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星と月と太陽  作者: 水無月
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ランチ

 太陽を誘ってから週末までの数日、ひかりは心臓が壊れるかと思うくらいドキドキしていた。それは楽しみだからというより、緊張のためだ。


 曖昧な態度のまま長期戦で頑張るのは、心が持ちそうにないのでやめることにした。

 どうせもう、自分の気持ちは聞かれているのだ。それならばいっそ、ちゃんと面と向かって伝えようと決めた。


 もしかしたら、最初で最初の二人きりのデートになるかもしれない。それなら、いかにもデートらしく、楽しい思い出になる場所に行きたいとも思う。でも、ひかりにはデートらしくはないが、太陽とだからこそ行きたい場所があった。


 その後に気持ちを伝えて、ダメならすっぱり諦める。保留以上の答えなら、まだ頑張る。


 どちらに転んでも星良に後ろめたくないよう、素直な気持ちで太陽に向き合おうと思っていた。



 五分前には待ち合わせ場所についたひかりだったが、太陽はすでにもう待っていた。慌てて小走りで駆け寄ったひかりに、太陽は柔らかく笑んだ。


「おはよう、久遠さん」


 久しぶりに自然な笑みを向けられて、ひかりの心臓がトクンと跳ねる。


「おはよう、朝宮くん。お待たせしてゴメンね」


「いや、俺が思ったより早くついちゃっただけだから」


 緊張してちょっと早く出すぎたかな、とはにかんで頭をかく太陽がなんだか可愛くて、ひかりはふふっと微笑んだ。緊張で強張っていた身体から、ふっと力が抜ける。


「ところで、こんな格好でよかった?」


 太陽は自分の服を軽くひっぱりながら小首を傾げた。事前に、動きやすく、多少汚れても構わない服装でとお願いしていたのだ。


 太陽の服装は、グレーのパーカーの上にデニムジャケット羽織り、胸元には黒×白のボーダーTシャツが覗いている。下は黒のカーゴパンツ。足元はスニーカーだ。


 ちなみに、ひかりはオフホワイトのカットソーに赤のカーディガンを羽織り、ピンクのストールを巻いている。下はグレーのショートパンツに黒のレギンス、足元は赤のハイカットスニーカー。最初で最後かもしれないデートにしてはカジュアルだ。


「うん。ごめんね、服装のお願いまでして」


「それは別にいいよ。ただ、どこに行くのかは気になるな」


 謝るひかりに、太陽は好奇心に満ちた瞳を向ける。しかし、太陽の期待に応える自信がないひかりは、微苦笑を浮かべた。


「えーと……誘っておいてなんだけど、そんなに期待しないでね」


 そう言うと、不思議そうな顔をした太陽と並んで歩きだした。


 目的地は、最寄駅から急行で3つ目の駅。移動時間は、学校のことなど他愛もない話題で話が弾んだ。


 つい最近まで避けられていたことが嘘のような自然な会話に、ひかりの心はふわりと温かくなる。ずっとこんな関係でいられたら。そう心から願う。


 面と向かって気持ちを伝えたら、変わってしまうだろうか?


 そう思うと、怖くなる。これから向かう先を変更したほうがいいのかと、不安にもなる。


 でも、自分の心と向き合って決めたのだ。太陽には全部伝えると。


 だから、逃げたりしない。



 駅に着くと、まずは早めの昼食をとることにした。


 本来の目的地に行く途中にある最近オープンした店で、気になってはいたのだが一人では入りづらかった店だ。


「久遠さんがこういう店選ぶの、ちょっと意外だな」


 微笑を浮かべているので悪い意味ではないとわかっているが、太陽にそう言われ、ひかりは少し頬を赤らめた。


 ひかりが選んだのは、アメリカンバーガーの店。基本のバーガーに好きなものをトッピングでき、ファストフードのバーガーに比べると基本のバーガーですらボーリュームがある。ランチだとたっぷりのフライドポテトとサラダ、スープにドリンクまでつく。小食の女子には食べきれないボリュームだろう。客も、男性客が多い。


 しかも、大ぶりのハンバーガーは大口を開けなければ食べられないし、綺麗に食べるのはなかなか難しい。好きな人と二人で食べる初めてのご飯には向かないかもしれない。


「ここの前を通るたびに美味しそうだなーって思ってたの。でも、さすがに一人じゃ入れないし、持ち帰るには家まで遠いし……」


 やっぱりもっと女の子らしい店の方がよかったかと後悔しはじめて徐々に声が小さくなるひかりに、太陽は慌てた様に口を開く。


「あ、悪い意味じゃないよ。俺はこういう店好きだから、嬉しいし。久遠さん華奢だから、自分からガッツリしたもの選ばなさそうって勝手に思ってただけで。って、ひょっとして俺に合わせてくれた?」


 一生懸命フォローしようとする太陽の優しさに、ひかりは沈みかけていた気持ちが浮上する。自然体の自分を見せたくて今日の予定をたてたのだ。せっかく太陽がつきあってくれるのだから、楽しく過ごさなければもったいない。


「朝宮くんも好きかなって思ったけど、私が食べたかったのもホントだよ。いつもじゃないけど、私だってガッツリしたもの食べたいもん」


「そっか」


 太陽が微笑んだところで、メニューと水が運ばれてきた。二人で一つのメニューを見ながら、何をトッピングするか楽しく悩む。


 結局、太陽はベーコンとタマゴ、三種のチーズにパティを一枚追加した、ベーコンエッグチーズダブルバーガー、ひかりはアボカドとチーズをトッピングしたアボカドチーズバーガーをオーダーした。


