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星と月と太陽  作者: 水無月
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ありのままで

 ハッハッと凛の息遣いだけが聞こえる静かな土手の上で、星良は戸惑いを隠しきれずに月也の瞳をただ見つめ返していた。


 太陽の友人として月也と出会ってから約3年。その日から、月也を異性として意識したことはほとんどなかった。恋愛対象として見たことは一度もない。月也を本気で嫌っているわけじゃない。太陽以外の男子では、一番気心が知れている相手だ。


 だからこそ、どうしたらいいのかわからない。


 何も言えずにいると、月也はニコリと笑んだ。


「ま、別に今答えが欲しいとか思ってないから、あんまり気にしないで」


「気にしないわけあるかぁ!」


 月也のさらりとした口調に、思わずツッコむ星良。自分が太陽に想いを告げた時は人生史上最大の勇気を振り絞った一大事だったというのに、月也は自然体のままだ。気負った様子は微塵もない。やはり、からかっているだけなのではないかと疑いたくなる。


 じとっと月也を睨んだ星良は、月也の口元にゆっくりと笑みが浮かぶのに気付いた。からかう感じではない。嬉しさが滲むような微笑み。


「そっか、気にしてくれるんだ、星良さん。だったら、脈がないわけじゃないかな」


「なっ……」


 思わぬ反応に、硬直する星良。何故か頬が熱くなる。


 否定の言葉も出てこない星良に、月也は目を細めた。


「僕の予想では、キスする前に避けられる、またはキスした瞬間に吹き飛ばされる、投げ飛ばされる、殴られるって感じだったんだけど、それもなかったし、気持ちを伝えてもすぐ断られるかと思ってたんだけどね。それでも最初は仕方ないと思ってたんだけど……」


 一度言葉を切り、月也は星良に向かって手を伸ばした。星良はびくっと身体を揺らすものの、月也の瞳に釘付けにされたかのようにそれ以上動くことができない。切れ長の瞳を見つめたまま、熱い頬に少し冷たい月也の手が触れるのを感じる。


「こんな反応してくれるなら、少しは希望があるって期待していい?」


「い……う……あ……」


 心臓が痛いほどにバクバク脈打ち、思考回路がショートしかけている星良はまともに言葉を発することすらままならない。


 そもそも、星良は今まで男子に異性として扱ってもらったことはほとんどない。女の子扱いしてくれたのは太陽くらいだ。したがって、恋愛対象として見てもらったこともなければ、当然告白されたこともない。想うことも、想われることも、経験値がほとんどないのだ。自分が誰かに告白されるなど、考えたこともなかった。


 それが、予想外の親しい相手からの告白。しかもキスまでされて、まともな答えがすぐに返せるわけがない。


 それに、月也の見たこともないような甘い眼差しが、艶のある微笑が自分に向けられていて、混乱に拍車をかける。


 こんな月也は知らない。まるで別人みたいで、どう反応したらいいのかなんてわからない。


 困り果てていると、月也は柔らかに目を細めるとそっと手を放した。一度目を閉じ、ふぅっと息を吐いてから再び目を開ける。瞳に宿っていた甘やかな光は失せ、いつもの月也に戻っている。


「予想以上に動揺させちゃったみたいだし、この話はここまで。星良さん恋愛は不器用そうだし、今は僕のことは気にしないで、太陽のことだけ考えてればいいよ」


 まるで自分の想いにぱたりと蓋を閉じたかのような変化。雰囲気も表情も星良のよく知る月也に戻り、何もなかったかのように月也は歩き出す。


 星良は一歩遅れて月也の後をついていきながら、頬を朱に染めたまま唇を尖らせた。


「だ、だったら、なんで言ったのよ。あ、あんなこと言われて、き、気にしないわけないじゃない」


 いつも通りの月也に戻ったおかげで、ようやく言葉を取り戻す星良。軽く睨む星良をちらりと横目で見てから、月也は星空を見上げる。


「今すぐ言うつもりはなかったんだけどね。星良さんがあまりにも見当違いな事言うから」


「う……」


 星良は言葉につまる。確かに、月也はかおるとの別れ話で話を終わらせようとしていた。誰が好きなのかと突っ込んだのは自分だ。さらには、太陽が好きなのではと見当違いも甚だしい問いをぶつけてしまった。好きな人にそんなことを言われたら、違うと訂正したくなる気持ちはわからなくもない。


