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星と月と太陽  作者: 水無月
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「月也! 早く早く‼︎」


 キラキラと目を輝かせ、発見した人気キャラクターの元へと走り出しそうな勢いの星良を見て、月也は柔らかく目を細めた。


 テーマパークに着くまでは余計な事を考えさせないように気を付けていたが、この場所ではもう必要がないらしい。すっかり夢の国の魔法にかかっているようだ。


 溢れかえる人混みの中、誰にもぶつかることなくするするとすり抜けて目的の場所へ進んでいく星良。さすがの身のこなしに感心しつつ月也は後を追うが、すぐ前を小さな子供が横切ったので足を止めた。その間に星良は人気キャラクターの傍までたどり着き、嬉しそうな顔で振り向いてから月也がついてきていないことに気づいたようだ。きょろきょろと辺りを見回している。


 まるで迷子のような少し困ったような表情が可愛くて、月也はくすっと笑う。星良は感情が素直に顔に出るので、見ていて楽しい。


「あ!」


 人混みを抜けた月也を見つけ、星良に安堵の色が浮かぶ。


「ダメだよ星良さん。いきなり迷子になっちゃ」


 小走りに駆け寄ってきた星良にニコリと笑んでそう言うと、星良はムッと唇を尖らせる。


「迷子は月也でしょ!」


「いやいや、僕は星良さんを見失ってないから迷子じゃないよ。星良さんは僕を見失っていたみたいだけど?」


「うっ……」


 否定できないのか、言葉につまる星良。唇を尖らせたまま一度視線を泳がせると、くるりと踵を返した。


「もう、いいから行くよ!」


 言って月也の手をとり、人気キャラクターとの写真を撮るために順番待ちしている客に向かって歩いていく。ぐいぐいと引っ張るように歩いていく星良の顔はよく見えないが、耳がほんのりと赤くなっている。怒っているのかとも思ったが、どうやら照れているらしい。


 手を握っているからかとも思ったが、少し違うようだ。踵を返し、歩調が速いのは、赤く染まった頬を隠すため。『見失っていない』という言葉が、そう言った時の表情が、星良を照れさせたようだ。


 月也は自然と頬が緩んだ。

 



 星良に初めて会ったのは、小学校の時。凛としたその小さな背中に、月也は強く惹かれた。


 二度目に会ったのは、中学一年の春。太陽に連れられて神崎道場を訪れた時。


 道場内で準備運動をしている多くの門下生の中に、月也は一目であの時の少女を見つけた。顔を見ずとも、彼女から発せられるキラキラとしたオーラが月也には見えた気がしたのだ。


 でも、星良は月也のことを覚えていなかった。そして月也は、過去に会ったことがあると、助けてもらったことがあると、言えなかった。


 太陽に向ける星良の笑顔が眩しくて、二人の間に特別な絆があると一目で感じて、自分の想いにつながる過去の思い出を口に出すことができなかった。


 太陽と星良の深いつながりは、いつか友情を超えた愛情になると思った。それが自然なことだと、そう感じた。


 だから月也は、二人の友達でいることにした。過去の思い出も自分の中にだけ留めて、仄かな恋心も心の奥底に封じて。


 新たな恋をしようと、二番目に好きだと思える人と付き合ったりもした。それでも、抗えない強い引力があるかのように、星良の傍から離れることはできなかった。どんなに美人な彼女の綺麗な笑顔より、星良の拗ねた顔や怒った顔、はじけるような笑顔の方が月也の心を幸せで満たした。他の誰よりも、月也が傍にいたいのは星良だった。


 それ程に大切だから、星良には誰よりも幸せになってほしい。


 そして、星良を一番幸せにできるのは太陽だから、星良の想いが通じることを願いたい。

 


 そう、思ってきたのだけど……。



「欲が出るよね」


 ポツリと本音が口から洩れる。


「? なんか言った?」


 撮ってもらった人気キャラクターとのスリーショットを、デジカメの画面で嬉しそうに確認していた星良は、きょとんと月也を見つめた。


「いい写真が撮れてよかったねって」


「うん! 来て早々会えるなんて、タイミングよかったよね!」


 子供のような笑顔でそう言って、カメラを月也に返す星良。それから、テーマパークの地図をがさごそと広げだす。


「んじゃ、次は乗りまくらなきゃ! ここ行こ! ここ‼︎」


「了解。行く途中にどっかでポップコーンでも買おうか?」


「いいね!」


 ニッと笑って歩き出そうとした星良に、月也ははいっと手を差し出した。星良はその手を見つめ、不思議そうに月也を見上げる。


「何?」


「またはぐれたら困るから」


 手をつなごうという意味が伝わると、星良の頬がほんのりと赤く染まる。自分から掴むのは構わないが、改めて言われると照れるらしい。


 素直にうんとは言いそうになかったので、月也は勝手に星良の手をとると歩き出した。星良は嫌がることはなく、大人しく月也の半歩後を歩いている。


 月也は再び頬を緩めた。


 やっぱり、欲が出る。こんな風に照れてくれる星良が、愛おしくてたまらない。


 悪事を働く人間には冷徹な鬼の表情を浮かべる星良が、自分の言動で乙女の表情になるのが可愛くてしょうがない。


 こんな星良を、独り占めしたい。太陽にだって、渡したくない。


 ずっと押し殺してきた感情が、閉じていた蓋を強引にこじ開けて顔を出し始める。


 星良の一番の幸せを願うより、自分の想いを優先したくなる。


 二人きりで過ごす時間は、月也が思っていたよりもずっと、自分自身の想いを加速させていく。


 それ程に、楽しい時間。


 太陽とひかりが会っているという事実を忘れさせるために誘ったはずだったのに、気づけば本当にただ星良とのデートを楽しんでいた。わざわざ思い出させないようにと気遣うこともなく、二人で笑い合っていた。



 これは、夢の国のかけた魔法の力だろうか?



 打ち上げられた花火を手をつなぎながら見上げ、そんなバカなことを思う自分に内心苦笑した時だった。隣で同じように天空に散る輝く花を見上げていた星良が、つないだ手にきゅっと力をこめた。星良の横顔を見つめた月也の方を見ないまま、唇が静かに動く。


「月也。今日は、誘ってくれてありがとう」


 ほんのりと頬を赤らめ、照れくさいのか少しぶっきらぼうな口調の星良。


 月也は溢れ出る想いを押さえるかのように、自分より一回り小さな星良の手をぎゅっと握り返す。


「どういたしまして」


 固く手を握り合って見上げる空に浮かぶ大輪の花は、今まで見たどんな花火よりも美しく見えた。

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