episode 03 螺旋の始まり2
夏休みはどこに行こうかとか、何かしたいことあるかとか、そんな話題で盛り上がっていて教室はまだうるさい。
担任の話も終わって、半分くらいは帰ったみたいだ。これからどこへ行こうかと相談している奴らもいる。
俺は教室で祐介を待っていた。部活の話があるってことで野球部部室にいるらしい。
咲良は女友達と会話が弾んでいるみたいだ。
とにかく暇で、俺はさっき食べかけだった咲良特製おにぎりを再び取り出す。途中で担任が入ってきたから、最後まで食べられなかったんだ。
いつもなら咲良が感想を聞きに来るが、今日はただの塩おにぎり。話に夢中になっていることもあり、こっちには無関心だ。
「む?」
何か口に違和感。これはアルミホイルだ。アルミホイルって噛むととにかく気持ち悪い。慌てて引っ張り出してみれば、やはりそれはアルミホイル。
おにぎりに包まれたアルミホイル? まさか、あの日の……。
「マジか」
嫌な予感。だけどドキドキしてる。吐きそうなくらい、胸が痛い。
そっと開いてみたら、
『亮ちゃん、結婚しよ』
のマジックの文字。
騒がしい教室が、急に静かになったように感じた。
「駄目だ」
俺はとっさにそれを隠していた。見なかったことにしておにぎりを食べ切る。
――――一ノ瀬咲良に想いを告げてはならない。これが条件だ。
これはなかったことにしなければならない。気づかなかった。ゴミだと思ったと、咲良に言えばいい。
多分、ジョークのつもりで書いたんだろうけど。もしも違った場合、咲良を傷つけるだけだ。
しかも、祐介が告白したその日だ。絶対に見つかってはならない。
「亮。なんでそれ、隠すんだよ」
「ゆ、祐介!!」
最悪のタイミングだ。しかも手紙を見られていたらしい。おにぎり食べるんじゃなかった。
俺が頭を抱えていると、祐介が笑顔で肩を叩いてくる。
「オレを気遣うなよ。亮、どうするんだ? 咲良ちゃんからの告白だぞ」
「ただのジョークだろ」
そう言うしかなかった。
吐き捨てるように言ってしまった自分が、本当に醜くて嫌になる。
告白して、想いを伝えて、先に進んでいく祐介が羨ましくて……嫌いになってしまいそうだ。
「ジョークじゃなくても、俺は幼なじみ以上の仲になるつもりはない」
背後で物が落ちる音。俺は振り返って、落ちたノートに気づく。
そして咲良にも気づいた。切なげな表情で笑っている。
「もう! 本気にしないでよ」
「咲良」
「ほら、ラブレター欲しいって亮ちゃん言ってたでしょ!」
泣きそうになっているのが丸わかりだ。わかりやすすぎる。
……本気、だったんだ。
「ラブレターがなんでおにぎりの中なんだよ」
「ユーモア的な」
「マジックでラブレターなんて初めて見たぞ」
「絶対に面白いと思ったんだけどなぁ。あ、そうだ。ちょっとジュース買ってくるから、待ってて」
咲良が走って教室を出て行くのを黙って見送る。机に落ちた雫が俺を締めつけた。
「亮!」
祐介は追いかけろと言いたいんだ。わかっている。それが一番いい方法だってわかっている。でも、追いかけたって何を伝えたらいいのかわからない。
本当に俺、最低だ。
だけど、これでよかったんだ。もう想いを伝えることはないし、あいつもラブレターなんて書かなくなる。告白しようなんて思わなくなる。
これが俺の望んだ未来だ。
「亮。お前……っ」
祐介に睨まれた。あいつもすぐにいなくなる。多分、咲良を追いかけていったんだろう。
「俺はもう……」
お前たちと違う。
そうだ、これが螺旋だ。
俺は願いを叶えた瞬間に、あいつらとは違う時間を生きている。俺だけが、別世界で生きている。
たった一人で……。




