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星と月と太陽  作者: 水無月
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体育祭

 体育祭当日は雲一つない快晴だった。秋の匂いをはらんだ風が時おり吹き抜け、暑すぎず寒すぎず、快適な体育祭日和。自然と、生徒たちのテンションも上がる。特に三年生は最後の体育祭であることと、受験勉強のストレス発散があいまって、気合十分だ。


 外部の客が入る前に、生徒たちはグラウンドに配置された各色事の応援席に集まり、それぞれ気合をいれる。リーダーを中心に、各色伝統の掛け声をかけるのだ。


 体育祭の色分けは、白・赤・青・黄・緑の5色。星良たちは赤、太陽たちは青組だ。


 星良は自陣での掛け声を終えると、グラウンドを挟んで向かい側の陣地にいる太陽を見つけた。仲間たちと笑い合っていた太陽は、ふと赤組に視線を向け、すぐに星良を見つけると、互いに頑張ろうというかのように、拳を握った手をこちらに向かって伸ばした。星良も、同じように拳を握って手を伸ばす。間にグラウンドを挟み、触れ合えるはずのない距離だが、心の中では拳と拳がコツンと触れ合った気がした。


 にんまりとしていると、ふと、視界にひかりが映り込んだ。女子たちで群舞の最終確認をしているようだ。


 体育祭の練習のため、このところひかりともあまり話せていない。メッセージのやりとりはしているが、太陽のことには触れてこない。どのクラスも体育祭の練習は男女別の物が多く、男女共同の競技には太陽もひかりもでていないと聞いているので、今のところ胸の痛みは落ち着いていた。


 星良も仲間と振付の最終確認などをした後、一般のお客さんも観覧に訪れ、体育祭がはじまった。開会式では入場行進の後、教師やPTA役員の挨拶、昨年の覇者である白組の代表が宣誓が続く。そして、優勝旗の返還。だんだんと、生徒たちの戦闘モードがオンになっていく。


 競技の初めは、短距離・中距離走。短距離は男女ともに100メートル、中距離は女子は800メートル、男子は1000メートルだ。星良も太陽も中距離走に出るため、さっそくアップをはじめる。


 短距離走がはじまり、自分の組を応援しつつ、星良は待機している太陽を見つめていた。同じ種目にでる友人と何やら話しながら、その瞳に闘争心がみなぎっているのを見て、口元がゆるむ。温和な太陽だが、負けず嫌いでもあるのだ。ペース配分が難しい中距離走は競技に参加したがらない生徒が多いが、太陽なら陸上部にも負けず劣らずの走りを見せるだろう。それが、楽しみだった。


 まずは、星良の出番が先に来る。星良を含む5人の走者のうち、陸上部員が一人。体力には自信があるが、練習でもいまいちペース配分がわからなかった星良は、とりあえず彼女についていこうと作戦をたてていた。


 スタートの合図がなり、一斉に走り出す。予想通り、陸上部の彼女が先頭に立ち、星良はそのあとに続く。ペースが速いのか、200メートルあるグラウンドを一周するころには、陸上部と星良、その他3人で距離ができ始めていた。自分の組の大歓声に支えられながら、陸上部の後を淡々と走る。ラスト1周で彼女のペースがあがる。その予想以上の速さに、一瞬ついていけるか不安になる星良。同じくペースを上げたものの、少し距離があく。が、グラウンドの外ではなく、内側からかかった声に、星良のやる気スイッチが入った。


「星良、頑張れ!」


 大歓声の中でも、すっと耳に入ってくる聞きなれた声。見て確認せずともわかる、太陽の声援。ふっと身体が軽くなった。


 残り半周で陸上部の彼女に追いつき、そのまま抜き去ってゴールまで突っ走る。ゴールテープを切り、同じ組の仲間にガッツポーズを見せた後、太陽を探す。次の走者として準備していた太陽は、目が合うと、よくやったというようにニッと笑った。星良も微笑み返し、一位の座る場所に移動し、太陽の走りを観戦する。


 走者の中には、陸上部員が二人。スタートの合図とともに、全員がハイペースで走り出す。1周、2周と進むうちに、ひと塊だった集団がだんだんとばらけ始め、陸上部二人と太陽の戦いになっていった。それとともに、主に黄色い声の大歓声が太陽に降り注ぐ。もはや、自分の組など関係なく、太陽を応援している女生徒が多いらしい。陸上部員二人の顔に、帰宅部に負けられないというプライドと、女子の声援を一身に受けている男に負けるものかという意地がありありと浮かんでいる。だが、太陽が二人に離されることはなかった。最後の一周で二人を抜き去ると、ぐんぐん引き離していく太陽。その顔には苦悶の表情は一切なく、ただ真剣な眼差しに星良は見惚れていた。


