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星と月と太陽  作者: 水無月
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子犬2

 太陽とひかりへの不安を上書きして消そうとするかのように、星良の頭の中は子犬のことでいっぱいになっていた。


 神崎家での稽古が終わると同時に、犬が飼えないかと門下生に手当たり次第に聞いてみたり、友人たちに子犬の写真を添付したメッセージを送った。しかし、飼ってみたいという人間はいても、実際に飼える人は見つからなかった。


 翌日も、星良は朝からずっとそわそわしていた。子犬が無事かどうか気になって、早起きして様子を見に行ったくらいだ。子犬は変わらず元気でほっとしたが、学校にいる間も今頃どうしているのか気になって、一日中落ち着かなかった。


「よかったー。元気そうだね」


 学校が終わるなり、子犬用の餌を買って公園にかけつけた星良は、子犬たちをみて顔をほころばせた。二匹とも、段ボール箱の中で元気そうに動き回っている。


「色々かまってもらってはいるみたいだね」


 同じく子犬たちを覗きこんだ月也が、微苦笑を浮かべる。箱の中やその周りには、数種類の餌などが置かれていた。


「気にはなるけど飼えないって人が結構いるんだな」


 子犬の背中を撫でながら、太陽が残念そうに呟く。


「飼っている家、けっこう多いのになぁ」


「まぁ、実際飼うとなると、命を預かる責任とか、経済的なこともあるしね。それに、相性というか、運命的なものもある。この子らの場合、まだそんな人と出会えてないんだろうね」


 溜息混じりの星良の横で、月也は微笑みながら子犬を一匹抱いた。子犬は嬉しそうに尻尾を振っている。


 星良はそんな月也の横顔を羨ましそうに見つめ、そしてふと思いついた疑問を口にした。


「月也は、運命の出会いだったの?」


「凛と?」


 頷く星良に、月也は目を三日月形に細めた。


「うん。運命感じたよ。絶対にこの子を飼うって」


 まるで抱いている子犬が月也の飼い犬の凛であるかのように愛おしそうに撫でながら、穏やかな声で答える月也。凛が大事で仕方がないと言っているようだった。


 星良は、まだ会った事のない凛に興味がわく。


「ねぇ、こんど凛ちゃんに会いに行ってもいい?」


 一瞬キョトンとし、そして破顔する月也。その嬉しそうな顔が意外で、星良は思わずどきりとした。


「もちろん。いつでもどうぞ。凛もきっと喜ぶよ」


「凛ちゃん、人懐っこいもんな」


「凛、太陽のこと大好きだよなー」


 嫉妬心を少し覗かせた月也に、太陽は微笑を返す。


 二人と一匹が戯れている光景を想像し、子犬を見つめながら星良は溜息をついた。


「いいなぁ。あたしも、母さんがアレルギーじゃなかったらこの子たち連れて帰りたい」


 無垢な瞳に癒される。小さな身体のその温もりが愛おしい。この子たちを守ってあげたい。


 それが不可能だと思うと、その想いは余計強くなる気がした。


「おばさん、そんなアレルギーひどいの?」


 太陽の問いに、星良は再び深々と溜息をついた。


「昨日、着替える前に母さんの近くに行っただけで、くしゃみ連発するし、咳込むしで大変だったの。あたしの服についたのだけで症状でるくらいだから、飼ったらもっと大変だよ。前に母さんが犬を飼ってる家にうっかり遊びに行ったら、じんましんは出るし、目は真っ赤だし、咳はとまらないしって可哀そうなくらいだったしさ」


「残念だけど、それじゃ飼えないねぇ」


 子犬と戯れながら苦笑を浮かべる月也。星良は太陽と一緒に段ボール箱の中にいる子犬の背中をそっと撫でる。


「そうなの。だから、こうやって遊べるだけで満足しなきゃなんだけど、でも、いつまでもこの子たちと遊べるのはそれはそれでこの子たちの為にならないし……」


 誰かに拾われて幸せになってほしい気持ちと、もっとこの子たちを見ていたい気持ちが、胸中で複雑に絡み合う。


「星良さんの知り合いが飼えたら、遊びに行けるし、一石二鳥なんだけどね」


「月也はダメなんでしょ?」


「聞いてみたけど、一蹴されました」


 子犬の頭を撫で、月也は段ボール箱の中に戻す。


「残念だけど、気にかけてくれる人がいるなら、近いうちに飼ってくれる人が見つかるよ、きっと」


「いい人に貰われるといいな」


「……うん」


 名残惜しそうに子犬を一撫でしてから、二人に連れられて公園を去る星良。入れ替わりに公園に入っていった女性が真っ直ぐに子犬のもとに歩いていったのを見て、少しほっとして、少し切なくなる。


