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星と月と太陽  作者: 水無月
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素直な気持ち

 茜色の光を浴びて輝くようなひかりの微笑から、太陽は目が離せなかった。


 他には誰もいない静かな夕暮れの公園で、ただ、いつもより速い自分の鼓動だけが耳に響く。何か言わねばと思うのに、ひかりの瞳に全てが吸い込まれてしまったかのように、何も言葉が出てこない。


 女性に告白されるのは、はじめてではない。もう正確な数はわからないほど、想いを告げられたことはある。その時は、嬉しさと申し訳なさがないまぜになりながらも、断りの言葉はすんなりとでてきていた。


 だから、慣れているはずだった。


 でも、ひかりからの告白は、今までの誰とも違っていた。うるさいほどの鼓動も、燃えそうに熱い頬も、溢れ出る想いからくる息苦しさも、はじめて知るものだ。


 ひかりを愛おしいと思う自分を自覚しつつも、太陽の脳裏に星良の泣き顔が浮かぶ。


 それが、さらに太陽から言葉を奪う。


 もしひかりの気持ちに応えたら、星良はどうなるだろう……。


 そう思うと、抑えきれないと思えた熱い想いは徐々に姿を隠し始める。


 星良を泣かせてまで、自分の想いを優先させたいとはやはり思えない。


 太陽は徐々に落ち着きを取り戻し、止まっていた呼吸をゆっくりと取り戻す。だが、真っ直ぐに見つめるひかりに向ける言葉はすぐに出てこない。口を開きかけては閉じてしまう太陽に、ひかりは優しく微笑んだ。


「あのね、覚悟は決めてきたから、ハッキリ言ってくれて大丈夫だよ」


 震える声で、でも微笑を崩さぬままひかりはそう言った。


「え……?」


 戸惑いを浮かべた太陽に、ひかりはぎゅっと手を握りしめて言葉を続ける。


「朝宮くんが一番大切なのは、星良ちゃんだってわかってる。だから何も言わないままこの気持ちを忘れた方がいいのかと思ったりもしたの。断る方も、大変だしね」


 自分も告白されて断る立場にもなるからか、その気持ちもわかるのだろう。ひかりは微苦笑を浮かべ、それからそっと目を伏せた。


 暮れゆく太陽が、ひかりの滑らかな肌に影を落とす。冷たい風が艶のある黒髪を揺らすと、ひかりは小さな声で、でも……、と、続ける。


「ちゃんとこの気持ちにケリをつけないと、もしあの時って考えてきっと後悔する。それに、自分の気持ちを無理やり押し殺したまま、自分の心に嘘をついたまま、星良ちゃんの隣にはいられない。星良ちゃんと心から笑い合うためには、ケジメをつけなきゃダメなの。星良ちゃんとは、ずっと友達でいたいから」


 そこまで言うとひかりは大きく息を吸い、顔をあげた。大きな黒い瞳が、真っ直ぐに太陽を見つめる。


「今日ね、やっぱり朝宮くんが好きだと思ったの。それで、告白する勇気が持てた。気持ちを伝えても後悔しないって、どんな答えをもらっても受け止められるって、そう思ったから、だから……」


 ひかりの声が、ふいに途切れる。


 太陽を見つめる瞳は潤み、震えを無理やり抑え込むかのように自分の手を自分の手でぎゅっと押さえつけている。


 大丈夫なはずがない。自分の気持ちをさらけ出すことが、怖くないはずはない。他に大事な人がいると知りながら想いを告げることに、どれだけ勇気がいっただろう。


 何も答えられないでいる不甲斐ない自分に不安を募らせているのを隠すように、涙をこらえ、必死に微笑みを湛えているひかりに、太陽の感情がぐらりと動く。


 ふっと思考が止まり、頭で考えるよりも先に、身体が動いた。


「あ……さみや、くん?」


 驚いたようなひかりの声がすぐ傍で聞こえ、太陽は我に返った。


 自分の腕の中に、ひかりがいた。


 顔のすぐそばにあるひかりの美しい髪の甘い香りが、太陽の鼻孔をくすぐる。華奢なひかりの柔らかさが、太陽の鼓動を早める。


 だが、太陽はその腕をすぐに解くことができなかった。


 押し殺していた想いが一気に溢れ出て、止めることができない。手を放すどころか、ひかりが苦しくないようにと気を遣いながらも、抱きしめた腕にそっと力を込める。


 もう、自分の気持ちに嘘をつくことも隠すこともできない。


「オレ……久遠さんのことが好きだよ」


 緊張で掠れた声に、腕の中のひかりがぴくりと肩を揺らした。


 速まった鼓動が、この気持ちが嘘でないことを彼女に伝えてくれるだろうか?


