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星と月と太陽  作者: 水無月
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敵意

 朝のホームルームが終わった瞬間、太陽は教室を飛び出していた。


 ホームルームの内容は全く覚えていない。ひかりがどんな想いでいるか気遣う余裕すらなく、頭の中は星良のことでいっぱいだった。ただ、こんな形で星良に伝わっていない事だけをひたすら祈る。


 だが、星良のクラスに着いた瞬間にその祈りが届かなかったことに気づかされた。星良のクラスメイトが自分を見る眼差しに、もう答えが出ていた。


「星良ちゃんなら、いないよ」


 凍りついた太陽に、冷めた声がかけられる。はっと我に返った太陽が視線を向けると、最近星良と親しくしている二人の女子が教室の入り口付近に立っていた。いつも明るく笑っている印象のある二人だが、表情が硬い。


「星良は、どこに?」


 動揺を隠せない太陽が尋ると、二人は小さく首を振った。


「わからない。神崎さん、ホームルーム始まる前に飛び出していったままだから……」


 力に慣れなかった自分を悔やむように唇を噛んでいる彼女たちから、星良がどんな様子だったかを想像するのは容易かった。あの映像を見てしまったのは間違いない。いてもたってもいられずに、太陽は踵を返す。


「高城くんが追いかけて行ったよ」


 駈け出そうとした背を止めるように、星良の友人が声をかける。太陽は立ち止まり、再び彼女たちを見た。二人とも、真っ直ぐに太陽を見つめている。


「朝宮くんは今、星良ちゃんのところに行ってかける言葉があるの?」


「これ以上神崎さんを傷つけない自信がある? ないなら、高城くんにまかせたほうがいいと思う」


「…………」


 二人の言葉に、太陽は返す言葉がなかった。今すぐに星良のもとに行きたい。だが、行って何ができるのか?


 ひかりとは付き合い始めたわけではない。だが、あの映像を見てしまったら、そんな事実は星良の傷を癒すことはできないだろう。結論を出せないままの状態で、いったい星良に何を言えばいいのか……。


 逡巡した太陽に、始業のベルが思考の終りを告げる。自分の席に戻っていく彼女たちにすら何も言えなかった太陽は、唇を噛むと自分の教室に向かった。彼女の言うように、星良が落ち着くまで月也に任せる方がいい気がした。


 星良も自分も動揺したままで、いい結果になるとは思えなかった。


「ダメだな……オレ……」


 不甲斐ない自分が悔しくてたまらず、思わず零れ落ちる言葉。行き場のない怒りを、強く握りしめた拳で自分の足にぶつけることしかできなかった。



 

 教室に戻ってきた太陽の顔色で、星良があの動画を見てしまったことがひかりにもわかった。星良が傷つかなかったわけがない。自分たちが抱きしめあっていた事実も、それを他人から知ってしまったことも、星良を苦しめているはずだ。


 こんなはずではなかった。傷つけるつもりはなかった。


 そんなのは、自分たちの都合のいい言い訳。


 誰かに見られているかもしれないと、そこから星良の耳に入るかもしれないと、少しも想像できなかった自分たちは、やっぱり少し浮かれていたのだと思う。


 ひかりはふっくらとした唇を噛んで、俯いた。太陽は、星良に会えたのだろうか? 会えなくて、思い悩んでいるのだろうか?会えたなら何を伝えて、どんな答えや反応があって、今の表情を浮かべているのだろう。


 聞きたいのに、聞けない。


 自分はどうしたいのか。太陽はどうしたいのか。星良に何をしてあげられるのか。


 いくら考えても、すぐに答えなど出るわけがない。


 授業をさぼって行動を起こすことも、逆に噂になったりして迷惑をかけるかもしれないという優等生な言い訳で出来ずにいる。


 ひかりは再び太陽の横顔を見つめた。


 今、星良のことしか考えていないのがよくわかる。自分のことなど、ひとかけらも頭にないだろう。


 ちくんと胸が痛む。


 こんな時なのに星良に嫉妬している自分に気づき、ひかりはため息を零した。


 こんなことはわかっていたはずだ。恋愛感情は自分に向けられたとしても、太陽が一番大事なのは星良だと知っていて好きになったのだから。星良が一番苦しんでいる時に嫉妬などしている場合ではない。まずはちゃんと星良と向き合わなくては……。


 ひかりはそう決意を固めると、授業が終わって即、悩み続ける太陽より先に星良のクラスに向かった。




 星良のクラスについてすぐに向けられたのは、敵意。主に女子からのものだ。


「あら、よくこの教室にこれたわね。結構面の皮厚いんじゃない?」


 嘲笑を含んだ声で言ったのは、以前からひかりに敵対心を持っている唯花。友人同士で笑いながらひかりを見ている唯花とは違い、他の女子たちは軽蔑するような眼差しをひかりに向けている。今まで向けられたことのないような、冷たい瞳。


「あの、星良ちゃんは?」


 無言でひかりを睨んでいた笑美と千歳に訊ねたひかりだが、二人はふいっと目を逸らした。


「知らない。飛び出してったまま戻ってきてない」


 彼女たちの怒りの大きさは、星良の傷の大きさだ。冷たい態度は、彼女たちの前で見せた星良の苦しみのせいだ。


 それを受け止めなければならない。そう思っても、多くの敵意を受けるのは苦しい。


「わかった。ありがとう。探してみる」


 なんとかそれだけ言葉を返し、立ち去ろうとするひかり。だが、冷たい声がそれを止める。


「なんで言わなかったの?」


 刺すような声に、ひかりは立ち止まる。振り返ると、笑美が挑むような眼差しで見つめていた。


「久遠さんが誰に恋して、誰とつきあってもそれは自由だと思う。それによって傷つく人がいても、仕方がないと思う。でも、今回のことはありえない」


 真っ直ぐな言葉と瞳。それがひかりに容赦なく突き刺さる。


「神崎さんがどんな人か、久遠さんの方がわかってるのかと思ってた。残念だよ。神崎さんは、久遠さんのことすごく信頼してたのに」


 静かな千歳の声が、ひかりの心を切りつける。


 二人が責めているのは、真実を自分の口で星良に告げなかったことだ。太陽を奪っただけではなく、星良の信頼を裏切った。


 クラスメイトがこんなにも怒りを露わにするほど、クラスメイトの前で星良は傷ついたのだ。自分の口から伝えていれば、同じように傷つくとしても、きっと星良の受け止め方ももっと違っていたのに……。


 責められて当然だ。


「……ごめんなさい」


 他に言葉が見つからずにそう返すが、言葉の謝罪など彼女たちは望んでいないのが表情でわかる。ひかりは、きゅっとスカートを握りしめた。


「ちゃんと、星良ちゃんと会って話したいの。だから、もし星良ちゃんの居場所が先にわかったら教えてくれるかな?」


 唯花は一瞬顔をしかめたが、頷くと連絡先を交換してくれた。


 二人に頭を下げ、踵を返したひかりは星良を探しに足早に廊下を歩き始める。


 少しでも早く星良に会えることを祈りながら……。


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