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星と月と太陽  作者: 水無月
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 もうだいぶ寒くなった屋上で、星良は長い溜息を吐いた。


 あれから2週間。自分自身の心境も、周りの状況も、何も変わっていない。そう簡単に気持ちが切り替わるわけがないとわかっていても、少し焦りがではじめていた。


 「星良さん、食べないならもらっちゃうよ?」


 箸でからあげをつまんだままぼんやりしていた星良に、正面であぐらをかいて座っていた月也が、自分のタマゴサンドを食べ終えてから声をかける。星良ははっと我に返ると、自分の口の中にからあげを放り込んだ。


「ひゃんとたふぇまひゅ」


「はいはい。自分で食べるのはわかったから、食べ終わってからしゃべろうねー」


「むぉーー!」


 子供扱いに文句の声を上げつつ、星良の心は先ほどよりも少し和んでいた。


 この2週間、月也にずっと助けられている。学校では、笑美や千歳がそばにいない時にはいつの間にか傍にいて話し相手になってくれるし、挨拶しか交わせずにいるひかりの様子も、気にしているとさりげなく教えてくれる。放課後に太陽と接している時は、星良の感情が不安定になりかけると必ず助け船を出してくれる。


 こんなに甘えてもいいのかと思ったりもするが、あまりに自然に助けてくれる月也の手を、星良は離せずにいた。


「日直の仕事で職員室行かなきゃなんだけど、星良さんも一緒に行く? それとも、もう少しここにいる?」


 星良が弁当を食べ終わるのを待って、月也がそう尋ねた。笑美と千歳は部活関係の用事で昼休みいっぱいは教室に戻ってこない。他のクラスメイトの女子とは微妙な空気のままなので、月也は気をつかってく聞いてくれたのだろう。


「んーー、天気がいいからもう少しここにいようかな」


 気温は寒いが、風もあまりなく日差しは温かい。自分に対する視線よりも、ひかりに対する陰口が未だに聞こえる教室に一人でいたくなくて、星良はそう答えた。


「んじゃ、これ。うっかり寝ちゃって風邪ひいたりしないでね」


 星良に鍵を渡して立ち上がる月也。星良は弁当箱を片付けつつ、月也を軽く睨む。


「そんな間抜けじゃありませんー。で、鍵は職員室に返せばいいんだよね?」


 小首を傾げて確認する星良。針金一本で鍵を開けられるらしい月也だが、ここ最近はちゃんと鍵であけているのだ。月也はニヤリと唇の片端をあげる。


「それは僕のだから、あとで僕に返してくれればいいよ」


「……は? 僕の⁇」


 眉をひそめて聞き返した星良に、月也かはにこやかに答える。


「うん。星良さん一人でも閉められるように、複製してみた」


「ちょっ! なんかちょっと犯罪じみた行為に、人を勝手に関わらせてない⁉︎」


「じゃーねー」


「ちょっとーー!」


 ひらひらと手を振って去って行った月也の背中が消えたドアを見つめ、星良は小さく息を吐いた。学校の鍵の複製を勝手に作るのはどうかと思うが、この2週間で使い始めたのだから、間違いなく星良の為だろう。そもそも勝手に鍵をあけられる月也には必要ないものだ。ここが一番開放的で静かな場所だから、星良が今学校で一番落ち着ける場所だから、そのための鍵だ。


「……ありがと」


 誰もいない屋上にころんと仰向けに転がり、ぽつりと呟く。


 たぶん、星良の気づかないところで月也が助けてくれていることは、他にもあるのだろう。どうしてそこまでしてくれるのか? そんなに好きになってもらえるような魅力が自分にあるとは思えない。少なくとも、今の自分は自分でも嫌いだ。


 青空にぽつんと浮かぶ雲を眺めながら溜息をひとつ零したとき、ガチャリと屋上のドアノブが回る音が聞こえた。


「忘れ物?」


 月也が戻ってきたのかと声をかけながら起き上がった星良は、思わぬ人物がそこにいるのを見て目を瞬いた。


 ゆるく巻いた髪を揺らしながら星良に向かって歩いてくるのは、月也の元カノである土屋かおる。笑顔を向けられたら性別に関係なく見とれるだろうというほどの美しい顔立ちだが、今浮かべている表情は笑顔には程遠かった。刺すように冷たく鋭い眼差しで、座ったままの星良の目の前に立つ。