 しばらくして運ばれてきたのは、思ったよりもボリュームたっぷりのハンバーガー。ひかりのバーガーでさえ、10cm以上の厚みある。一口で上から下までかぶりつくのは困難なボリュームだ。


 太陽はひかりのものよりも厚みがあるバーガーを付属の袋に入れると、大きな口でがぶりと頬張った。男らしい食べっぷりと、鼻についてしまったソースの子供っぽい可愛さのギャップに、ひかりはふふっと微笑んだ。


「うまい!」


 目を輝かせる太陽に、ひかりは紙ナプキンを差し出す。


「よかった。でも、食べるの難しいよね」


「あ、確かに」


 はにかみながら紙ナプキンを受け取り、鼻の頭を拭く太陽。ひかりも形を崩さないようにおそるおそるバーガーを袋に移すと、思い切ってかぶりついた。が、一口目ではバンズと野菜ととろけ落ちたチーズしか口の中に入ってこない。


 思わずむぅっと難しい顔で自分のバーガーを見つめたひかりに、今度は太陽がクスッと笑う。


「ほんと、食べるの難しいよね」


「うん……」


 少し恥ずかしくて顔を赤らめたひかりに、太陽は優しく目を細める。


「でも、上品な店で緊張しながら食べるより、こうやって一緒にかぶりついて食べたりするほうが、俺は楽しいな」


「……そう?」


「うん。肩の力抜いて食べられるし、何よりうまい!」


 そう言って破顔する太陽は、どうやらこの店を気にいってくれたらしい。こんどはソースがつかないように気を付けつつ、大口でがぶりとかぶりついた。


 味に満足げに笑む太陽につられたように微笑みながら、ひかりはさっきよりも大きな口でぱくりとかぶりつく。今度はジューシーなパティもクリーミーなアボカドもコクのあるチーズも口に入り、ファストフードのバーガーとは違う美味しさに、ひかりも目を輝かせた。


「んー、美味しー!」


「うん。こんなに美味しいと、また違うトッピングも試したくなるね」


 ポテトもつまみつつそう言った太陽に、ひかりはまた一緒に来てもらえるのかと期待する。が……。


「今度、連れてこようかな」


 たぶん、太陽はなんの意識もせずにこぼれた言葉だろう。わざわざ聞かなくても『誰を』かわかる。元気よく大きなバーガーにかぶりつく星良が、そんな星良を優しく見つめる太陽が、ひかりには簡単に想像できた。


 きゅっと胸が苦しくなる。


 星良と太陽はもともと仲の良い幼馴染だ。昔からどこにでも一緒に遊びに行っているのを、ひかりだって知っている。だから、いい場所を見つけたら一緒に行こうと考えるのが自然なのだとわかっている。自分と出会う前から、太陽にとって星良は大事な存在なのだ。


 それでも、胸が痛い。せめて今だけは、目の前にいる自分のことを考えてほしいと思ってしまう。


 星良の気持ちを知りながらこんなことを思う自分は、星良の友達と言えるのだろうか?


 そんな不安も胸に満ちる。


 靄のように胸に広がる暗い気持ちが表情に出そうになったとき、ポテトを飲み込んだ太陽が口を開いた。


「こういうの、月也大好きなんだよな」


「高城……くん?」


 驚いたような表情のひかりをきょとんと見つめながら、太陽はこくりと頷く。


「うん。月也、バーガー類好きだから、こういう本格的なの食べてみたいって前から言ってたんだよね。ここ新しそうだし、月也の情報網にもまだ引っかかってなさそうだから、連れてきたら喜ぶかなって」


「そ、そうだね」


 勝手な想像で嫉妬してしまったことにひかりはそっと反省する。そして、もしかしたら今、星良は自分が胸に抱いたような不安を、痛みを、1日中抱えながら過ごしているのかと気づき、心が揺れた。


 ライバル宣言を互いにしたのだから、太陽を誘ったことを悪いとは思わない。だけど、不安な気持ちがわかるからこそ、星良に後ろめたさもある。


 ゴメンね、と心の中で謝りつつも、せめて今日だけは独占させてほしいと、届かない赦しを請う。


「久遠さんは、次来たら何食べてみたい?」


 それは、また一緒に来てくれるってこと?


 そんな疑問は口にする勇気がなかったが、目の前で美味しそうにランチを平らげていく太陽を見ているだけで、ひかりは笑顔を取り戻す。


 今日だけは、一緒にいるこの時間だけは、太陽のことだけを考えよう。嫉妬などせずに、不安など抱かずに、この愛おしい幸せな時間を胸に焼付けよう。


 揺れる気持ちに立ち向かう様にがぶりと大きなバーガーにかぶりつくと、目を細めた太陽と目が合う。


「いい食べっぷりって、見てて気持ちいいね」


「……女子として、大丈夫?」


「? もちろん。美味しそうでいいなーって思ったよ」


 何かいけないことでもあるのかときょとんとする太陽にほっとするひかり。飾らない姿を自然と受け入れてくれる太陽をやっぱり好きだと思いながら、ランチタイムを楽しんだのだった。

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