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星と月と太陽  作者: 水無月
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謀略

 青ざめた太陽からの問いに、星良の胸に不安が渦巻いた。


 星良はひかりに何も連絡をしていない。することができない。気持ちの整理ができていないのが一番の理由。だが今は、物理的に不可能な状態だった。


「星良さんの携帯電話、昼休み以降行方不明だよ。久遠は、いつメッセージを受け取ったって?」


 月也の端的な言葉に、太陽の瞳が揺れた。


 昼休みに月也と屋上でランチをした後から、星良は自分の携帯電話を見ていない。午後の授業が体育で着替えやら移動やらがあったため、普段からあまり携帯電話をいじらない星良は、帰りのホームルームが終わるまで携帯電話がなくなっていることにも気づかなかった。昼休みに忘れてきたのかもしれないと、月也と一緒に屋上を確認したが見当たらなかった為、もう一度カバンや机を探すつもりで戻ってきたところだ。


 だが、覚えのないメッセージがひかりに送られていたのなら話は変わってくる。置き忘れたのではなく、盗まれたのかもしれない。星良の名で、ひかりを呼び出すために。


「たぶん、帰りのホームルームの最中……」


 かすれた声で答えた太陽は、居ても立ってもいられないというように駆け出そうとする。が、横をすり抜けようとしたところで月也に腕を掴まれた。


「どこいくの?」


「どこって! 久遠さんを探しにっ」


 人の携帯電話を利用して呼び出すなど、悪質極まりない。待ちぼうけを嗤うだけならまだいいが、ひかりの身が危険な可能性は否定できない。


「場所は聞いてるの?」


「聞いてないから急いでるんだろっ」


 落ち着き払った月也にまで苛立ちを感じながら言い返す太陽に、星良が同調する。


「あたしも探す! 手分けしよう!」


 言って駆け出そうとした星良の手を掴み、月也が小さく嘆息する。


「見当つけずに探す方が時間がかかる。少し落ち着いて」


 星良が言い返す前に、月也は自分の携帯電話を操作しながら太陽を見る。


「久遠が行ってから時間はどのくらい? 荷物は持って行った?」


「10分はたってない。カバンは教室に置いたままだ」


 月也の冷静な判断に少し落ち着きを取り戻した太陽が答えると、月也は軽く眉根を寄せてから耳に当てていた携帯電話を離した。


「つながらない」


 その一言に、三人の間にぴりっと緊張が走る。星良を待っているならば、携帯電話の電源を切るはずがない。ひかりの身に何かが起こっている可能性が高い。


「教室を出て、右に行った? それとも、左?」


「右だ」


 一瞬で記憶を呼び戻した太陽の答えに、月也は数秒目を閉じて考え、再びまぶたを持ち上げる。その瞳には、鋭い光が宿っている。


「旧体育倉庫だ。あの中は電波が届かない。急がなくても5分あればつく。学校見学でも近づかない場所だしな」


 荷物を持って校内を出ていたら、短時間で見つけることは不可能に近かっただろう。校内であることが、不幸中の幸い。校内で人目のつかない場所はいくつかあるが、ひかりが向かった方向や、その他の条件を照らし合わせると、当てはまる場所は一つしかなかった。


 月也の出した答えを疑うことなく、太陽と星良は走り出した。廊下を歩く生徒たちが驚くようなスピードで通り抜け、飛ぶように階段を下り、上履きを履き替えることもせずに校舎を飛び出していく。息も切らさずトップスピードのまま走り抜け、体育館の裏にたどり着く二人。体育館の中からは運動部の声が聞こえてくるが、旧体育倉庫の周りは誰もいなかった。


 星良と太陽は旧体育倉庫の前に駆け寄り、鉄製の重い扉につけられた鍵を確認する。鍵は開けられていた。扉を横にスライドさせようとしたが、重たい扉は動かない。内側で扉が開かないようにされているのだ。


「ひかり! いるの⁉︎」


 扉を叩き、大声で問いかける星良。だが、中からの反応はない。いや、重い扉と分厚いコンクリートの壁に阻まれて、聞こえないだけなのかもしれない。


 あとは、中にいるのが別人の可能性もある。恋人同士の密会場所として使用されることも多いため、それならば星良の問いかけに答えるわけがない。


 しかし、月也が断言したならば他の場所は考えられないとも思う。


 星良がほんの少し迷っている間に、太陽の目はある物を捉えていた。扉の脇に落ちている、黒のシュシュ。ひかりがサイドの髪をまとめていた物とよく似ている。


「久遠さん!」


 全身が粟立った太陽は声を張り上げながら、扉を叩く。内側から鍵をかける方法として最も使われているのは、左右の扉にパイプを斜めに立てかけ、つっかえ棒をするというものだ。扉を激しく叩けば、少しずつパイプがずれ、扉が開くかもしれない。そう考え、拳が傷むのもかまわず叩き続ける。


「久遠さん!」


「ひかり!」


 星良も太陽に習って全力で扉に衝撃を与える。二人で叫びながら、拳や体当たりで扉を叩き続ける。しかし、扉が動く気配はない。


 一度二人は声をかけるのをやめ、扉に耳をつけて中の様子をうかがった。微かに声が聞こえる。複数の嘲笑は男の声。そして、口を押さえつけられてくぐもったような女性の叫び声。


 星良と太陽は、カッと血が上る。


「ひかりを離せぇぇ‼︎」


 ダンッと一段と大きな音で扉を蹴ると、一瞬中が静かになった。だが、扉が僅かにへこんだだけで開くことはないとわかったからか、再びあざ笑うような声が漏れ聞こえてくる。


「ふざけるなっ‼︎」


 太陽が拳を勢いよく振り上げ、扉に叩きつけようとしたが、それはすんでの所で止められた。ようやく二人に追いついてきた月也が、太陽の腕を掴んだのだ。


「さすがの二人でも、その扉をなんとかするのは無理だよ。怪我するだけだ」


「何にもするなって言うのか⁉︎」


 焦燥感でつい月也に怒鳴ってしまう太陽。星良も噛みつくような顔で月也を睨んだが、月也は冷静に二人を見つめ返す。


「そんなわけないだろ。無駄な怪我するなって言ってるの。助け出しても、血だらけの手で抱きしめたって久遠は安心できないよ?」


 言いながら、月也は頭上を指さした。旧体育倉庫には体育祭の手伝いで一度来ただけの太陽は意味がわからず眉をひそめたが、つい最近来たばかりの星良は、ハッと気づいたかのように目を見開く。


「星良さんなら、ぶち破れるでしょ?」


「やれる! 背中貸して‼︎」


 言うが早いか、星良は踵を返して旧体育倉庫の側面に回り込んだ。太陽はまだ答えがわからないまま星良の後に続き、月也もその後を追った。

 

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