 そう思っていると、身を固くしていたひかりの力がふっと緩み、ひかりの手がゆっくりと動いて太陽の服をきゅっと握った。その仕草が想いが伝わった答えのようで、太陽の胸が熱くなる。


 だが、伝えなければいけない想いはそれだけではない。


 太陽はすぅっと息を吸い、そして再び口を開く。


「でも、星良も大事なんだ。傍にいたい。泣かせたくない。守りたい。それはきっと、これからもずっと変わらない」


 我が儘な自分の想い。それも嘘偽りなく伝えなければと思った。


 腕の中で、ひかりはちいさく頷いた。


 ひかりがどんな想いで頷いたのか量りかねながら、太陽は続ける。


「だから、ゴメン。久遠さんの気持ちは嬉しいけど、久遠さんのことが好きだけど、まだ答えが出せない」


 そう言ってひかりを抱きしめていた腕をそっと解き、太陽はひかりを見つめた。頬をバラ色に染めていたひかりは、太陽の服から手を放し、俯いていた顔をあげた。ひかりがどんな表情をしているのかと緊張していた太陽は、そこに微笑を見つけてホッとする。


「一緒だね」


 穏やかな声で、ひかりはそう言った。


「私も、星良ちゃんが大好き。すごく強いのに、心配になるほど真っ直ぐな星良ちゃんを泣かせたくないし、守りたいし、ずっと友達でいてほしい」


 ひかりの澄んだ瞳に嘘はなかった。


 それが太陽には何よりも嬉しい。星良を同じように大事に思ってくれる人でなければ、きっと好きだと思う気持ちは長く続かない。


 太陽の顔に自然と微笑が浮かぶと、ひかりは少し照れくさそうに言葉を続ける。


「それにね、きっと私、星良ちゃんを大事にする朝宮くんだから好きになったと思うの。好きになってからは全く嫉妬しないとは言えないけど、でも、やっぱりそんな朝宮くんがいいなって思うよ」


「ありがとう……って言っていいのかな?」


 どう答えていいのかわからないが嬉しかったのでそう伝えると、ひかりはふわりと微笑んだ。太陽もつられたように笑む。


 そして、やっぱりひかりが好きだと素直に思った。ありのままの自分を受け入れてくれることが、嬉しかった。


「私のほうこそ、ありがとう。朝宮くんの気持ち伝えてくれて。どんなに時間がかかっても、どんな答えでも、私は待てるし受け入れられる。朝宮くんが星良ちゃんにとって一番いいと思える答えを探して。それまで私は、今まで通りの友達として待ってるから」


「うん。ありがとう」


 自分の正直な気持ちを伝えられたこと、そしてそのひかりの答えを聞いて心が落ち着きを取り戻したからだろう。太陽はふっと微笑むと、悪戯な眼差しをひかりに向ける。


「久遠さん、オレより星良の方が好きみたいだ」


 ひかりは一瞬きょとんとしたが、すぐにくすっと笑う。


「うん。そうだね。どちらかしか選べないなら、星良ちゃんと友達でいることをとるかも」


「うーん。即答されるとちょっと悲しいな……」


「でも、朝宮くんだってそうでしょ?」


「うーん……」


 答えられない太陽を見て、クスクスと笑うひかり。もう、泣き出しそうな雰囲気はない。


 太陽の気持ちを聞いて、心に余裕ができたのだろう。かといって、自分が有利な立場になったと驕っている空気もまるでない。


 本当に星良のことも大事に思ってくれていると伝わってくる。太陽に想いを告げたのも、太陽と付き合いたいというよりは、星良とわだかまりなく友達でいたいという想いが強かったようにすら感じる。


 二人は、なんとなく同時に歩き出した。


 西日が姿を消し、濃紺と紫色のグラデーションに染まる空の下、冷たい空気を忘れるほどの暖かな雰囲気に包まれて駅までの道をゆっくりと歩む。二人の距離は、行きよりも少し縮まっていた。


 星良の話から、今日遊んだ子供たちの話に話題が移った後、太陽はふと思いついてひかりに訊ねる。


「今日はどうして育愛園へ行ったの?」


 運動や勉強を子供たちに教えるならば、星良や月也が一緒の時の方がむしろよかったはずだ。二人きりでなければいけない場所ではない。


 素朴な疑問だったが、ひかりはぱちぱちと大きな目を瞬かせた後、おずおずといった風に太陽を見上げた。


「それは……、朝宮くんの答えがちゃんと出てからでもいい?」


「いい、けど」


 思いもがけぬひかりの答えに少し戸惑うと、ひかりは微苦笑を返した。


「ゴメンね。その方が話しやすいかなって」


 伏し目がちになったひかりには何か事情がありそうだった。なんと答えようか太陽が迷った一瞬の隙に、ひかりはハッとしたように顔をあげ、笑顔を浮かべる。


「あ、でも答えが出る前でもまた颯太くんたちと遊んでもらえたら嬉しいな。できたら、今度は高城くんや……星良ちゃんも一緒に。きっと喜ぶと思うから」


「うん」


 太陽は笑顔で答え、二人は再び暖かな雰囲気に包まれた。


 どうか星良もひかりも悲しまない答えが出せるようにと願いながら、太陽はひかりを家まで送ると帰路についたのだった。

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