 こんな太陽を、星良は昔から知っている。よく今まで、何とも思わずに見ていたと思うほど、その表情は、姿はかっこよかった。もはや応援というより、ただ単にかっこよさに悶える黄色い声と化している女子たちの叫びでグラウンドが埋め尽くされても、仕方がないと思った。


 一位のゴールテープを切り、一位の場所にやってくる太陽。当然、星良の後にくる。


「お疲れ、太陽」


「お互いやったな」


 振り返った星良に、片手をあげる太陽。その笑みに誘われるように星良の片手をあげ、ぱんっとハイタッチをする。組が違っても当たり前のように喜びを分かち合えることが、星良はなんだか嬉しかった。




 競技はどんどんと進んでいき、中間で行われる群舞を前にして、星良の赤組は二位、太陽の青組は三位となっていた。


 群舞は、まず女子から行われる。各組、持ち時間は四分。星良たちは三番目で、練習の成果がでた満足のいく踊りができた。


 最後の組は、ひかりのいる青組。力強さもあり、女性らしい柔らかさもある群舞。ぴたりと動きが揃っていて、見ごたえ十分だ。その中で、踊りが断トツでうまいわけではないにもかかわらず、ひかりの踊りは目を引くものがあった。なんというか、綺麗なのだ。


 そう感じていたのは星良だけではないらしく、男子の視線は他の美女をおさえ、ひかりに向けられているものが多かった。気になって太陽を探すと、見惚れるという表現がぴったりな表情で、ひかりを見つめていた。


 途端に、胸が苦しくなる。自分に向けていた微笑ましい笑みとは違い、女性として惹かれている眼差し。まだ自覚していない気持ちが、溢れ出ているようだった。


 と、ぽんっと肩を叩かれた。振り向くと、ぷにっと頬に人差し指がささる。犯人は、月也だ。


「なに古典的なことしてんのよ」


 手をはなした月也を軽くにらむと、月也は唇の端を軽く上げた。


「だって星良さん、敵ばっかり応援してるみたいだから、自分が何組なのか思い出してもらおうと思って」


「別に、敵ばっかり応援してませんけど」


 言いつつも、太陽ばかり見つめていたことがバレていたと気づく。確かに、太陽の応援はしていた。


「それなら別にいいけど、ちゃんと自分の組も応援してね、星良さん。群舞、みんな頑張ったんだから」


「言われなくても応援しますー」


 むっとした口調で言い返すが、これは八つ当たりかと、心の中ではこっそり反省する。胸の苦しさを、月也にぶつけて発散しているが、それを正直に言うことはできなかった。


 ひかりたちの群舞が終わり、男子たちは準備を始める。じゃあね、と言って去っていく月也の後姿をみつめ、ちゃんと応援するからね、と心の中で告げた。


 男子の群舞は、どの組も迫力があった。女子とは、力強さが違う。キレのある動き、パワフルな表現は、男子ならではだろう。


 それよりも星良が驚いたのは、真面目な表情で踊る月也につい見惚れてしまったことだった。眼鏡を外しただけで雰囲気は変わるが、それくらいなら道場で見たことがある。だが、真剣な面持ちで一糸乱れぬ踊りを踊っている月也は、いつものふざけた雰囲気はどこにもなく、男らしかった。月也の写真を撮っているらしい女子が多かったが、あれなら仕方がないかもとちょっと思う。いつもあんな感じなら、少しは見直すのにと思いながら、群舞を終えた自分の組の皆に、盛大な拍手を送った。


 だが、太陽の組の群舞を見たら、月也には申し訳ないが、月也のかっこよさは太陽のかっこよさに上書きされ、星良の中からほぼ消え去った。周りの音が聞こえなくなるほどに、太陽の動きに引き込まれる。力強く、そして美しい動き。本来、群舞は皆のそろった動きが綺麗なのだが、正直太陽の姿しか目に入らなかった。


 だが、ふと気になってひかりの姿をさがす。太陽たちの群舞の向こう側で、ひかりは手に持ったカメラの存在を忘れたかのように、じっと太陽を見つめていた。その表情は、きっと鏡でみた自分と同じだと思う。他の誰も目に入らず、ただ好きな人だけを見つめる一途な瞳。


 星良は我知らず、唇を噛んでいた。

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