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episode 04 小さなラーメン屋で




 いまだかつて、こんなに緊張しながらラーメンを食べたことはない。塩ラーメンの味が薄い。きっと俺の味覚がどうかしている。

 エプロン姿の彼女は、普通に醤油ラーメンとミニチャーハンを食べている。結構、大食いなんだな。


「あ? なに見てんだよ」

「……ごめんなさい」


 彼女を前にすると素直に謝ってしまう。高校の時と変わらない。

 ずいぶんと久しぶりに会ったせいか、大人に見える。俺の中のイメージとは全く違う姿ではあるが、昔よりも話しやすい身なりになっていた。


 咲良の友達の理乃ちゃんは金髪をやめている。黒髪は一つに纏め上げていて、すっきりしている。


「妙な恰好だとか思ってるんだろ」

「いや……そんなことは」

「保育園の帰りなんだよ。着替える前に雨宮を見つけたからさ。そのままだったってわけ」

「保育園?」

「咲良たちと違って、あたしは短期大学に行ったから。そこで資格取って、今は保育士」


 あの理乃ちゃんが保育士。園児たちと笑って遊ぶ姿なんか想像出来ない。


「いくらなんでも、驚きすぎだろ。ほんと、ムカつく」


 理乃ちゃんはラーメンの汁を飲み干し、やっと俺の目を見る。ずいぶんと腹が減っていたようだ。


「で、話なんだけど」


 そう。理乃ちゃんは話があると言って、俺はそのままラーメン屋に連行された。しかし、とにかく注文して食べようということになり、今に至る。


「その前に頼みがあるんだ。俺がこっちに帰ってきてること、咲良には言わないで欲しい」


 理乃ちゃんは黙ったままで俺を見つめる。何かを探られているようで居心地が悪い。言い訳を探しているうちに、理乃ちゃんのため息が先に聞こえた。


「あんたたち、なにかあったわけ? 咲良にきいても笑うばかりで教えてくれない」

「いや、特に……」

「無いわけがない。ま、きかないけどさ」


 きかないのかよ。緊張してドキドキしたんだが。どうしてくれよう、この感情。

 俺は理乃ちゃんに遊ばれる運命なのか。


「時々、咲良に会うんだよ。あまりにも元気すぎてさ、こっちが疲れちゃうくらいで」

「へえ。咲良らしい」

「あれはカラ元気ってやつだよ」


 グサグサと俺の心臓を遠慮なく刺してくる理乃ちゃんの攻める喋り方。さすがだ。俺はすでに瀕死の状態だ。


「アドバイスなんていらないんだろうけどさ、あんたたちもっと素直になるべきだと思うよ」

「え?」

「あたしはバカみたいな恋愛を沢山してきたんだ。本当にバカみたいなガキの恋愛をね。だからさ、何となくわかるんだよね」


 思い出すように手元を見る。その視線のせいで気づいてしまった。左手の薬指に指輪の痕。きっと、つい最近まで結婚を約束した彼氏がいたんだ。


「二人とも無駄な時間を過ごしてるなって。勿体なくて」


 言われなくてもわかっている。このまま、何も考えずに咲良と手を繋ぐことが出来たらって。

 幾度となく俺の脳裏をかすめる咲良の笑顔。そして、急にいなくなったあの日の不幸を……。


「高校の時。あんたたちが時々羨ましくてさ。嫉妬して、咲良を傷つけたことだってあったくらい。雨宮にもキツくあたっていたことは自覚してる。謝らないけどね」


 自覚していたのか。しかも謝らないのか! 確かに理乃ちゃんは怖い存在だったな。それは今も同じだ。


「でも、咲良はそんなあたしを許してくれただけじゃなくて友達になってくれた。あたしの大切な友達なんだ。そんな咲良が苦しんでいるのをただ見てるって辛いんだよ」


 まるで怒られているようだ。実際にはそうなんだろうけど、高校の時とは違って優しさを感じる。


「だから、さ」


 理乃ちゃんは急に赤くなって口ごもる。言いずらそうに、指を絡めたり握ったりしている。


「もしかして、心配してくれてるのか?」


 俺が助け舟を出してやると、更に顔を真っ赤にした理乃ちゃんが怒り出す。


「あたしが心配してるのは咲良。雨宮はどうなっても構わないんだよ!」


 ひどい言われようだ。

 素直になれと言うわりには、本人は素直になれない性格をしている。まあ、理乃ちゃんはそのくらいの方が彼女らしくていい。


「ありがとう、理乃ちゃん」

「うるさい! とっとと、幼なじみをやめちまいなよ!」


 俺が咲良を好きかなんて聞いていない。だけど、理乃ちゃんには全てわかっているみたいだ。


「あんたがわかってるなら、それでいい」

「友達思いなんだな」

「あたしに友達はいなかったから」


 理乃ちゃんは水を一口飲んでから、目を伏せるようなしぐさをする。


「友達がどういうものかなんて、わからない。でも、咲良だけは大事にしたいと思ってるし、失いたくない。咲良がいなかったら、あたしは今でも一人だったと思うから」


 思い出してみれば、理乃ちゃんはいつも咲良と話していた。他の誰かと一緒にいる姿は見かけなかったし、彼氏だって他校の誰かか大人という話をチラッと聞いていた。


「咲良だけは、悲しませたくないんだ」


 ああ、そうか。だからあの日、咲良の通夜の日に理乃ちゃんは俺に食ってかかってきたわけだ。

 大切な友達だったのだから。自分を許してくれたたった一人の存在を失って、苦しかったんだろう。俺を責めたのだって、本当は自分を責めていたんだ。


 でも、彼女は強い。俺なんかより、もっともっと大きな存在。悔しいくらいに大人だ。


「話ってのはそれだけ。あんたがわかってるなら、早く咲良を助けてやってよ」


 理乃ちゃんは俺が言葉を発する前に立ち上がる。いろいろ話してスッキリした表情で、俺に微笑みかける。


「頼んだよ」


 彼女はそのままラーメン屋から出ていく。最後まで俺は何も言えなかった。


 早く助けろと言われても、簡単には返事が出来ない。頼むなんて言われて、わかったとも言えなくて。何も出来ないことが悔しい。


 だいぶ冷めてしまったラーメンをすする。汁まで飲みきった後で気づく白い伝票。


「俺が払うのかよ……」


 最後の最後に、理乃ちゃんに騙された気分になる。


 とても怖くて、強くて、優しくて、友達思いな理乃ちゃん。咲良以外の友達がいないなんて信じられないくらい、魅力的な女の子だ。




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