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星と月と太陽  作者: 水無月
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ただ好きなだけ

 午後の授業が始まり、星良がふと窓の外を見ると校庭ではどこかのクラスが体育の授業を行っていた。男子はサッカー、女子は隣のコートでテニスらしい。


 クラスメイトの読む英文を聞きながら、星良の視線はすぐに校庭で走る一人に釘付けになった。遠くでもわかる、太陽の姿。クラスメイトと楽しげにプレイをしている姿に星良は微笑んだ。ふわりと心の中が暖かくなる。目がよくてよかったと、遠くからでも太陽を見つめられる自分になんだか得した気分だ。真剣な眼差し、笑顔、悔しそうな顔。くるくると変わる表情の全てが愛おしい。自分の授業そっちのけで、太陽を見つめてしまう。


 しばらく見つめているとボールがコートを大きく逸れ、転々と転がるボールを一人が取に走っている少しの間、ゲームが止まった。その場に立ち止まり、袖で汗をぬぐう太陽の瞳が、ふと遠くに向けられる。その瞬間に、星良の知らない太陽の表情がその顔に現れた。


 切なげで、でも愛しさを抑えきれない、幸せと苦しさの入り混じった顔。


 視線の先は確認しなくてもわかる。


 星良から姿は見えないが、ひかりのいるテニスコートだ。


 太陽は想いを断ち切るように、苦しげに視線を足元に移した。


 温かった星良の心がすぅっと冷えた。大きなトゲがぐさりと突き刺さり、その痛みで呼吸ができなくなる。


 現実から目を背けるように太陽から視線を逸らす。でも、焼きついた太陽の表情は星良の中から消えない。ドッドッドと、嫌な自分の鼓動が耳に響く。


 

 好きな人を見つめるのに苦しさがにじみ出ているのは、誰のせい?



 授業の残り時間を、星良はギュッと唇を噛みながら過ごした。





「あれ? 月也は?」


 放課後、教室まで迎えにきてくれた太陽は、すでにない月也の姿を探してきょろきょろと視線を動かした。


「用があるから今日も稽古休むって先帰ったよ。またかおるさんとデートじゃない?」


 星良が太陽に想いを告げてから、月也は気を使っているのか一緒に帰らないことの方が多くなっていた。二人きりの時間を作ってくれて嬉しいが、今日のような心境の時はいてくれる方がありがたいと思ったりもする。だが、自分の勝手で人のデートの有無を左右するわけにもいかない。


「そろそろ師匠に怒られるんじゃないか、あいつ」


 そう言って微苦笑を浮かべた太陽と並んで帰路につく。


 太陽はいつも通りの太陽だ。明るく穏やかで笑顔が多い。体育の授業中に見せたあんな苦しげな顔をかけらも見せない。


 太陽は優しく自分を見つめてくれる。だけど、あんな自分の感情を抑えきれないような熱い視線を向けてくれることはない。これから先、そんな眼差しを向けてもらえるなんて想像すらできない。


 たとえ付き合えたとしても、今までと同じ、心配かけたり困らせたりしながらも、温く見守ってくれる眼差しを向けてくれるだけではないかと思ってしまう。


 それでも、自分を見てくれるならいい。


 太陽が自分の気持ちに嘘をついていないなら……。


「で、月也がそこの店、星良も好きだろうって言ってたから今度一緒に行ってみる? って、星良?」


「え? あ、ごめん。何?」


 途中から話を聞いていなかったことに気づき謝ると、太陽は微苦笑を浮かべた。鳶色の瞳がじっと星良の漆黒の瞳を見つめる。優しい眼差し。


「どした?」


 穏やかな声は、星良の心の柔らかい部分に響く。堪えていた想いが溢れ、平然を装っていた顔がぐにゃりと歪む。


「太陽、あたしとのデート、楽しかった?」


「もちろん。……星良?」


 たぶん、泣きそうに見えたのだろう。太陽は心配そうに見つめながら、くしゃりと星良の頭を撫でる。


 そんな太陽を見上げながら、星良は震える声で続けた。


「本当に? あたしのために、自分の気持ちに嘘ついてない?」


 太陽は一瞬驚いたように目を見開き、それから柔らかに目を細めた。ゆっくりと足を止め、星良ときちんと向かい合う。


「星良といて楽しいのも、星良を大事にしたいのも、俺の本当の気持ちだよ。そこに嘘はない」


 はっきりとした口調。真っ直ぐな視線。その想いは真実だと、真摯な気持ちが伝わってくる。


「でも……」


 言葉を続けようとした星良の頭に、太陽は再びポンッと大きな手を置いた。そして、くしゃりと頭を撫でる。


「悩むのと嘘とは違うよ、星良。大切なことだから、俺だって悩む。自分の気持ちを偽らないように、自分にも、大切な人にも納得できる答えを出せるように考えてるだけだよ。だから、そんな顔するなよ」


「うん……」


 頷いて笑おうとしたが、どうしてもうまくできない。泣きそうになった顔を元に戻せずにいると、太陽は困ったように見つめてから辺りをきょろっと見回した。そして、人がいないのを確認してから、そっと星良を抱きしめる。背中に回した手で、落ち着かせるようにぽんぽんっと優しく星良の背を叩いた。


「ゴメン。俺、ダメだな。星良にそんな顔させたくないって思ってるのに、全然できてない」


「……太陽は、悪くないよ」


 太陽の温もりに包まれながら、星良はそっと目を瞑って答えた。


 トクトクと、密着した身体を通して太陽の心音が伝わってくる。とても落ち着く音。


 苦しませてるのに、困らせてるのに、この温もりを自分だけのものにしたいと願ってしまう。


 自分の中に、こんな我がままで貪欲な気持ちがあったことを初めて知る。


 これが、恋なんだろうか。


 ひかりのことも大事にしたい。太陽の想いも大事にしたい。


 それも本当の気持ちなのに、太陽に優しくされると、それを無視してでも自分の溢れ出る想いを優先したくなってしまう。


 そんな自分は嫌なのに、想いは止められない。


「あたしが、太陽を大好きなだけ……」


 呟くような言葉に、太陽は優しく頭を撫でてくれた。


 その優しさが胸に痛い。


 こんなどうしようもない愛しさを、太陽はひかりに対して持っているのではないか?


 自分が恋を知ってしまったからこそ、そう思ってしまう。


 それでも、自分を見てくれるという太陽に甘える気持ちが勝っていた。


 嘘じゃないなら、悩んでいるだけなら、もっと自分を好きになってもらえるように頑張ろう。


 不安な気持ちを、そう思うことで無理に前向きになろうとしていた。

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