「あの、月也は職員室に行きましたけど……」


「知ってるわ。あなた一人に用があるから来たんだもの」


 美人に睨まれるのは、不良に囲まれるよりも恐ろしく怖い。


 そんなことを感じつつ、座ったままも失礼かと思い、星良はそろそろと立ち上がった。


「何のご用でしょうか?」


 おずおずと尋ねつつも、本当は何となくわかっていた。かおると星良の接点など、一つしかない。


「月也くんを利用しないで」


 かおるの涼やかな声は、怒りで少し震えていた。予測はしていたが、ハッキリと言われると胸に突き刺さる。


 何も言い返せない星良を真っ直ぐに睨み付けながら、かおるは続けた。


「あなたが月也くんを好きなら文句は言わない。振られた私にそんな権利はないから。でも、月也くんの気持ちを知ってて、失恋の痛みを誤魔化すのに利用するのは、許せない」


「それ……は……」


 星良は気持ちを落ち着けるかのように、無意識のうちにスカートをぎゅっと握った。それでも、かおるに返す言葉は見つからない。かおるの瞳に浮かぶ、未だに残る月也への恋情が星良から言葉を奪う。


「今のあなたなら私の気持ち、わかるはずよね。あなたのお友達が、他の男を忘れるためにあなたの好きな人と付き合ったとしたら、あなたは許せるの?」


「…………」


 かおるの射るような視線に耐えられず、星良は下を向くと首だけをふった。


 ひかりが太陽のことを本気で好きだと知っていても、受け入れることができないのだ。もし、それが誰かを忘れるために太陽の好意を利用しているだけだったら、なおさら受け入れられない。それどころか、憎しみを感じるかもしれない。


 星良とかおるは友人ではないが、気持ち的には一緒だろう。大好きな人が自分と別れてまで大事にしようとしている相手は、他の人を好きなまま、その人の好意を利用しているのだ。許せるわけがない。


「月也くん優しいから、あなたの前では平気なふりしてるんでしょ。でも、他の男のこと考えていつまでもうじうじしているあなたの傍にいて、何とも思わないわけないじゃない。傷ついているのは自分だけみたいな顔して、甘えないでよ。あなたがうけている傷と同じ物を、あなたは月也くんにずっと与え続けてるって、なんでわからないの?」


 かおるの言葉に、星良は息がつまった。

 太陽がひかりのことを想っていると思うと、星良は張り裂けそうなほど胸が痛む。好きな人が他の人を好きだというのは、そういうことだと思う。


 だったら、月也は?


 星良が太陽のことで悩んでいる姿を、どんな思いで見続けているのだろう。月也があまりにも自然体で、今までと変わらず傍にいてくれるから、わかっているつもりでいてちゃんと考えようとしていなかった自分に気づく。月也の気持ちを知っていながら、ただその優しさに甘えて、自分だけ楽になっていた。自分を支える月也が、本当はどんな気持ちなのか、ちゃんと考えようともせずに……。


「自分だけが被害者ぶらないで。あなただって同じように人を傷つけてるって、自覚しなさいよ。月也くんが幸せじゃなきゃ、あたしだって……」


 急にかおるの言葉が途切れたので顔を上げると、かおるの大きな瞳には涙が浮かび上がっていた。こぼれ落ちそうな涙を何とか堪えながら、かおるはキッと星良を睨み付ける。


「月也くんのこと一番に想えないなら、当たり前のような顔して傍にいないで」


 そう言い捨てると、かおるは長い髪を揺らして踵を返した。屋上の扉に向かいながら、かおるが目元を拭ったのが後ろ姿でもわかった。悔しくて、哀しくてこぼれ落ちた涙を、星良だけには見られたくなかったのだろう。足早に屋上から去って行ったかおるのいなくなった方向を見ながら、星良は一人、ただ立ち尽くしたのだった。

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