えないようにするのが精いっぱいだった。


「ば、バカじゃないのっ!」


 なんのひねりもない言葉をどもりながら何とか返すが、月也が怯むはずもない。楽しげな声が背後から返ってくる。


「いや、好きな子といちゃいちゃしたいのは、健全な男子高校生のごく普通の正常な願望だよ」


「本人に直接そういうこと言うのは普通かどうかわからないけどな」


 星良が少々テンパっているのを見て、代わりに太陽が月也につっこみ、そのまま二人で軽口を叩きあいはじめた。


 星良は早くなった心拍数に動揺していたが、隣にいるひかりを見て、落ち着きを取り戻す。


「月也の発言、大丈夫だった?」


「え?」


 星良の問いに、一瞬きょとんとするひかり。すぐに月也の言う「男子高校生の願望」が昨日の男たちとつながってしまっていないか心配されたのだと気づき、微笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ。そんなに心配しないで」


「ほんと?」


「うん。むしろ、楽しいなって思ってた。この4人で他愛もない会話をしてるのが、すごく楽しくて、嬉しいなって」


 ひかりの心からの笑みに、星良もつられたように微笑む。


「うん。そうだね。私もそう思う」


 数日たったら忘れてしまうような、その場のノリで交わされるありふれた会話。軽く拗ねたり怒ったり、笑ったり、よくある日常の一コマ。


 でも、そんな時間が愛おしく感じるのは、それが当り前ではないと気づいたからだ。何かがきっかけで簡単に失ってしまうかもしれない、本当はかけがえのない物だと、失いかけたからこそ思える。失恋の傷の痛みはまだあるけれど、こんなごく普通の日常が続くことを、星良は心から祈った。



「あいつら、反省したみたいでよかったね」


 それから3日後の土曜日の夕方、星良は隣を歩く月也にそう言って笑顔を向けた。


ひかりを襲った3人は昨日から登校し始めたのだが、ひかりに近づく様子は一切見せず、星良や太陽や月也が遠くにちらりと見えただけで青ざめて逃げていった。逆恨みするようすは見えなかった。


「反省したというか、完全に怯えてるだけだよね。星良さんだけじゃなくて、太陽にもびくついてたし」


「いや、月也を見た時が1番ビビってたでしょ。何か弱みでもつかんだの?」


「どうだったかなー?」


 すっとぼける月也を軽く睨む星良だったが、数秒もたずに笑顔に戻った。


 今日は4人で、ひかりが幼少期に世話になっていた施設の子供たちと遊んできた。ひかりと太陽は一度二人で行ったことがあるらしく、太陽に嫉妬しつつもなついている子供などもいて、微笑ましくて楽しかった。


 でも、やっぱり二人が楽しげに微笑みあっているのを見ると、胸が痛む。みんなで笑いあえるのは嬉しいことなのに、哀しみも一緒にそこにいる。


 それを救ってくれたのは、隣にいる月也だった。ふざけて怒らせてみたり、好きだと口にして照れさせたり、絶妙なタイミングで落ち込みそうになる星良を助けてくれる。


 それが今に始まったことではなく、前から星良を支えてくれていたと今ならちゃんとわかる。今だって、太陽がひかりを送っていく姿を切なげに見つめていた星良のために、たいやきをごちそうしてくれた帰りだ。送らなくてもいいのに、神崎家まで一緒に向かってくれている。


 ひかりとの関係がこじれていた時もずっと助けてくれていたし、その件も落ち着いた今、そろそろちゃんとしたかたちでお礼をせねばとは思っている。だが、なかなか言い出せず、逆におごってもらう始末。家に向かっている今現在も何度かチャレンジしようとして、結局違う話ばかりしている。


 親しい人に改まってお礼をするのは、なかなか難しい。


「じゃ、また明日ね、星良さん。午後の稽古に顔出すよ」


「うん。寒いから、唯花たちみたいにこじらせるような風邪ひかないでね。送ってくれて、ありがと」


 これくらいのお礼なら言えるのにと思っている間に、月也は軽く手を振って去って行った。姿が見えなくなるまで見送ってから、星良は自分の部屋に向かった。


 ベッドに転がり、今までのお礼にお茶でもごちそうするか、何かプレゼントを渡すか、悩む星良。とりあえず二人で出かける約束でもしてみようかと携帯電話を手にしてみるが、なんだか恥ずかしくなってやっぱりやめる。



 明日会ったときに、誘えたら誘ってみよう。ただのお礼なんだから、意識せずにさらっと誘えばいいのだ。さらっと。



 そんな風に思っていた。



 数時間後に、電話がなるまでは――。

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