「それにね……」


 俯いた星良の横で、穏やかな声が響く。星良が月也を見上げると、月也は優しく微笑んでいた。


「星良さんにはもっと自信もってほしくて。ありのままの星良さんを好きになる人がいるんだよってわかってほしかった。恋をして自然にかわっていくならいいけど、無理して自分を変える必要はないと思う。今のままでも、星良さんには星良さんの魅力がちゃんとあるよ」


「あ、ありがとう」


 星良は再び顔を赤らめた。


 素直に嬉しかったのだ。ありのままの自分を好いてくれるということが。自分を励ますために、その想いを告げてくれたことが。



 でも……。



 ふと苦しくなる。嬉しいからこそ、胸が痛む。


 自分が好きなのは、太陽だ。月也じゃない。


 月也はどんな気持ちで太陽を想う自分を見ていたのだろう。励ましてくれたのだろう。


 もし、自分が太陽にひかりのことを相談されたら、平然となんてしていられない――。



「そんな顔しないでよ、星良さん」


 穏やかな月也の声に、いつの間にかうつむきがちに歩いていた星良は顔をあげる。


 見つめた月也の瞳に、陰りはない。ケロリとしたいつも通りの月也。


「あのね、今更傷つかないから大丈夫だよ。初めて太陽と一緒にいる星良さんを見た時から、太陽には敵わないって思ってたんだから。星良さんが幸せならそれでいい。相手が太陽なら素直に祝福できる。そう、ずっと思ってたんだから耐性ができてるよ」


「…………」


 あっけらかんと言われても、はいそうですかと納得できない。


 自分は同じ痛みを知っている。あの痛みに慣れるわけがない。


 星良が黙っていると、月也はふっと笑った。切れ長の瞳に甘やかなきらめきが戻る。


「まぁ、星良さんにあんな可愛いリアクションとられると、欲が出るよね。もっとそんな星良さん見たいなって」


「なっ……」


 再び頬を朱に染めた星良を見て、楽しげに笑む月也。ぽんっと星良の背を叩く。


「そう思える余裕があるんだから、大丈夫だよ。星良さんは太陽を追ってて。僕はその星良さんの背中を追うから。苦しくて立ち止まったら、その背中を押してあげる。振り向いてもらえなくても、傍にいるよ。遠慮なく背中預けて。それくらいの覚悟なかったら、今更告白しようなんて思わない」


「月也……」


 嬉しさと苦しさが入り混じる想いで、星良は月也の切れ長の瞳を見つめた。


 自分は、こんな風に太陽の幸せを願えているだろうか。


 相手の幸せよりも、自分が幸せになることばかり考えていないだろうか。


 同じ立場でもある自分と月也。


 どちらが本当に好きな人を大切に想っているだろうか……。


 そんな想いで見つめる星良の目の前で、月也の笑みが悪戯なものに変わる。


「と、健気に支えてる僕の優しさに、星良さんがころっと惚れたりしないかこっそり期待してみたりしてね」


「言ったらこっそりじゃない! つか、そういうことは思うだけで口にしない‼︎」


 反射的にツッコむ星良に、月也はそうだねと言ってくくっと笑った。


 もうっと唇を尖らせたものの、たぶんわざとだろうなと思う。


 ふざけて怒らせて、沈みかけた気持ちを忘れさせるのが月也の常套手段だ。


「月也、ふざけてるのか本気なのかわからない」


 ぼそっと呟く星良。月也は二人の間を歩く凛を見て微笑む。


「本気だよ。ね、凛」


 月也の呼びかけに、ワゥッと答える凛。そうだよという様に、星良を見上げて尻尾を振っている。


「なんでそこで凛ちゃんに話を振るかな」


 愛らしい凛の瞳に口元を緩めつつ言い返すと、月也は再び凛を見つめた。


 凛は相変わらず、尻尾を振りながら星良を見上げて歩いている。


「凛が一番知ってるから、僕の気持ち」


 本心が零れ落ちたような月也の声に、ワウッっと応える凛。


 星良は問う様に月也の横顔を見つめたが、月也はそれには答えてくれなかった。


 その後はもう、互いの気持ちについて話すことはなかった。凛の事や、学校や道場の他愛もない話をぽつりぽつりとする。


 月也の足は自然と神崎道場に向けられており、星良は気が付けば家まで送ってもらっていた。


「おやすみなさい、星良さん」


 まるで何事もなかったかのように微笑みを残して去っていく月也の背中を、星良は見えなくなるまで見送ったのだった。


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