 明日きたら、もう子犬たちには会えないかもしれない。


 そう思うと、寂しさが心を吹き抜けていった。



 翌日には一匹いなくなり、残された一匹が寂しそうに星良たちを見上げた。しかし、相変わらず誰かしら様子を見に来ているようで、餌には困っていないようだし、弱ってもいないことは救いだった。


 そして、翌々日。


 体育祭関連の会議で帰りが少し遅くなった星良たちだが、帰りに子犬の餌を買い、公園に向かっていた。


 西日の眩しさに目を細めながら歩いていると、遠くからけたたましい音が聞こえ、星良は眉をひそめた。


「近所迷惑な奴らがいるわね」


「確かにそうだけど、バイクの騒音聞いただけで戦闘スイッチはいるのはやめような、星良」


 なだめるように太陽にぽんぽんっと頭を叩かれて、星良は拗ねたように唇を尖らせる。


「だって、音だけで怯える人もいるでしょ。子犬だって、怖がってるかもしれないし」


「星良さん、正義感強いからねぇ」


 憤慨する星良を見て、目を三日月形に細める月也。軽い口調の月也を、星良は横目で見る。


「それって、褒めてるの? バカにしてるの?」


「褒めてるに決まってるでしょ。バカにしてるように聞こえた?」


「月也の口調って、バカにしてるように聞こえるんだもん」


「ひどいなぁ」


 そう言いながらも、クスクスと笑っている月也。あまり、ひどいと思っているように聞こえない。


 星良は、月也の本心がいまいち読み取れないことにようやく気づきはじめていた。


 軽口を叩きあいながら、公園に辿り着く。


 だが、中に入る前に嫌な予感が身体の中を走りぬけた。


 太陽も月也も同じことを思ったのか、公園の入り口付近のバイクのタイヤ痕や、多数の足跡を鋭い眼差しで見ている。


 次の瞬間、三人は公園の中に駆け込み、息をのんだ。


 子犬が入っていた段ボールがつぶされ、置いてあった場所から遥か遠くに投げ捨てられていた。餌はまき散らされ、おもちゃの破片も辺りに投げ捨てられている。


 そして、その中で傷だらけの子犬が横たわっていた。


 その光景に、背筋が凍る。


 すぐに現実だと受け入れられず、星良は足が硬直したかのように動かなかった。


 最初に子犬に駆け寄ったのは、太陽だった。すぐに、月也がそれに続く。


「大丈夫。まだ息がある。急いで病院にいけば助かるかもしれない」


 太陽が鞄からタオルを取り出し、子犬をそっと抱き上げてそれに包む。月也が足元の何かを足で消したのをちらりと見てから、固まったままの星良のもとに子犬を連れていった。


「まだ生きてる。大丈夫だよ」


 弱々しいがちゃんと呼吸をしている子犬を見て、星良の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「なんで……こんなこと……」


「この子には何の罪もないのにな」


 悔しそうに呟いた太陽の前で、星良はぽろぽろと涙をこぼし続ける。


「あたしがここで会いたいって我がままなこと思わずに、もっとちゃんと引き取り先とか一生懸命さがしたり、動物病院とかに連絡してれば……」


「星良のせいじゃないよ」


 子犬を両手でそっと抱いている為に手が使えない太陽だったが、その眼差しの優しさは頭を撫でてくれている時と同じだった。


「でも……」


 しゃくりあげる星良を、太陽は励ますように見つめる。


「星良、後悔するのは後でもできる。今は、一刻も早くこの子を病院に連れて行かないと」


「……うん」


 次々と溢れだす涙をぐいっと拭い、星良は急ぎ足の太陽について公園をでた。

 月也がついてきていない事は、動物病院につくまで気づきもしなかった。

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