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星と月と太陽  作者: 水無月
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体育祭2

 群舞の後は、昼食の時間だ。普段は他クラスの仲がいい者と食事をする生徒も多いが、今日ばかりはほとんどの生徒が自分のクラスの座席から動かない。それだけ、結束感が強くなっていた。星良も、体育祭の練習を通じて新密度が増したチア部の笑美と千歳と昼食をとっていた。


「やっぱ、男子の群舞は迫力あってかっこよかったねー」


 おにぎりを持ちつつ瞳を輝かせたのは笑美。千歳は唐揚げを頬張りながらこくこくと頷いている。


「どの組もそれぞれ凝ってて面白かったね」


 隊列の変化に凝る組、組体操のような立体的な作りに重点を置いた組、素早いダンスを完璧に揃えた組など、こだわりはそれぞれあった。全体的に見れば、どの組も楽しめた。


「うんうん。うちの組もよかったよね」


 そう言う笑美の表情は、何故だか嬉しげだ。自分の組の出来が良くて嬉しい、という以上の感情が見える気がして、不思議に思って星良が見つめていると、それに気づいたのか、笑美は口の中の卵焼きを飲み込むと、そっと星良に顔を寄せた。


「実はね、かっこいい先輩見つけちゃったの、うちの組に」


「――そうなんだ」


 真顔の笑美にどんなリアクションを返していいのかよくわからず、一拍置いて答えた星良に、笑美はぷぅっと頬を膨らませた。リアクションを間違えたのかと焦る星良の横で、千歳がくすくすと笑いだす。


「神崎さん、そんな顔しなくて大丈夫だよ。笑美、怒ってるわけじゃないから」


「そ、そうなの?」


 仲の良い二人は、互いの言動をよく理解しているらしい。ついていけずにオロオロしている星良を見て、怒った表情に見えていた笑美はぷっと吹き出した。


「星良ちゃん、今のはね、嫉妬なの」


「嫉妬?」


 きょとんとする星良に、笑美は真面目な顔になると深くうなずいた。


「そう。嫉妬。『くそぅ、この女、いい男見慣れてるから、カッコいい人見つけた喜びがわからないのか!』っていう、ジェラシー」


「そ、そっか。……ゴメン?」


「いや、謝らなくていいから」


 ぺしっとお笑い芸人のように星良にツッコみ、ケタケタと笑う笑美。嫌味も棘も感じられない笑美の態度に、星良はほっと胸を撫で下ろす。


 そんな星良に、笑美は再び真顔になった。


「あのね、星良ちゃん。朝宮くんも高城も、うちの学年じゃトップクラスだって覚えてた方がいいよ。んでもって、この体育祭でさらにファンが増えたこともね」


「う、うん」


 笑美が言わんとすることを量りかねながら頷くと、微苦笑を浮かべた千歳が口を開く。


「つまりね、笑美みたいに嫉妬する女子が増えるってこと。笑美は本気じゃないから羨ましいなーってくらいの可愛い嫉妬だけど、そうじゃない人もいるだろうから」


「陰険なのも多いからねー、女子は」


 そう言っておにぎりを頬張り、笑美がちらりと向けた視線の先には、男子と弁当を囲んでいる唯花の姿。彼女とはそりがあわないらしい。


「あーゆーのに絡まれると面倒だろうから、気を付けてってことー」


「ありがと」


 裏表を感じず、さっぱりとした性格の笑美と千歳を、星良は好きだと思った。嫉妬されたとしても、裏で言わずに堂々と目の前で表現し、はっきりと言ってくれるなら、むしろ心地いい。自分に正直で、好感が持てた。


 その後の昼食は、陰険な女子への注意の仕方や、発見したカッコいい先輩についてなど、主に笑美の熱いトークを千歳と二人で聞く、楽しい時間となった。




 午後の競技も順調に進み、いよいよ最終競技のひとつ前、女子の『棒倒し』の番となった。点差はどの組も競っており、この棒倒しと最後の騎馬戦次第でどの組が優勝してもおかしくない状態だった。


