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星と月と太陽  作者: 水無月
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もっと強く

 太陽は委員会がある為、月也と二人で帰ることになった星良は軽く眉間にしわをよせた表情のまま歩いていた。


 別に怒っているわけではないが、他にどんな表情をしていればいいのかわからない。告白したというのに、月也は今までと何ら変わりない態度。だが、気持ちを知ってしまった以上、星良は今まで通りのリアクションができない。


 他の人に気づかれないように、照れるよりは怒っている方がいつもの自分に近いかと必死に不機嫌を装っているのだ。


「ねー星良さん、ずっとそんな表情してると、若いのにしわができちゃうよ?」


「余計なお世話っ!」


 本当に不機嫌な顔で睨むと、月也は目を細めてククッと笑った。


 星良は唇を尖らせる。


「誰のせいだと思ってるのよ……」


 そう、小さく呟く。


 月也は悪くない。怒っているわけでもない。


 だけど、安全地帯だと思っていた月也までがこの出口の見えない恋愛模様に乱入してきて、星良には許容オーバーなのだ。しかも、かおるの元気のない姿を見かけてしまい、月也の気持ちは嬉しいがそれ以上に胸が痛い。かおるのことを思うと、月也に告白された事実を誰かに相談することもためらわれた。


「誰のせいって、僕のせいでしょ?」


 独り言のつもりだったが、月也の耳にはしっかり届いていたらしい。


 横目で軽く睨んだ星良に、月也は悪戯な微笑を浮かべる。


「でもね、星良さん。ポーカーフェイスのつもりなんだろうけど、たぶん親しい人にはバレバレだったと思うよ?」


「えぇっ⁉︎」


 予想外の言葉に驚く星良を、月也は楽しそうに見つめている。


「星良さん、単じゅ……いや、素直だから顔に出るんだよね」


「誰が単純よっ‼︎」


 わざわざ言い直した月也の背をバシっと平手打ちすると、月也はいててと呟きながらも笑顔を崩さない。星良とのこんなやりとりが楽しくてしょうがないと言うような表情。


 表面上は今までと変わらない表情なのに、そう感じてしまうのは自分の気持ちが変わったからだろうか……。


 星良はそう思って、内心照れる。頬が赤く染まっていないか、少し心配になる。


 月也が自分のことを好き。


 それを聞いた時は信じられない気持ちの方が強かったが、一人になり、今までのことを思い返すうちにそれは実感を増していった。


 一つ一つの行動が、月也の好意を裏付けていく。


 どれだけの愛情で他の人を想う自分を支えようとしてくれたのか、一つ思い出すごとに深く胸にしみていく。


 だが、素直に喜べない材料がありすぎた。


 だから、本当にもう、星良にはどうしたらいいのかわからなかった。


 思い悩む星良とは対照的に、月也は寧ろすっきりした表情で口を開く。


「だから、僕は気にしなくていいって言ってるのに。僕は僕で好きなようにするから、星良さんは前だけ向いてればいいんだよ」


「気づいたことを気づかないふりできるほど、器用じゃないんですけど」


「それもそうだね。素直すぎて不器用だもんね。単純だし」


 自分にしては攻撃的に言い返したにも関わらず、あっさり認められ半眼で月也を見る星良。月也は楽しげにそんな星良を見つめている。


 星良は、はぁっと深いため息をついた。


「月也、何考えてるかわかんない」


「わかんなくていいよ。僕自身、一番の望みがなんなのかよくわからないし」


 空を見上げ、月也はあっけらかんとそう言った。そんな月也の横顔を、星良はじっと見つめる。


「星良さんに幸せでいてほしいっていうのは確かなんだけどね。で、太陽が一番幸せにできるだろうから上手くいってほしいと思うけど、でも、やっぱり自分が幸せにできたらなーとも思う。かおるさんも幸せでいてほしいって、傷つけたくせに思う。久遠も頑張れーって、久遠と太陽がうまくいったら星良さんが泣くのわかってるのに応援したい気持ちもあるし」


 月也は空を見上げたまま、微苦笑を浮かべる。


「どれか叶えば誰かが傷つくってわかってても、矛盾した気持ちが混在するんだよね。でもできるだけ皆が幸せになれたらなって、強欲なことも思ったりする。ほら、わかんないでしょ?」


「……うん」


 月也の言葉、星良は頷いた。その気持ちが、星良も同感だからだ。


 太陽もひかりも、月也もかおるも、もちろん自分も、幸せならいい。でも、今の状況でだれも傷つかないのは無理なのだ。


 だから、苦しい。


 でも……。


 星良は月也の横顔を眩しそうに見つめる。


 月也は似た状況でも、決して俯かず、まっすぐに前を向いている。自分の気持ちに素直に、そして、大切な人を幸せにするために。


 誰かを傷つけてしまうことも受け止めて、矛盾のある自分の気持ちからも目を逸らさず、いつもの自分を保ったまま、笑顔を絶やさずに。


「……月也は、強いね」


 思わず口をついて出た言葉に、月也は少し驚いたように星良を見てから、眼鏡の奥の瞳を三日月型に細めた。


「武道では星良さんに一生敵わないと思うけどね」


「そこはあたしも負ける気しない」


 じっと見つめあってから、どちらからともなく笑いあう。星良は、ふっと肩の力が抜けた気がした。


 月也は自分と同じだ。そして多分、太陽も、ひかりも同じ。


 それぞれが相手の幸せも、自分の幸せも願い、すべてが叶わないことを知っているから悩んでいる。自分が幸せなら、他の誰かが辛い想いをすると躊躇っている。その逆も然り。


 それはきっと誰もが通る道で、最初から正解などないのだ。みんな手さぐりで、傷つき傷つけながら進んでいく。


 自分が選び進んでいく道が正解なのかわからない。でも、月也のように自分からも相手からも目を逸らさずに、幸せも傷もまるごと受け止める強さを持って進めたらと願う。


「あたしも、もっと強くなるね」


 微笑んでそう言うと、月也は優しい眼差しを向けた後、わざとらしく困った顔を浮かべた。


「いやぁ、星良さんにこれ以上強くなられてもなぁ。人類最強になられても怖いし」


「……そう。月也は久しぶりの稽古であたしに厳しく相手してほしいと、そう言ってるのね?」


 真面目な言葉にふざけて返され、そのお返しとばかりに星良が満面の笑顔でそう言うと、月也の顔がこわばる。


「え、いや、冗談ですよ? 星良さん?」


「そうかそうか。月也は明日立てなくなるくらい稽古して、あたしが人類最強になるのを手伝ってくれるんだね。ありがとう」


「星良さーん。冗談ですよー。明日も学校あるから、立てなくなると困るんですけどー」


「あー、道場につくのが楽しみだなー」


 慌てる月也をしり目に、道場に向かって足早になる星良。ぶつぶつ文句を言いながら後からついてくる月也に、心の中で感謝する。


 真剣に思い悩み過ぎないようにふざけてくれること。そうやって、今までと同じでいいと甘えさせてくれること。


 自分も、太陽に対してそんな余裕をもって接することができたらと思う。想いが重荷にならないように、もう少し肩の力を抜いて太陽の傍で笑っていられたら。


 その見本になってくれそうな月也が隣に並んだのを見て、星良は笑顔を浮かべたのだった。

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