 グラウンドで所定の位置についてから、各クラスで円陣を組む。どの組からも、勝利を誓う掛け声がかけられた。


 星良たちも掛け声をかけ、それから作戦通りに星良たち三人を除く全員で棒を守るようにフォーメーションを組んだ。アドヴァンテージを持っている星良たちの組が真っ先に狙われる可能性が高いため、守る人数が多いとはいえ、余裕とは言いがたい。他四クラスの集中攻撃をくらったら、すぐに一度目の棒は倒されてしまうかもしれない。それを防ぐためにも、星良たち攻撃班の特攻を素早く行い、攻撃にくる組を減らさなければならなかった。


「まずは、一位の白組だよね」


 グラウンドの中で、五角形の頂点の位置に各組が配置されているが、白組は一番遠い場所に位置する。近い場所から撃破するか悩むところだが、自分たちの機動力を考えたら、まずは現在の一位を叩き潰すのが得策に思えた。


「うん。そうしよう」


 笑美の意見に星良と千歳が頷いた時、ピーッと笛が鳴った。スタート前の合図だ。グラウンドに緊張が走る。


「それでは、位置について、よーい――」


 ぱぁんっと、スタートの合図が大空に響く。所定の位置から、約半数の女子たちが一斉に走り出す。一位の白組と、星良たち赤組に向かっている者がやはり多い。


 その間を抜けるようにして、星良たち三人は白組に向かって一直線に走る。


 星良もだが、笑美と千歳の足もけっこう速い。身構える白組の防御班が近づくと、星良は一度スピードをゆるめた。白組の隣の緑と青組の女子がすでに激突していたが、その一メートルほど手前で、星良を抜いた笑美と千歳が立ち止まる。そして、互いの手をがっちり組んだ。そこに向かって、星良がふわりと跳躍する。

「いっけぇ!」

 笑美の気合いの声とともに、本来はまっすぐ上にするものを、斜め前方に向かってトスをする。まるで背中に羽が生えたかのように、星良の身体がふわりと宙を舞った。しっかりと棒に狙いを定めたが、思ったより飛べてしまったため、星良は宙でくるりと一回転すると、棒にしがみつくのではなく、棒の上にトンッと片足で立ってしまった。


 曲芸のような光景に、客席は一瞬息をのんで静かになったが、次の瞬間拍手喝采が起こる。競技中の女子たちは、何事かとあたりを見回し、理由を知って愕然としたように動きを止める者が多かった。


 そんな中、星良は揺れる棒の上でおどけて一礼する。盛り上がる客席とは対照的に、足元から湧き上がる敵意。棒の上から落としてやると言わんばかりに棒を揺らす白組の女子だが、星良は動じずにトンッと棒を蹴って再び飛んだ。今度は身体を横に回転させ、その勢いで棒に向かって蹴りを入れ、斜めになった棒の先端に足を乗せ、そのまま体重をかける星良。蹴りの衝撃で手を放した女子が多かったらしく、星良の体重を支えきれず、棒はあっという間に傾きを増す。星良との激突を恐れて逃げて行く女子の間で、星良は倒れた棒とともに地面に着地した。

 ピーッと高らかに笛が鳴り、白組の敗北が大声で告げられる。攻撃に参加していた白組女子は、悲観の声とともに攻撃から撤退しはじめた。同時に、白組に攻撃を仕掛けていた緑と青の組の女子が、星良たち赤組の陣地に向かって走り出す。自分の組がやられる前に、最強の敵を潰すのが得策だと判断したらしい。


「星良ちゃん、次いくよー!」


「おう!」


 作戦が成功してご機嫌な笑美の声に笑顔で答え、近場の緑組に向かう星良。白組や緑組の男子から、星良に向かって化け物扱いのヤジが飛んできたが、気にせずに再び跳躍する星良。緑組の女子は星良が棒の上にしがみついた衝撃だけで諦めたように棒を放したため、星良は棒高跳びのように地面に着地した。再びの拍手喝采。


 だが、その背後で感嘆とは違ったざわめきが起こった。怪我人でもでたのかと振り返る星良。その瞬間、不穏なざわめきが、悲鳴のような黄色い声にかき消される。


 原因は、すぐにわかった。


 黄組が棒を守っている周辺で、太陽がひかりをお姫様抱っこして立っていたのだ。


 足を痛めたのか、足首を手で押さえているひかりだが、驚きと恥ずかしさで困ったような表情を浮かべている。おろしてほしいと必死に訴えているのがわかるが、抱き上げた当の本人は全く動じた風はない。怪我を気遣う眼差しで、足早にグラウンドを出ると、一直線に養護教諭のいる場所に向かっていった。


「王子様キャラがやると、本当にお姫様抱っこって感じだね」


「久藤さんがお姫様っぽいから、よけい似合っちゃうね」


 いつの間にか傍に来ていた笑美と千歳の呟きに、星良は笑みに似た表情を浮かべるだけで精いっぱいだった。言葉がうまく出せないほど、今の光景に動揺している。嫌な動悸が治まらない。


 黄組の陣地は青組の応援席に近いとはいえ、すぐにひかりの異変に気づき、迷わず飛び出さなければ、今のタイミングであんな光景は見れなかったはずだ。つまり、太陽はずっとひかりを見つめていて、足を痛めた瞬間、誰よりも早く応援席を飛び出したのだ。一寸の迷いなく助けに行くほど、ひかりを大切に思っているのだ。


「さ、星良ちゃん、次行こ!」


 ひかりの怪我が大きなものではなさそうなため、競技は止められることなく続けられていた。白組と緑組が脱落したが、まだ敵は二組残っている。二組とも星良たち赤組を全力で狙っているため、防御組が押され始めていた。うかうかしていると、アドバンテージの一本分が倒されてしまいそうだ。そうなる前に、どちらか一組を倒さなければいけない。


「うん」


 走り出した笑美と千歳の後に続くが、うまく走れているかさえ、自覚がなかった。足が重い。身体と心が離れてしまったかのように、思うように動かせない。息の仕方さえ忘れてしまったかのように苦しい。


 それでも、笑美と千歳がスタンバイしたのを見て、飛ぶための準備をする。笑美と千歳を邪魔するように青組の女子が走ってくるのが見えたので、早くしなくてはと、動かない足を無理やり動かす。地面を蹴り、二人の組んだ手の上に乗り、トスされて宙に浮く。


 だが、バランスのとり方がわからなくなってしまった。無意識でも空中でバランスをとれるはずなのに、どうしたらいいのかわからない。身体が別人のもののように動いてくれない。羽をもがれた鳥のように、このままだと地面に、最悪だと青組の女子の上に落下してしまう。それがわかっていても、身体が反応してくれなかった。


 だが――。


「――――さんっ! 星良っ‼︎」


 知っている声の、聞いたことのないほどの切実な叫びに、呪縛が解けたかのようにふっと身体が軽くなる。くるっと身体を回転させた勢いで、無理やり棒に手を届かせた。ぎりぎりで棒にしがみつき、人への衝突を避けられた。星良が上に落ちてくるのではと逃げた女子が多く、棒はあっさりと倒れた。


 ほっとしながら棒とともに着地した星良のもとに、青ざめた笑美と千歳が駆けつける。


「ごめんねっ! 焦ってトストス失敗しちゃった⁉︎」


「よかった、落ちなくて」


 どうやら、自分たちのせいで星良がうまく飛べなかったと肝を冷やしたらしい。星良はぶんぶんと首を振った。


「二人のせいじゃないよ。あたしがちょっと失敗しちゃっただけ。心配かけてごめんね」


 とりあえず怪我しなくてよかったと胸を撫で下ろす二人に、手を合わせて謝ってから、星良は赤組の応援席に視線を向けた。


 すぐに目が合うと、強張っていた月也の表情がほっとゆるみ、いつもの三日月のように目を細めた笑みにかわる。


 呼び捨てにしたことなど今までないくせに、いつも何事にも動じないくせに、あんな声で叫ぶほど心配してくれた月也に、少し驚いた。なんだか、くすぐったいような、妙な気分だ。


 月也の声で、助かった。その礼は、素直にするべきだと思う。


 そのためにも、さっさと残りの一組を倒してこの競技を終わらせようと気合を入れ直し、星良は最後の跳躍をしたのだった。


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